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安寧への進捗

 5月4日火曜日 15時05分


「大佐は何言ってんです! 今年の課外授業は中止だと言っていたでしょう!」


 静かな密室にて、ニコレスは拳で執務机を打つ。革張りの天板が鈍く響いた。


「今までとは話が違うというのに、子供たちを危険に晒すつもりですか?!」

「ニコレス。もう事は決まっているんだ。カレストロ魔法学校では予定通り5月10日に課外活動を行う。守衛は例年通りギルドに任せる」

「ロマノフ大佐!」


 ロマノフと呼んだ厳格な男は、こちらにスキンヘッドを向けて窓越しに壁の外を見つめている。

 表情を一つとして変えず、眼鏡を上げる様が窓に反射していた。


「今年はセルディーという切り札もあるんだ。焦ることもないだろう。

「……以前の襲撃で事の重大さは分かっているでしょう! 一体何を」

「セレスト君のことを、忘れたとは言わせんよ」


 突然ロマノフから飛び出した、男の名前だった。

 ニコレスの脳裏に和かな男の笑顔と、遺影が浮かぶ。思わず唇が震えた。


「くっ......?! またそうやってあなたは! やればいいんでしょうやれば」


 扉を強く閉め、飛び出すように場を後にした。

 手の震えが残っている。ロマノフの声が耳奥に残り鼓動だけがひどく早い。

 彼女のパンプスが大理石を叩くたび、廊下に細い反響音が響いた。


『あの人嫌いだなぁ。あんな奴に怯えなくていいだろうに』


 頭の中で少年の声が退屈そうに響く。

 なんだかんだで、この声と生活を共にするようになって三週間が経っていた。


「色々と事情があるんだこっちは」


 低く吐き捨てた言葉の節々に、その苛立ちを隠せていない。

 ニコレスは歯を食いしばるようにしながら、それでも堪えるようにして研究室の扉を開いた。


「レグル博士。例の強化パーツの進捗は」

「見てみるかい」


 コーヒーを左手に置いてPCモニターと睨めっこをするレグル。そんはいつもの背中に声をかけた。

 以前と違うのは、普段は書類が乱雑に散らかっているデスクにスペースが設けられ、台座が設置されている事。


「これが強化パーツ……あの石がここまで小さく削られるとは」


 台座には様々な回路が取り付けられた直径四センチメートルほどの成形物が、マナグナムドライバーを形どったレプリカの上から取り付けられていた。

 守護龍の体に埋め込まれていたフェクターの本体の片割れといえる結晶。それが削りに削られ、冷蔵庫に保管されていた時とは似ても似つかない丸い結晶に変貌している。


「うわ。何これ」


 ニコレスの体から実体化した少年__フェクターが顔を引き攣らせていた。


「加工していいとは言ったけどさ。元の半分しか残ってないじゃん。原形留めてないじゃん」

「平和を取り戻すには必要な処理なの」

「なんだよ……あのドライバーといいこれといい、ちょっと造形に拘っちゃってさあ」


 拗ねたフェクターはトボトボと研究室内を練り歩く。

 それを横目にレグルは続けた。


「前にフェクターが言っていた、魔獣を鎮静化させていた話があるだろう」

「龍の体を器として、そこに魔力を注ぎ込んでいたという……」


 ニコレスは隣の椅子に座り、互いに向き合った。

 レグルがPCを操作し、龍の研究レポートを画面に表示する。


「ああ。死体解剖で分かった事だけど、あの龍の錬臓は魔素の増幅量が段違いに高かった。フェクター君の魔力を最大限に発揮する、正真正銘の器だったんだろう」

「しかし、私の錬臓は変身しても人のそれと変わりませんよ」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに別の画面が表示される。

 モニターに映し出されたのはマナグナムドライバーと強化パーツの3Dモデルだった。


「その増幅量をこのパーツで補うのさ。完成すれば、理論上は守護龍と同等以上にまで引き上げられる。けど、まだまだ戦闘データが足りないのが現状だね」

「引き続き、壁外周辺の魔獣討伐を続ければいいんですね」

「そう言う事。色々忙しいだろうけどよろしく頼むよ」


 話がひと段落した矢先にニコレスの視線が逸れる。フェクターが若い研究員と戯れていた。


「ねぇなにやってんの?」

「これわねー、フェクター君から削った石を培養液につけててね?」

「へ、へー……」


 淡々と人体? 実験の様子を語られ、肩が跳ねると同時に顔が青ざめてくる。


「これっていつか、僕も実験したり__」

「するかもー」

「はは……ははは」


 一研究員の無邪気な笑顔に顔を引き攣らせながら、逃げるような早足でニコレスの隣についた。


「あの人あんな感じだったっけ……?」

「フェクターが研究室に馴染んできてきたのさ。最初あった緊張感が薄れて和やかになっている」

「和やかな生物の発する言葉とは思いたくないね」


 恐怖を与えた初日と打って変わって、逆に恐怖を覚える側に立っている。

 奇妙な手つきで迫って来る女性研究員に怯え壁に追いやられたフェクターを、ニコレスは微笑ましく見ていた。


「ん?」


 着信音が鳴った携帯の画面を覗き、椅子から立ち上がった。


「行くぞフェクター。依頼だ」

「お。ナイスタイミング。はやく行こう!」


 突然降って湧いた言葉にフェクターは白い光に早変わり。ニコレスの中へ入っていった。

人生最後の夏休みです。張り切って参りましょう。

書き溜めは特にないので、急ぎます。

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