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魔力のプレッシャー

 5月10日月曜日 10時02分


 三年A組を乗せた高機動車三台は、カレストロの壁外を東へ走る。草原を走っていたそれは、予定通り森の中を進んだ。


「うおーすげー!」


 それからというもの、タレックは再び窓にへばりついて、木々や軍が立てた標識が通り過ぎるたび、何度も感嘆の声を上げていた。


「うおーすげー! リネアキャンプだ!」


 そして到着したのは、森を切り拓いて建造された前哨基地。

 ヘリポートや高機動車が待機する広大なスペースにて、三年A組一同は車両を降りて、事務所内へ案内された。


「えー皆さん勉強してご存知かと思いますが、ここは壁の外で魔獣や魔素の動向を探る、壁外第二前哨基地リネアキャンプです」


 普段の会議などに使われそうな全体的に白い雰囲気の多目的室で、今回のスケジュールを改めて確認しつつ、12時30分まで三つの班に分かれて行動する。


「うおーすげー! 森って聞いてたけど、斜面は結構急なんだなぁ」


 毎年行うこともあり獣道のように完成された道が木々を縫いながら伸びていく。それでも所々に急な斜面や木の根が浮いている箇所があり、足場は不安定だ。


「うおーす__」

「タレック君。生きてる?」


 山道といっても過言でない道を歩きながら、タレックのひとつ後ろを歩いていたマオが、タレックにぼそっと言う。


「生きてるよ」

「やったらいいわ。うおーすげーはもう禁止やで」

「お、おう……」


 にこやかな笑顔を振り撒くマオだが、その微笑みと裏腹に声色には起伏がない。

 冷静に指摘するその背後で、レイスが小さく屈んでマオに囁いた。


「マオちゃん。これは試されてるのよ反応したら負けよ?」

「え?! そうなん?!」

「嘘よ」

「なんで?!」

「ふふふふ……!」


 一々肩を跳ね上げる様を見て、レイスが必死に笑いを抑える。もはやマオの反応を楽しんでいるだけだった。


「どゆこと?」


 そしてタレックは頭にハテナマークを浮かべたまま、木の根っこに足を取られかけた。


「ん? リーゼちゃん?」


 何の意味もないやり取りで遠足気分の三人だが、その後ろではリーゼが何の反応もなく右方向を見つめていた。


「何か見つけたの?」

「あー、いや。特に。この先に丘があるんだったか。どんな景色だろうな」


 レイスの呼びかけに対し、リーゼは両手をあたふたさせて誤魔化した。

 しかし、当然ながら意味もなく見つめているわけではなかった。


「もしもし。ニコ? あー、やっぱり……」


 一番前でタレックの班を率いる女性のギルド社員が、通信機に手を当てて誰かと通信している。

 これと、リーゼが見ていた方角で動き回っているとある魔力。ツバキがいた。


「……任せればいいのに」


 リーゼは小さくため息を漏らしながら、前後に届かぬ声で、そっと呟いた。


 ***


「しゃああっ……!」


 その頃ツバキは、集団を離れた先で犬と絶妙な距離で対面していた。

 当然壁外ということで魔獣を相手にしているのだが、サイズ感だけで言えば大型犬に及ばない。


「クワァ……!」


 歯音を含んだ声で威嚇しているのは、魔獣ではなくツバキの方。両手を上げて威嚇する様は、レッサーパンダの様だった。


「グルルルル……」


 こちらが一歩踏み込むたびに、犬型魔獣は負けじと牙を剥き出しにして威嚇する。しかし、次第に後ずさっていき最後には背を向けて去っていった。


「ふぅ……小さくてよかった」


 なぜツバキがこんな事をするかと言えば、行動班に近づく魔獣を追い払うためである。

 それとは別に、ツバキはある事を考える様になっていた。


「やっぱり俺の魔力、なんか外に出てるんだよな」


 魔法が使えないツバキは、自分の中に溜め込まれた魔力を体外に放出することはできない。十七年間そう考えて過ごしていたがその考えが変わりつつあった。


「……あっちもか」


 こちらへ向かってくる魔獣の気配に反応し、即座に駆けつける。


「きゃああす!」


 先と同じく奇声を上げて、今度は少し大きめの狼の様な魔獣を威嚇する。


「グゥぅ……!」


 すると狼魔獣も怯えて逃げ去っていった。


「やっぱりそうだ」


 少し前、洞窟探索にてゴラゴンと名付けた龍との叫び合いをした時。ザカリとの一件で結界を破った時に、確かに感じた己の魔力。

【傷つけずに強さを証明したい】【ザカリの自殺を止めたい】どちらも自分の強い意志が呼応して魔力が放出されている様に感じた。

 その経験を元に、先ほど二体の魔獣に対してゴラゴンの時と同じ念を込めて威嚇したところ、再び魔力が外に出て、結果は今の通り、魔獣は怯えて去っていってくれた。


「これができたら、きっと__」


 殴らないで済むと思った。

 その瞬間だった。


「ねぇ」

「……っ?!」


 背後の声に、反射的に飛び退いて構えをとった。

 この瞬間まで気が付かなかった。

 少し幼さのある雰囲気だが、自分たちとあまり変わらないであろう年頃の子。

 束ねられたピンク髪の少女だった。


「君は誰?」

「どうして怯えるの?」


 時代錯誤なゴスロリファッションに無邪気で可愛げのある声。

 ツバキは額から妙なほどに汗が流れ、呼吸も心拍数も早くなる。少女が一歩近づくたびに、無意識に足が引いてしまう。とんでもないプレッシャーと魔力を放っていた。


「ここ、いたら危ないよ。どこから来たの?」

「んー。わかんない」

「名前は?」

「えーっと。まだ決まってないんだって」

「決まってない?」


 聞いても聞いても、返ってくるのは意味のわからない言葉だらけ。

 とにかく、ここに置いておくわけにはいかない。


「あっちに軍の建物がある。ついてきて」

「へぇ〜」


 名もない少女の手を取ろうとしたが、彼女は身を翻してどこかへ去ろうとしていた。


「ちょっと、どこ行くの」

「呼ばれちゃった。またね……えっと、ツバキ」

「え……」


 まだ互いに名乗っていない。

 困惑をひとつ挟んだ直後、彼女の目の前に人一人入れるサイズのゲートが浮かび上がる。


「ちょっと待って!」


 ツバキは咄嗟に手を伸ばしたが、本能的な震えが引き止めてしまう。ただ静かに見送った。


「何だったんだあの子……」


 伸ばしていた手をよく見ると、僅かながら震えていた。

 悔しさや怒りのような感情は微塵もない、明確な恐怖のサインだった。


 5月10日月曜日 16時36分


 この課外授業は、最後まで例年と変わらぬ平穏っぷりで終わりを迎えようとしていた。

 行きと同じく、三台の高機動車が縦に並んでカレストロへと戻っていく。


「ツバキが追っ払ってたんだろ? 結局魔獣は見れなかったなぁ」

「見ないで済んだほうがいいよ」


 隣でアスタがぼやく車両の中。

 森の中の散策とはいえ、山登りのような斜面も多かった。

 遠足の帰りのように疲れて寝ている生徒も数人おり、行きとは違う静けさがあった。


「はぁ……」


 ツバキだけはまだ、そういう気分にはなれなれず、小さく項垂れる。

 森で出会ったあの少女のプレッシャーは、今まで感じたことがない類のものだった。

 敵であって欲しくない。などと、そんな事を考える。

 __その直後だった。


「……っ?! はぁ?!」


 ツバキらしからぬ驚嘆の声が飛び出し、体は弾かれるようにして立ち上がった。


「どうした!」


 助手席からも弾かれるようにニコレスが振り向いた。


「大量の魔獣が猛スピードでこちらに向かってます。……運転手さん。めいいっぱい飛ばしてください!」

「君は何を」


 運転手は突然の指示に困惑していたが、その数秒後、通信機からも指令が飛んでくる。


『敵魔力後方十キロより高速接近中。推定速度時速百二十。進路上の高機動車は即時回避行動に移れ。限界速度でカレストロへ急行せよ。繰り返す__限界速度で急行せよ』


 運転手はその指令を聞き終わるよりも早く、アクセルを強く踏んだ。


「マジかよくそったれ! みんなどっか掴まってろ!」


 高機動車のモーターがピッチを上げて、車両内の緊張感と共に大きく高ぶる。

 その中でツバキはひとり立ち上がって、後方のリアハッチの内部レバーに手を置いていた。


「私も出る」

「この量はだめなやつです。止めてきます」

「く……任せた」


 苦悶の表情でツバキに託すニコレス。あまりに不甲斐ない思いに声が震えていた。


「ここ開けるんで、後で閉めてもらっていいですかニコレスさん」

「ああ」


 頼まれて、助手席からツバキの背後に待機する。

 高速で移動する車両の扉の開閉。生徒にやらせるには危険な行為だが、ギルドのエースがひとりの生徒を差し置いて行うには、あまりにもスケールが違う。

 これが逆ならどれほどよかったか。


 開かれた扉の先には、後続の二台の高機動車に遠くまで伸びる黒いアスファルト。そしてその先、確実に迫りつつある土煙が見えた。


「出ます!」


 草原の彼方に飛び出すツバキの背中。

 安堵と焦りと悔しさと、様々な感情がないまぜになって、ニコレスの胸を締め付けた。

ブックマークありがとうございます。

0と1が行き交うのが常だったので、2という数字が見れて大はしゃぎしております。

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