分離
42 分離
遠方からこちらに迫る魔獣たちは、不可解な点が多くあった。
蛇、虎、蔵、キリンのようものなどなど……多種多様なシルエットが軽く数百体はいる。その群れが何もないところから現れた。
誰かが狙い澄ましたかとしか思えない、一瞬の出来事だった。
「すううう……」
ツバキは魔獣の群れを前に、大きく息を吸った。
しかしそんなことを考えている余裕はない。
古来から君臨していたゴラゴンを怯ませたのだ。有象無象の魔獣くらい、この叫びでなんとでもなるはず算段だった。
「うおおおおお!!!」
腹の底から爆発したエネルギーは遠方の木々を大気ごと揺らし、がむしゃらに走る魔獣たちの足が止まる。
__元いた場所に帰ってくれ。それだけの願いを込めて放たれたツバキの魔力に押されて、魔獣の足が徐々に後ろへ下がってくる。
生き物の恐怖に訴えかける手段なこともあり、気乗りしない手段ではあるが、息の根を止めるよりは遥かに楽だった。
「ほら! 帰った帰った!」
魔獣たちがいよいよ帰る雰囲気を漂わせたところで、突然空の魔力が揺らいだ。
そこから慌てて飛び出してきたのは、一人の少女。
「え?!」
思わずツバキは空を見上げる。
森で出会った不思議な少女だった。彼女は空中に浮いており、髪もドレスもふわふわと風に揺れている。
「ちょっとー! みんなどこ行くの!」
宙に浮かせた両手両足をジタバタさせながら、ツバキに背を向けて立ち去ろうとする魔獣たちに、幼いながら大声を上げて止めようとする。
そして星の様に輝いていた目は、突然赤く光った。
「早くツバキを殺して!」
彼女の声で、魔獣たちの動きがピタリと止まった。
少女の赤い瞳に呼応する様に、赤いオーラが数百体規模の魔獣たち全員にまとわりつき、古びた機械のようにその首はツバキの方へと向けられた。
「……ねぇなんで」
「「「「グギぁああああ!!!!」」」」
「「「「ズウォオオオオオアア!!!!」」」」
「「「ジィエエエエエオオ!!!」」」
「「「「ピェエエエオオアア!!!!」」」」
疑問一つ問いかける言葉は、無情にも魔獣たちの悲鳴にも近い雄叫びに潰された。
理性のかけらも無い獣たちが、ツバキに向かって一直線に襲いかかってくる。
「はぁ……はぁ……」
またあの時の震えがやってきた。
魔獣にも死の恐怖はあるというのに、それを自分は、まとめて受け止め切れるのだろうか。
「あああああ!!」
もはや考えている余裕などなかった。
***
「ツバキ君。飛び出していったけど大丈夫かしら」
「大丈夫じゃね。こないだの戦い見ただろ? きっとノーダメで抑えちまうぞ」
周囲の視線は高機動車の窓に向けられ、すでに見えない影を追っていた。
彼ならやってくれるだろうと安心気味な空気感が流れる車内だが、その中で唯一項垂れて頭に手を置く者がいた。
「リーゼちゃんは……具合悪いの?」
その後頭部にレイスが声をかける。
「いや、別に。……ツバキはおそらく物理的なダメージは受けないだろう。ただ……」
「ただ?」
背中を起こしてレイスに向けた目は、悲壮感に溢れている。
微かに潤んだ瞳に窓の外から光が差し、周りの視線は無意識にリーゼの方に向いていた。
「ただ、あいつは、暴力は嫌いなタイプだ。魔獣相手でもな。いい思いはしないだろう……」
リーゼはふと、丁度一ヶ月前の出来事を思い出す。短いながら警報が鳴り響き、カレストロに魔獣が接近した事件。
今の様に迷わず飛び出したツバキだが、その戦闘後の吐き気を催す嫌悪感は、ひどく鮮明に覚えている。
「あれだけ強いのに、もったいねぇの」
「タレック」
タレックがボソッとぼやいたのを、レイスは語気を強めて止めた。
「じゃあなんであんなに強いんだよ」
「誰かの笑顔を、守るためだと」
「ふーん」
いまいち納得できない様子でタレックは両腕を組む。
「そもそもツバキ君って、もっと身近なものを守りたいんちゃうん?」
レイスとタレックに挟まれた席で疑念を呈したのは、ずっと静かに話を聞いていたマオだった。
「お医者さんとかそういうの。気のせいかもしれへんけど、ちょっと親近感を感じてるっていうか……」
「そうなのか? ツバキ……魔法が使えたらどうなってたんだろうな」
再び車内が、エンジンとモーター音で埋め尽くされる。
後方から響いてくる低音の圧。地震の前触れのような地響きや破裂音が戦いの激しさを伝えていた。
「俺、軍を目指して鍛えてるつもりなんだけど……なんか悔しいな。ああもっと強くなりない!」
抑えきれず子供が駄々をこねるように喚き出す。
みっともない声に一同が引き気味の視線を向けるのだが、その直後に事態が動く。
「……ん? なんだ!」
突然リーゼが車両の前方に視線を移した。
風景が陽炎のように揺らぎ、その時すでに前方を走っていた高機動車一台は、突然現れた“それ”に飲み込まれて消えていた。
「前からなんか来ます!」
「みんな何かに捕まって!」
青紫に光り輝く魔力の塊が、巨大な渦を描きながらこの車両に迫っていた。
アスファルトに沿って迫るその渦に、運転手とギルドの女性社員の叫ぶ声、急ブレーキの甲高い音に生徒の悲鳴がごちゃ混ぜになった。
5月10日月曜日 16時43分
リネアキャンプとカレストロ間の道路から、三年A組を乗せた高機動車三台が消えた。
「……は?! みんなどこに。うわっ?!」
戦闘の真っ只中。
突然消えた車両三台分の魔力に、ツバキの動きが固まる。
「ギェアアア!!!」
「くっ……もうなんだよ」
絶え間なく押し寄せる無数の魔獣たちが、呻き声をあげるツバキに一体、また一体と覆い被さり、山の様に積み上がっていく。
「っ……やっ!!!!」
ツバキは両手両腕を瞬時に広げて、その衝撃波でまとわりついた魔獣たちを全方位に吹き飛ばした。
「君がやったの!」
「うん! 転移魔法!」
うんじゃない。もう冷静に考える余裕はなかった。早く魔獣を倒して、みんなを探さなければならない。
「……どこに、どこに!」
目を閉じて一心不乱にリーゼの魔力を探す。
今度は戦いの手は止めずに、迫り来る魔獣を拳と足で的確に打ち返しながら、大事な人の跡を追い続けた。
__そして、
「下……?」
ツバキの視線は、どの方角でもなく、下を向いていた。
これが何を意味するのか。考えたくはなかったが、冷静に思考を凝らして、結論を出した。
「地球の、裏……洞窟の、底……そういうことか! でりゃあ!」
ここからおよそ二万キロメートル離れた地球の反対側。
その地下深くの洞窟に、みんなの魔力があった。
あの少女の目的など、もはやどうでもよかった。
一刻も早くこの戦いを終わらせなければならない。
期限を設けてその場の勢いで進めることで、最終回を書いた段階で実質的に設定資料集が完成する。
この資料を元に、より読みやすく面白い構成にリメイクすることで、この小説は明確に完成するというわけだぁ。