ツバキがいなくとも
水の音が近い。洞窟の冷ややかな呼吸が冷たく胸に貼りつく。その背後の床を重い足が踏み鳴らした
「皆さんは先に合流してください。少しでも時間を稼ぎます」
「お願いしますニコレスさん!」
ニコレスの指示にヤクマが答え、兵士と共に水路へ急ぐ。
暗がりに消えるその背中を見送り龍と対峙する。
「グワァァオ!!」
咆哮が腹に刺さる。牙の根元が赤く喉で炎が蓄えられている。怒気が上がっているように見えた。
鉤爪が風を裂く。セルディーは一歩ずつ後ろへ下がり、足の裏で水の流れを探る。
「……ブレスはいつ来る」
口元に炎の髭が伸びる。しかしまだ吐いてこない。耳の奥で水の流れる音が太くなる。
しばらく意識はしていたが、ブレスが来ることもなく水路に到着する。
水路に出た。幅は二十メートルほど、右には石橋。橋の向こうには複数人の人影。
セルディーは再び青の姿に変身して対岸へひとっ飛び。着地の衝撃で龍に握られた肋が軋んだ。
「セリナ。準備は?」
着地したすぐ隣で、セリナが杖を岩肌に突き立てて意識を集中していた。
「私はいつでも。ニコは」
「肋をやったが動ける」
構えた木の杖に青い脈が走る。
正面に構えたが、ふと疑問がよぎり背後の気配振り返ると、そこにはリーゼと__レイス、タレック。
「……君たちもいたのか。下がるよう言ったのに」
「作戦は聞いてます」
「俺もやってみせます」
低く真剣な返事。
ニコレスはそれ以上、何も言わない。
「ニコレスさん」
リーゼの声が遅れて届く。
「ツバキはあと二十分ぐらいで到着します。それまでなんとか__」
「その前に倒す」
断つように言い切って、胸の痛みを飲み込む。
「じゃなければ彼に示しがつかん。……いなくなった時にどうする? 手放せなくなるぞあの人は」
「いなく……なる」
不安げな声が聞こえたが、その前方から水面を蹴る音がした。紅龍が浅瀬に踏み入ったのだ。
「来るぞ! もう少し下がって!」
セルディーは正面に出てバックルの上部スイッチを叩く。
青い脈がバックルから伸びて、腕を通じてロッドへ走る。
「落ちろ」
鉤爪が迫る。肩を回して線を外し、腕に一瞬足を置く。さらに天井へ蹴り上げ、真下へ落ちる構えを取った。
「だあああっ!」
脳天へ振り下ろす__が、龍の首が真上に弾ける。衝突。力が相殺されて体が浮いた。
「もう……一発!」
並んだ視線。
紅い目と複眼が噛み合う。
その上で__
「リア……」
耳の上で、見えない呼び声。
「ローダー!!!」
雷鳴が落ちた。龍の頭が一拍遅れて沈む。
「タレック君?!」
「今です!」
一撃を喰らわせるだけ食らわせてそそくさと逃げるタレック。
セリナの杖先に紋が集まり光が凝縮する。橋下の水が渦潮のごとく渦を描いて龍の頭に集まってくる。
「“ギャズロポン”!」
川の水ごと凝縮されたセリナの水魔法が、紅龍の顔の下から打ち上がった。喉の奥へ水が絡む。龍の首が痙攣し、空気の通りが詰まるのが見て取れる。
「ぐぅぅぅっ!」
セルディーはロッドで喉元を水柱へ押し付けた。いける。押せる__
「……ん?!」
紅龍の胸骨に低い震えが潜り込み、洞窟が細かく震えた。ロッド越しに伝わるいやな振動と音。何かを溜めている。
「っ?! 下がれ!」
光が割れた。圧が腹をえぐる。押し込んだ水が一瞬で白に変わり、蒸気が爆ぜた。視界が奪われ、喉が痺れる。皮膚の表だけが針で刺されるように痛い。
「ニコ! っ熱!」
セリナの声は蒸気の咆哮に呑まれた。
「くぅっ!」
後ろへ引いた瞬間、横から腕が閃く。
ドゴォッ!
「ガアッ?!」
猛烈な衝撃を受けて脳が揺れる。
体は吹き飛び、岩の壁に激突した。
崩れる壁。瓦礫がパラパラと降り落ちる。
『ニコレス起きろ!』
「うる……さい」
体が動かない。
「見てるだけで……くぅっ!」
意識が揺らぐ中、右腕。左腕。右足と立とうとする。
まだ龍は迫っている。ここで倒せなければまた__
なのに、痙攣する体はいうことを聞かず、
仰向けに崩れ落ちた。
『ニコレス! おい! このままじゃ殺されるぞ!』
頭の中で声だけが聴こえる。
日頃わがまましか言わない文字通りの子供。
『まだやりたいこと色々あるんだぞ!』
周りの命がかかった状況だというのに、まだそんなことを言っている。
「グオアアアっ!」
龍の声。立たなければ。意識が回らない。変身は解けかけている。巨大な足が迫る。
あの人なら、こんな無様な自分を救ってくれるのだろうか__
『だから! 君に死なれちゃ困るんだ!』
そんな幻想が脳を揺らした。
その瞬間__腰から光が差し込んだ。
試作の強化ユニットが光る。鳴る。
【ERROR ERROR……】
不気味に繰り返されるシステムボイス。
それを気にも止めず、体が勝手に動く。フェクターが筋肉の上から手袋をはめるように角度を先回りし、ドライバーのレバーへ指を導いた。握る。押し込む。
刹那、迫る足を__
ガンッ!
腕が、龍の足裏を受け止めた。
生身ではない。鋼鉄の鎧のようなものが覆っている。
「『“変身”!』」
脳の声と口の声が重なり、詠唱された。
胸の奥で何かが噛み合い、蒸気の白に赤い縫い目が走った。
映像作品と違って複数の時間軸を同時に動かせないのが中々難しい。
この回はかなりの人数が同時に動いてるのに、書かないといないように感じてしまうし、書いてしまうと今度はテンポに響く。
アニメのカット割のように一言だけリアクションを書くっていうのも、文字だと視点がコロコロ変わってややこしい……
むずいぞ小説!