紅龍との戦い
「何あれ!?」
「魔獣?!」
この瞬間まで黒いスーツ姿が立っていたところに、赤い怪人がいる。
後ろで待機していた生徒から驚嘆の声が上がり、唯一以前にその姿を見ていたリーゼだけが変わらず姿勢を低くして、戦闘体制をとっていた。
「お前らも戦う気かよ。流石に上を目指してるだけはあるな」
「ったりめーだろ」
リーゼもタレックもレイスも、視線を龍に合わせたまま動かない。
その背中にアスタは皮肉めいたことを言ってみせるが、
「皆んなはもっと下がってろー」
後ろでクラスをまとめてくれるらしい。
リーゼは大人たちに任せながらも、頭ではツバキの到着を今か今かと待ち侘びていた。
「私が前に出ます! 皆さんは援護を!」
異形の姿__セルディーから発せられた声に、ヤクマや軍人は戸惑いながら持ち場を探し、ギルドの面々は即座にセルディーの後ろに展開する。
「こいフェクター!」
「ああ!」
フェクターの白い光を受け融合状態に。
「……何も変わらないか。セリナ! 君は生徒から杖を借りてきて!」
何も反応を示さない試作ユニットを一瞬見て、すぐに諦める。
直後、龍の薙ぎ払いをかわしながら、高らかに叫んだ。
背後に呼びかけた声は、セリナと呼ばれたギルドの女性に届いた。
「ニコ! 竹刀は?!」
「まともに食らえる相手じゃない!」
「了解!」
走り出したセリナの揺れる金髪を肩越しに見送り、即座に龍へ戻す。
変身することで多少は伸びた身長だが、それでも二メートル。龍と比べればネズミのようなものだ。
「どうする……? 鼻か目か首か」
徐々に接近しながら腕をガムシャラに振るう龍。
一振りで岩肌を削り飛ばす勢いに、セルディーは回避行動に徹さざるをえなかった。
そのそばの盛り上がった岩陰から、軍人が三人固まっていた。
「くそったれ!」
やけになりつつある状況の中、軍人の一人が堪えきれずに構えていたアサルトライフルを発砲した。鱗に直撃するも火花を散らして弾かれる。
「バカ! ライフルじゃ無理だ!」
すぐ隣で怒号をあげる上官らしき人物だったが、その瞳に赤い光が反射して思わず目を見開いた。
「伏せろ!」
「グオオオオ!!!」
龍が小さく口を開き、岩陰に向かって炎を放つ。真っ直ぐに灼熱が迫り、兵士の後方に黒い影が伸びたその時、
「“ウォーター”!」
その右方向から響いた詠唱と、放出された水流が兵士の視界を埋める。岩の壁に継続的に叩きつけられ、炎を遮る壁の機能を果たした。
「セリナ!」
ニコレスがその姿をみて叫ぶ。
水の出所は杖を二本構えたセリナだった。
魔法陣が消え、飛び散った水がギルドの制服を濡らしていた。
金髪から滴る水に構うことなく、持っていた木の杖の一本をセルディーに差し出す。
「ニコ。これ」
「助かる」
龍の眼は、攻撃を邪魔したセリナのほうへと向けられる。
それを庇うようにセルディーが立ち塞がり、木の杖をまっすぐ構えた。
「“変身”!」
再び詠唱をしたその瞬間、杖の先から変化を始める。脈を打ち標的へ伸びるそれは、一切の木の原形すらない硬質の杖と変わり、淡い光に青く反射した。
「作戦を思いついた。あの川の方で魔力を溜めておいて欲しい」
セルディーの体は、杖と同じ青い鎧を纏っていた。
肩から足にかけて全体的に薄い装甲に変化し身軽な印象。
赤い鎧の威圧感とは対照的にしなやかに腕が伸びていた。
「どうする?」
「ちょうど水がある。あの細い首を地面に押さえつけて水魔法で窒息させる」
「やってみる。けど、できるの?」
低い問いに、セルディーは振り返らない。
「……やってみせる!」
力強い構えで答えて見せた。
セリナはそんなニコレスの背中を数秒見て、作戦のため走り出した。
「ふぅ……」
龍の目はまだセリナを追っている。
一瞬でもセルディーから気を逸らした龍の顔。
刹那、その眼中へ跳んだ。
セルディーの青い複眼が龍を見下ろす。構えられた青いロッドを勢いよく振り回し、
「ふんっ!」
__バキッ!
回転の勢いのまま、龍の脳天に叩きつけた。
「グゥゥ……!」
一撃で龍の首が沈んだが、その目はまだ威圧感を残して確かにこちらを睨んでいた。
「ガウっ!」
龍ら蚊でも叩くように己の顔を叩いた。
セルディーには当たらない。直前で龍の首で跳ねた。
「遅い!」
そのまま石壁を地面を天井を蹴り、洞窟内を三次元的に高速で動き回る。
「ガァッ!? ゴウッ!?」
叩き上げ__横から振り切り、龍の顔を幾度となく叩け続けた。
「なんて戦いだ……」
ヤクマは一歩引いた位置から構えているが、目で追うのがやっとだった。
「軍の方! セリナさんのところへ!」
「は、はい!」
岩陰に隠れて怯える兵士と、それに呼びかける上司らしき二人の兵士。
「ほら立て!」
「は、はい……」
腰を抜かしたその兵士に肩を貸して立ち上がる二人だったが、
__ガシっ!
近くで耳障りの悪い事がして、兵士もヤクマもその方向に振り向く。
「……あ」
ヤクマが間の抜けた声が出た。
「ぐぅ……?!」
「ニコレスさん!」
龍の手の中で強く握り締められたセルディーがいた。
あの高速移動をものの数秒で見切るその洞察力には、確かな知性を感じさせる。
「グオウアアッ!!」
龍がセルディーを掴んで掲げる動きから、怒りがはっきりと伝わった。
「かあああ……っ!」
片手ですっぽりと収まる中、徐々に龍の手に力が入り、体が軋んでくる。
苦しみに悶える中、負けじと赤いセルディーに変身し、龍の鉤爪を掴んだ。
「ふんんんんっ!」
少しずつ爪を押し返しているところに、ヤクマと兵士たちは先ほどより離れた位置で構えていた。
「“ウィンドリー”っ!」
「グッ!」
ヤクマの詠唱から放たれるは、竜巻の如く疾風。
巨大な顔をピッタリ収める幅で、龍の瞼が裏返るほどに強力な旋風を当て続ける。
「すぅ……」
その隣でライフルを構えるのは、怯えた兵士に肩を貸していた強面の兵士。
竜巻のように吹き付ける風の中、狙いを定めて深呼吸した。
二発連続で撃たれた弾は、ヤクマの旋風の中を潜り抜け、龍の開いた両目に一発ずつ命中した。
「ギャッ?! ガァァァア……」
ダメージにもならないただの嫌がらせ。
怒り高ぶる龍が迫るも、その足だけはずっと遅い。
距離をとったからかブレスも来ない。
そうして今唯一できる遠距離攻撃。右手に持った針山の体__セルディーを投げつけた。
「来たっ! “ウィンドリー”っ!」
狙いをさらに狭く取り、再び詠唱を叫ぶ。
人を吹き飛ばせるほどの威力になった旋風が、セルディーの重い肉体を包み込んだ。
「本当に止まった……」
「即興ながら成功してよかった。ニコレスさん!」
風に受け止められて地面に寝そべるセルディー。
「……助かりました。ありがとうございます」
異形の頭を下げて即座に戦闘態勢に戻る。
「そろそろ同僚が魔力をいい感じに溜められた頃かと思います。ついてきてください」
「はい!」
ヤクマの高い返事と同時に、一気に目的地へ駆け出した。
サクサク進めすぎて、本来やっておくべきキャラ描写ができてねぇ! だけどその塩梅もわかんなぇ!