魔人の国ヴァジラ
「ありがとう……状況はわかった」
リーゼの小さな肩に手を置き、感謝を述べるニコレス。
半歩引いて一息吐くと、打って変わって眉を顰めた。
「しかしサッポウの真反対か……となるとヴァジラの中だな。不法侵入か。よりにもよって転移魔法でここに」
「そんな法律、ありましたね」
ぶつくさと落ち着きがないまま、顎に手を添えて考えるニコレス。こちらに背を向けて頭をかいた。
「考えても仕方がないな。とにかく脱出せねば」
遠くから照らされた光が、ニコレスの横顔に影を作り、
再びリーゼと真っ直ぐ向き合った。
「この状況、できれば君の言葉で話してもらえると助かるのだが」
「それは……でも、そうですよね。意味が分からないでしょうから」
この状況を把握できた、魔力感知の力を人に話す。
ツバキはあっさり言ってのけたのに、いざ自分の番になると怯えてしまう。
それでも、説得力を付けるには必要な選択だった。
「わかりました。話します」
覚悟を決めて、一歩足を踏み出す。
光源たる人物が近い分、視界の右手から光の筋が差し込み奥の様子が見えづらい。
「あ、終わったっぽい」
クラスの誰かの声が長く響き、周囲の視線が同じ方を向く。
遠くでこそこそと話していたのが終わったのか、二人がこちらに戻ってきた。
リーゼはクラスの前に立ち、エルリオが放つ橙色の淡い光が緊張の面持ちを照らす。
「ここは、ヴァジラの壁外区域にある洞窟の、かなり深い場所にあります」
リーゼは、その場で座る三年A組全体に、淡々とこの状況を説明する。泳ぐ目は、見えない洞窟の天井を見上げていた。
突然でてきた外国の名前。周囲がざわめきに満たされた。
「ヴァジラって魔人が住んでるとこだよな」
「マジで?」
「魔王いんのかな」
不安や単純な興味などなど、様々な言葉が生徒の間から漂ってくる。
その中で、手前の一人が小さく手を挙げた。
「なんで場所がわかったの」
アスタが冷静にかつ短く質問を投げかける。
リーゼの肩は小さく跳ねた。
「それは……だな」
言い淀む声。周りはヴァジラの話で持ちきりだったのが、また自分の方に集まってくる。
緊張でリーゼの手は制服の裾に握られた。
「私は、ツバキと同じように魔力を感知できる。残ったツバキの魔力が、遥か下の地上あるんだ」
「そういえばあいつ、そういうこと言ってたっけか」
ふと、先月の事件を思い出しながら硬い岩肌の下を覗く。
「この下がどこかの上か。当たり前だけど広いもんだな地球は」
そんなぼやきをする横で、リーゼは何かに気がついたように顔を跳ね上げた。
「みんな、不安だとは思うが安心してくれ。今、ツバキがすごいスピードでこっちに向かってる。きっとなんとかしてくれるはずだ」
思わず緊張が緩んで、声が明るくなった。
周りの反応も、不安な騒々しさが期待感に変わっていくが、そこでもアスタは冷静だ。
「反対側って、地球は一周四万キロらしいから、半分で二万キロあるんでしょ。海も渡らないといけないわけで」
人がやってくるには物理的に不可能な点が多い。
「って思うだろう? それでも一直線に向かってるんだ! このスピードなら二時間もあればやってくるはずだ」
「……マジかよ」
良い知らせなのに、アスタは少し引き気味だった。
「ちょっと、なんだ。やめ」
「ん?」
クラスの前に立つリーゼの隣で真剣に話を聞いていたニコレスだったが、突然あたふたしだしたかと思えば、
「え?」
突然彼女の体が光出したのだ。
「フェクター! 勝手に出るなと言っただろう!」
「仕方ないじゃん。こんなところに飛ばされちゃったんだから」
光と共に現れたのは、小学生のような幼い少年だった。
初めて見るニコレスの慌てた声に言い返す様は、どこか親子のようなものを感じた。
「なにあの子」
「可愛い!」
幼気ながら白い髪と赤い瞳のクールな顔立ちに、クラスから黄色い声が上がる。
しかしリーゼだけは驚愕しながら鋭い視線を向けていた。
「みんな、ちょっと待っててね」
照れながら歓声に笑顔で返すと同時に、ニコレスのスーツ袖を引っ張っていく。
「ニコレス。細かい話がしたい」
「あ、ああ……」
「それとリーゼ。僕に言いたいことあるでしょ。ついてきなよ」
「……そうさせてもらおう」
互いに鋭い目線を交わしながら、再び集団を離れて話が聞こえないところまで歩いた。
そんな背中を再び見送りながら、アスタはふと辺りを見渡す。
「あれ、そういえばタレックは? レイスもマオもいないじゃん」
「なんか探索行くって。先生もついてるらしい」
「なんだよそれ」
いつの間にかクラスを抜け出して、四人の姿が消えていた。
しかし探索といっても、四人の姿は案外近くにあった。
「マオちゃん。ヴァジラだって」
「……うん」
エルリオの光が当たらない物影の裏で、四人は集まっていた。
岩にもたれながら、レイスがそっとマオに呼びかける。
「絶対に助けに来てくれるって。お父さん優しいんだろ?」
「うん。久しぶりに会いたいわ。もう六年かぁ……」
タレックも励ましつつ、マオは遠くを見ながら思いを馳せる。
その横顔に、ヤクマは固唾をのんで、周りに聞こえないように慎重に問うた。
「マオに改めて聞くけど、この国の大統領が君の父親。という認識であってるね? ……“魔王バアル”が」
「……はい」
マオはヤクマの顔を見上げ、ゆっくりと、それでいて力強く頷いた。
ようやく書きたい話に軌道が乗ってきた。ここまでよう積み上げたとと我ながら思いますわ。