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壁外出発

 40 課外授業


 5月10日月曜日 9時31分


 三年A組の生徒たちを乗せた軍用の高機動車三台は、カレストロの東側の壁を通過しアスファルトの道。遠方に山が見えるほど広大な平原へ飛び出した。


「うぉーすげぇ! こんなとこの下を電車は走ってんのか」

「位置的にはリネア線が通ってるあたりかしら。ほんと、魔獣がいるとは思えないほどのどかね」


 窓に映る深緑の景色にタレックもレイスも大興奮。二人揃って張り付くように魅入られていた。


「こらこら。そこそこ揺れるんだからちゃんと座ってな」


 軍用の車両ということもあり、緑に近い黄土色のシンプルな内装。生徒たちは進行方向に対して横向きのシートに座り、オフロードの振動を直に感じていた。


「リーゼちゃんは壁の外に来るの、二回目なのよね」


 レイスは隣で座るリーゼに問いかける。

 スマホを注視していた彼女は呼びかけられてハッと顔を上げた。


「ああ。あの時はパニックで景色なんて見れたもんじゃなかったがな。こうして見てみると、カレストロの閉鎖感から解放されたような清々しい気分だ」

「こんな自然、味わう機会もないものね。……今シャインしてるところ?」


 ちらりと見えたスマホの画面には、入力中のメッセージ画面があった。

 カレストロを出てからずっと下を向いていたが、その相手はすぐに察しがつく。


「前の車にツバキがいるから、色々、な」

「ふーん……」


 しばらく間を空けて、一言。


「ちょっといい?」

「え」


 リーゼのスマホ画面に指を一本突き立て__どんどん上へ上へと会話履歴を見ていく。


「えええあ! レ、レイス! 見ないで」

「リーゼちゃんのためよ。ああいう澄ました顔して実はDV彼氏だなんて話も__」

「ツバキはそんなことしないぞ!」

「わ。ご、ごめん。ちょっと言い過ぎたわ」


 思った以上に強く否定してきて、レイスは気圧されてしまう。

 実際会話履歴を見ていてもツバキから高圧的なメッセージは特にない。それどころか、毎日何かしらのメッセージを送るリーゼにしっかり対応しているのが見て取れた。

 スクロールする指をぴたりと止めて、ある写真に目がいく。


「うそこれかわいい。学校の近く?」

「アパートの裏にいたんだ。つい撮ってしまった」


 猫の写真だった。首輪が付いておりどこかで飼われているのだろう。


「ふふっ……」


 よくみると、この写真に対するツバキの返信とほぼ同じやり取りをしていることに気がつき、なんとも言えない笑いが浮かんだ。


「ちょっと、本当に言い過ぎたかも。ねぇ、ツバキ君とはうまくいってるの?」

「うまく……? 待て。ちょっと待て。さっきツバキの事、DV彼氏とかなんとか」

「ああごめんね。DVは言い過ぎ__」

「そっちじゃないそっちじゃない!」


 レイスは思わずハッとした。

 二人の普段の行いを見て、自然とそういう関係だと考えていた。


「昼休みいつも一緒にいるのに……彼氏じゃ」

「ない!」

「帰りも一緒にいるのに……彼氏じゃ」

「ない!」


 強くNOを叩きつけるリーゼの目は、本当に冗談ではなかった。抑え気味の声色ではあったが、その頬には赤面もくそもない。


「私は、ただの居候だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 視線は下を向き、自分に言い聞かせるようであった。

 レイスはそんな彼女を見て、とても話を聞けるとは思えなかった。分かった気になって何もかもが的外れだった自分を反省した。


 この課外授業は、毎年三年生の中でも、特に優秀なものが纏められたA組だけが行う特別な授業。

 通常、一般人が立ち入ることのできない壁外の比較的安全なルートを周り、本来の自然や小さな魔獣に触れる事を目的にしている。

 クラスの人数を三つに分け、それぞれにギルドから戦闘ができる二人ずつと軍から運転手一人、合わせて三人ずつの護衛をつけることで成り立っている。


「…………」


 リーゼはこの場で一人、世界の変化に気がついている。

 ニコレスから聞いた守護龍の件に、それに伴う魔獣たちの活性化。

 毎年恒例のこの行事。念入りな計画のおかげで事故はいまだにないと聞いているが、今年に限っては話が違う。


『俺が周りの魔力を見とくから心配しなくていいよ』

「私も見る」

『大丈夫。実質俺の仕事だから』

「給料でないだろ」

『それはそう』


 だから、リーゼは移動している間、シャインでずっとツバキとやりとりをしていた。

 胸の内の不安を唯一共有できる相手にぶつけて紛らわしていたのだった。


「……っし」


 一通りやり取りを終えたツバキは、呆然と車内を見回していた。

 戦闘を走るこの車両は、自分含め七人全員が静まり返っている。みんなが本を片手に、この移動時間を使って勉強しているようだった。


「アスタはどこ目指してるの?」

「みんなと同じところだよ。カレストロ魔法大学。ツバキは?」

「ここ卒業したら、そのままギルドに入れてくれるって」

「マジか。っぱ龍殺しは格が違うねぇ。ギルドの方? 本当ですか?」


 アスタは車両の助手席に座る、青髪の後頭部に声をかけた。

 こちらを振り返ったのはツバキにとっては馴染みのある顔だった。


「ああ。ツバキ君はすでに社員と遜色ない働きをしてくれているんだ」

「へぇ……」


 その顔を一目見て、アスタはふとツバキにこう言う。


「あの人、ギルドの人だよね」

「ニコレスさん。ギルドカレストロ支店のエースみたいな人だよ」

「エース? あんな若そうなのに。何歳なんですかー?」


 アスタの悪ノリに、周りの男子生徒の視線は見るからに本から逸れていた。

 突然振られた年齢の話にニコレスはしばしの沈黙の後、渋々答える。


「……23歳だ」

「え、めちゃくちゃ若いじゃないですか」


 年齢に真っ先に反応したのは、質問者のアスタではなくツバキだった。


「えっとじゃあ、彼氏とかいる__」


 ツバキの反対側に座っていた男子生徒が、流れでそんな事を聞こうとしたところ、


「ドダン。そこは秘密らしいよ」

「あ、そうなんだ」


 ツバキが間に割り込んで、話を遮った。

 反射的に語気を強めてしまい、到着まで静かな空気が流れた。どのみち勉強に時間を割く生徒ばかりだったため、あまり気まずい雰囲気とまではいかず、目的地へと進んだ。

期限ギリギリに真価を発揮するタイプの人間なので、下手に書き溜めを作るよりも、毎日追い詰められてる方が良いものが生まれるはずです。多分。

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