フェクターと龍
「それでフェクター。ここを知っているのか」
「まあね」
エルリオの光が届かない岩肌では苔が淡く光り、流れる水と滴る水滴が幻想的なリズムを刻んでいた。
彼はそんな景色を一望して、神妙な顔を浮かべ、それでいて険しい表情で言うのだ。
「あいつ……狙ったな」
「狙った? どういうことだ」
フェクターは視線を変えず、語り出す。
「ここはね。こないだ死んだ守護龍が最初にいた場所だよ」
「守護龍が……ここに?」
これまで世界に安寧をもたらしていた守護龍の出身地。
思わずニコレスは、改めて洞窟の周辺を一望した。
フェクターは長ズボンのポケットに手を入れ、言葉を続ける。
「僕の器候補だった三体の龍がここに集まってた。その中で一番強かった白銀の龍を守護龍として僕の器にしたのさ」
初めて耳にする遠い昔の話。ニコレスはその中で疑問が浮かぶ。
「なら、残った二体は?」
「まだいるんじゃないかな」
直後、ニコレスの額を走る冷や汗。
生徒たちを留まらせるには、あまりにも危険な空間だった。
「それはまずいな……一刻も早く脱出しなければ」
すぐにクラスの方へ駆け出すニコレス。
その背中を見て歩き出したフェクターの前に、リーゼが立ち塞がった。
「やあ。久しぶりだね。イレギュラーさん」
彼女にとっては、始業式早々、ツバキと共に連れ去って殺そうとした。不可解な存在でしかなかった。
ツバキに殴り飛ばされたはずの龍がなぜここにいるのか。
「……これは、どういうことなんだ」
「君は知らなくて当然だよね。簡単に言うと__」
フェクターはニコレスと行動を共にし、魔獣の活性化を抑えることを目標に動いている。
彼の口から説明されることに嘘が無いことは理解しつつも、素直に受け入れるには、以前の出来事があまりにもノイズになっていた。
「目的はわかった。……それでも、いきなり殺そうとしてきたやつを許すのは……」
ふと、ナイフをあの人の首に突き立てた記憶が、頭によぎった。
「あの時は悪かったよ。いきなりイレギュラーが二人も動き出すもんだから、色々焦ってたんだ」
フェクターは、ぎこちなく言い訳のように言葉を並べていたが、リーゼの下がった目尻を見て、いつになく気のない表情になった。
「ぁ……ほんと、ごめん」
「……」
ツバキは、それでも許してくれた。
自分のわがままも通してくれた。
どこか、自分でも見習おうという気持ちが浮かんでいた。
「いいさ。……誰だって焦る時はある」
あの日、誰よりも自分は焦っていたと思う。
だから、そんな心を受け止めてやれる人でありたい。
「行こう。距離はあるが抜け出せない構造ではないんだ」
「……そうだね」
静かに和解した二人が一歩進んだその時、危惧していた出来事が起きる。
「……っ?! なんの反応だ!」
洞窟が突然地響きを起こし、みんなが集まる場所から悲鳴が聞こえてくる。
遠くで突然反応を示したとある魔力に、リーゼは目を見開いた。
「みんな離れろ! 何か来る!」
別の場所からヤクマたちが走って戻ってきた。
その背後からは、暗さでよく見えないが、巨大な輪郭だけはぼんやりと視認できる。
「うわあああ!」
「デカすぎる!」
「全員私の後ろまで走るんだ!」
生徒たちが慌てふためき、ニコレスの後ろへと流れていく。
その中でも、ニコレスもヤクマも、ギルドの面々も軍の人間も、子供の裏に逃げるようなことはしなかった。
「コイツが、器候補だった……」
「流石に老いたなぁ」
光が差し込み露わになる図体。
血が滲んだような紅の鱗は全体的にくすんだ色をしており、剥がれ落ちた箇所や傷跡が威圧感を放っていた。
尻尾を引き摺りながら歩くボロボロな龍だが、迫る一歩一歩が重く響き、静かだった空間を地鳴りの低周波で埋め尽くす。
そして、固まって集まったニコレスたちの前で、龍は二足で立ち上がった
『兄 弟 何 処』
「喋った?!」
驚愕の声を上げるヤクマ。
もはや子供同然のスケール差を前に、フェクターが平然と前に出た。
「久しぶりだね。赤い方」
『貴 様 兄 攫 イ』
「ごめんね。お兄ちゃん勝手に連れ出しちゃって。……ところで黒いのは?」
フェクターは身長の十数倍もあるサイズ差の相手を見上げて、いつもと変わらないフランクさで接している。
いつ戦いに発展してしまうのか。ニコレスは緊張に息を呑んだ。
『無 知 ……否 此 処 無 シ』
長い首を振って辺りを見回す龍。
フェクターの言う“黒いの”がいないことを悟ったのか、垂れ下がっていた両腕がガタガタと震え出し、
「グワァァァァァァァア!!!!」
こちらに向かって強烈な雄叫びを発した。
すでにヤツの右腕が大きく振り上がっていた。
「ちょ?! 話を聞けこの老耄があ!!」
「下がれ!」
害虫を叩き潰す勢いで振り下ろされた手を、ニコレスの叫びと同時に全員がバックステップをとる。
「フェクター! コイツの仲間と融合してたんだろう! どうにかできないのか!」
「君と融合してる今じゃ無理だ!」
「じゃあ解除は!」
「君が死ぬまで無理だ!」
「あんな簡単に融合しておいて!?」
初めて会った時はあれだけ強者の風格を出していたのに、今やこの様だ。
あまりの怒りに言葉のぶつけ合いになるが、構っている場合ではない。
「ニコレス!」
「わかってる!」
エルリオの焦る声が左手から飛んでくる。
「くっ……やるしかないか!」
悪態を吐きながらスーツジャケットのボタンを外し、その下に隠されていたマナグナムドライバーを露わにする。
さらに、その上には別のパーツが取り付けられていた。
「試作品……関係ない!」
まだ未知数のパーツに一瞬気を取られたが、すぐに構えを取り__
「変身!」
詠唱と共に全身に向かって赤い軌跡が伸びる。
龍の咆哮に負けず劣らずのソニックウェーブが唸りを上げ、その身を赤い怪人へと変えた。
一時期地の文をAIに頼ろうとした時期があって、その時期の気に食わない文章を修正してるところ。
文章のテンポ感や情報の出し方。難しい言い回しの重要さなどなど学ぶことも多かったけど、ろくに脳内映像も浮かばないまま頼るのは本当に良くなかった。
自信と時間のなさが生んだアンバランスな文章よりかは、へたくそなりに最低限意図を持った文章を書こうと思った2〜3ヶ月でした。