表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/49

魔法の破壊

 4月15日木曜日 9時34分


 カレストロ西部__カレストロ魔法学校の正門前。

 今、その校舎は黒と紫の魔力が織り成す膜にすっぽりと包まれ、まるで異界に飲まれたかのような異様な光景を晒していた。


 学校の外周では警察が厳戒態勢を敷いており、黄色いバリケードテープの向こうには、見物人と報道陣の群れが鈴なりになっていた。だが、内部に踏み込める者は限られており、警官たちはひたすら周囲の群衆を押し留めることに専念していた。


 その中に、一人だけ結界から距離を取るように立ち、じっとそれを見上げている男の姿があった。

 背広の内ポケットでタバコに手を伸ばすが、規制エリアの様子を見て、渋々ポケットに戻している。


「……ハルス警部」


 名を呼ぶ声に、男がゆっくりと振り向く。

 視線の先には、黒いスーツに身を包んだ女性。腰まで届く青い三つ編みが、風に合わせて小さく揺れていた。


「話は伺っていおります」

「ああ、君が噂の変身するっていう軍の……」

「ニコレスです。一応、本分はギルドの社員ですが」


 ハルスは頷き、手短に尋ねる。


「それで、進捗は」

「現在、先に駆けつけたギルド社員のエルリオが、結界の解除にあたっています。あと二十分ほどで突破できるそうです」


 ニコレスの近くで膝をつき、巨大な黒い壁面に手を当てながらノート端末に魔法の構文を打ち込んでいる男。

 エルリオと呼ばれたその男は、キャップを後ろ向きにかぶり、額から汗を滝のように流していた。


「中で何が起こっているかわからない。急げ」

「了解です」


 彼女の声は落ち着いていたが、立ち姿にはわずかに緊張の色が差していた。

 誰よりも冷静な顔で、誰よりも戦場に備えていた。


「ぐぅ……長ぇよ、長ぇってマジで」


 血走った目でPCと結界を交互に睨みつけ、キーボードを乱打する、エルリオと呼ばれた金髪の男。

 結界から迸る魔力と解析情報を同時に読み解きながら、その手はノンストップで動き続けていた。


「ニコ、水!」

「……ああ」


 呼びかけに反応し、ニコレスは迷いなくペットボトルの水を取り出す。

 両手をふさがれたままのエルリオに、ストローを差し込んで口元へ運ぶ。

 彼の汗をタオルでぬぐう手つきは実に手慣れたものだった。

 言葉少なに、黙々とサポートに徹する。


 その時、背後から少し浮いた、けれど若さのある声が届いた。


「あの!」


 反射的に振り向いたニコレスの視線の先には、

 カレストロ魔法学校の制服に身を包んだ一人の女子生徒がいた。


 警察のバリケードのすぐ向こう。

 鮮やかな水色の髪が揺れ、彼女は緊張を隠せないまま、立ち入りを訴えるように背伸びをしていた。


「ここの生徒だね」


 ニコレスが落ち着いた声で声をかけると、少女はパッと顔を上げ、食い気味に名乗った。


「マオです! 友達とずっと連絡が取れなくて、来てみたらこんなんやから、どうしたらいいか分からなくて……」


 不安と焦燥が混ざった口調。手は宙を彷徨い、視線も定まらない。

 それでも、誰かを想う心はまっすぐだった。

 ニコレスは数歩前へ出て、少女の目線に合わせて屈む。

 そして、驚くほど優しく、落ち着いた声で言った。


「安心してほしい。必ずこの結界を解いて、中の安全を確保する」


 その言葉は、軍人としてではなく、一人の大人としての静かな約束だった。

 その後、マオはしばらくの間、黙ってエルリオの作業をじっと見つめていた。

 音も立てずに、ひとつの質問も挟まず、ただ目だけが真剣だった。

 __そして数分後、不意に声を上げる。


「あの!」


 その声は、突拍子のないひらめきに満ちていた。

 作業に集中していたエルリオも、隣で控えていたニコレスも、一斉に顔を上げる。


「どうした?」


 ニコレスが眉をひそめる。

 マオは、まるで正論を放つかのように、はっきりと口にした。


「もうこれ、解くより壊したほうが早くないですか」

「……壊す? 」


 ニコレスの声が一段低くなる。

 その単語は彼女にとって、ただの物騒な発言ではなかった。


「……どういう事だ」

「あれ?」


 魔法を解くのではなく、ニコレスにとって“壊す”とは、初めて聞く概念だった。

 マオにはその反応が意外だったようで、間抜けな声がでた。


「今の魔法学校では、そんな事も学んでいるのか」

「えっと。ちょ、ちょっとやってみますね。すみません通りまーす」


 言うが早いか、マオはひょいと身をかがめて、警官の隙間をぬうように抜け出す。


「ちょっと君!」


 警官が慌てて腕を伸ばしたが__


「私がみておきますので。はい」


 ニコレスがさらりと制し、同時にマオの背後を追って駆け足になる。

 次の瞬間には、マオはエルリオのすぐ隣。何食わぬ顔で手のひらに魔法陣を展開していた。


「えい!」


 小さく掛け声を上げると同時に、彼女の掌に浮かんだ魔法陣が、淡い白光を帯びながら回転を始める。

 それはまるで、黒紫の結界とは正反対の性質を持つかのような、純白の魔力。

 魔法陣が結界に向けて掲げられたその瞬間、空気がはっきりと揺らいだ。


「な、なんだそれ」


 エルリオの作業が思わず止まり、ニコレスも動きを忘れる。

 結界の外壁から、黒い螺旋が__まるで引きずり出されるように、音もなく漂い始めた。

 白と黒、まるで世界が反転したような異様な光景だった。


「ふぅ……」


 マオが静かに息を整える。

 その表情は、ついさっきまで飛び跳ねていた少女のものではなかった。

 瞳は研ぎ澄まされた刃のように細く、呼吸すらも魔力の律動に合わせるような静けさがあった。

 あの柔らかく揺れていた水色の髪が、今は風もないのにふわりと舞っているようにさえ見えた。


 ニコレスとエルリオは、言葉を飲んだ。

 何もしていないはずなのに、あまりにも禍々しい気配だけが、そこに膨れ上がっていた。

 白の魔法陣の上で、暴れ出す黒い螺旋。

 もがくように、渦はあらゆる方向へ力を向ける。

 まるで、自らを閉じ込めようとする“純白”を拒絶するかのように。


 だが、マオは微動だにしなかった。


 対になるもう片方の手をすっと掲げ、そこにも別の魔法陣が浮かび上がる。

 今度は、黒。

 白と黒、両極の力を掌で操るように__マオは両手をゆっくりと重ねていく。


「“ゼノバースト”」


 その言葉は、驚くほど静かだった。

 しかひそれは、確かな詠唱だった。

 重ね合わされた魔法陣の狭間に、黒い螺旋が吸い込まれるようにして押し潰されていく。

 握るというより、圧縮するというような動き。

 魔力の悲鳴が空気を伝い、ミチミチ……と、肉を圧し潰すような嫌な音が響いた。


 一瞬だけ、あたりの空気が硬くなる。


 黒い渦はもがきながら、マオの手の中でゆっくりと沈黙した。

 それはまるで、“魔法”という概念そのものが破壊されていく瞬間だった。


「結界の魔力反応が消滅した……開くぞ!」


 エルリオの声が上ずる。


「……すごい。今、君は何をしたんだ」


 ニコレスが驚きと警戒をにじませながら、マオを見つめた。

 しかし、マオはその視線を真っ直ぐには受け止めなかった。


「つ、潰すのは、得意なんですよ。あはは……」


 乾いた笑いを浮かべる少女は、さっきまで魔力を握り潰していた人間には見えなかった。

 軽く肩をすくめる仕草も、その声の震えも、どこか噛み合っていない。


 何が「得意」なのか__何を「潰して」きたのか。

 今この場にいる誰も、それを問うことはしなかった。


 次の瞬間、結界が“溶ける”ように崩れ始める。

 上部からじわじわと色が抜け、黒紫の幕が霧のように晴れていく。


 ニコレスは一瞬だけ目を細め、すぐに背後の荷台へ駆けた。


 バイクの荷台に備えてあった装備ケースを開く。

 中から取り出したのは、マナグナムドライバー。

 即座に腰に装着し、変身の構えをとった。


『今度はどんな戦いを見せるのか、見せてもらうよ』

「ああ……」


 頭に響くフェクターの声に頷き、結界の先を睨んだ。

 風が結界の消失とともに吹き抜け、校舎の影が静かに姿を見せはじめていた。

複数人をリアルタイムで動かし続けるのがめちゃくちゃむずい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ