超絶学校バトル勃発
「はっ! だあっ!」
タレックの拳が風を切る。
対するザカリは、軽やかに机を踏み越え跳び退く。
すかさず足元の椅子に足をかけ、その勢いで後方へ身を滑らせた。
「っ?!」
その移動先を読んでいたタレックが、即座に椅子を投げる。
背もたれがザカリの腕に当たり、バランスを崩した。
そこへ、迷いのない飛び込み。
「結構動けんじゃねぇかよ!」
タレックが拳を振るいながら、にやりと歯を見せる。
「魔法だけ鍛えてた訳じゃないからねぇ!」
ザカリの返答は、寸前で受け止めた肘の硬さとともに返ってくる。
拳と拳、足と足が交錯する。
ただの喧嘩と呼ぶには、互いの動作はあまりに滑らかで、格闘技の型でも踏んでいるかのように、攻防は連鎖する。
その応酬を唐突に裂いたのは、レイスの放った火炎球だった。
「っぶな!?」
火の塊が二人の間をすり抜け、壁に激突する。
小さな爆発音とともに、白煙と焦げた石膏のにおいが教室に広がった。
タレックとザカリ、同時に目を見開き、反射的に距離を取る。
「ちょ?! バカ! 教室ごと燃やす気か!」
怒鳴るタレックに、レイスは全く悪びれずに叫び返す。
「杖なしで抑えてるだけまだマシでしょ! なんならもっと火力上げましょうか!? 嫌ならさっさと降参しなさい!」
「学校が灰になるわ! ザカリ! 諦めて降参しろ!」
「だったら君から!」
即答し、速攻で反撃へ転じた。
ザカリが地を蹴る。一直線に、鋭く突き出される拳がレイスに迫る。
「くっ!“バインノヴァ”!」
咄嗟に両手を前に突き出し、レイスが詠唱を叫んだ。
直後、拳が額に届くその寸前。
ザカリの動きが唐突に止まった。
「くぅぅっ……?!」
目を見開き、呻くザカリの全身を、紅蓮のオーラが絡め取る。熱の波が波紋のように広がり、空気がぎしりと軋んだ。
レイスの両手は依然として前に突き出されたまま。術を維持するその顔には、張り詰めた集中と僅かな焦りが浮かぶ。
だが、彼女は叫ばない。
すぐに合図のような視線をタレックに向けた。
「だぁぁっ!」
ザカリの背後から跳び上がったタレックが、振りかぶった拳を一閃__
__その瞬間。
ザカリの口角が、不気味に持ち上がった。
「“魔導砲”!」
紫光。それはザカリを守るように、二つの魔法陣が彼の左右に瞬時に展開される。
反応できない。二人はただ、眩い光に目を見開いていた。
「かあっ?!」
「うぅっ?!」
魔力の奔流が暴発するように放たれ、黒紫の光線が閃いた。
タレックとレイスは二人とも、砲撃に吹き飛ばされ、壁に体を叩きつけた。
「おいおいどうした……まだそんなんじゃないだろ。主席も二位さんも」
その顔は笑っていなかった。
ただ、二人が立ち上がるのを、何もせずに待っていた。
「ふっ……言われてんぞレイス」
肩をぐるりと回して骨を鳴らしながら、笑みを浮かべながら立ち上がるタレックと、
「……まだ、本気出してないんだから。終われないでしょ」
大きく息を吐き、埃を被ったスカートをはたきながら、立ち上がるレイス。
そんな二人の余裕な姿を見て、ザカリはようやく口元を緩めた。
「ああ、そうだ」
ふと、何かを思い出したように呟く。そして小さく笑う。
「今の魔法で、俺はもう、魔法が使えなくなっちゃった」
「……でしょうね」
レイスが静かに応じる。
その瞳には、計算された冷静さと、にじむような不安が同居していた。
「結界魔法は事前準備だとして、転移魔法に攻撃魔法。あなたの魔力量じゃもう限界でしょ」
「限界……か」
まるで興奮物質が途絶えたかのように、ザカリは俯いて、大きく息を吐いた。
全てを邪魔し打ち砕くその言葉を、彼は反芻し、恨むように歯を食いしばり、そして、また痛々しいほどの笑みを浮かべる。
「やれやれ……俺の嫌いな言葉だよ。“限界”ってやつはさ、いつだって可能性を台無しにするんだ」
ザカリの呟きに、タレックとレイスの眉がわずかに動いた。
その声音は淡々としていた。しかし、その裏で何かが壊れていく音が確かに聞こえた気がした。
「どうしたんだよ……なんか、さっきよりもおかしいぞ」
タレックが一歩、無意識に後ずさる。
「俺はもう、止まらない」
ザカリは続けた。瞳の焦点は定まらず、けれど口調だけは異様なほど澄んでいた。
「壁を破った先を見たいんだ。ゴールってやつを……」
__その瞬間だった。
彼の身体から、闇が渦を巻くように溢れ出す。
魔力の尽きたはずのその身から、なお生まれてくる異質なエネルギー。
それは魔法と呼ぶにはあまりに禍々しく、意思を持って蠢く生き物のようだった。
「おい……なにする気だ。もう使える魔力はねぇだろ!」
「早く止めるわよ!」
即座に判断したレイスが、片手を前に突き出す。
発動された火炎弾が、闇の渦へと直撃する__はずだった。
しかし、熱も炎も、渦の中心に触れることなく霧のように消え去った。
「嘘……」
レイスが呆然と呟く。
ザカリが、ゆっくりと手を広げる。
その指先に宿った力は、常軌を逸していた。
「終わりにしよう。これが限界を突破した禁断の技“虚大魔”さ」
その名を口にした瞬間、空間が低く唸りを上げる。
全ての空気が、そこに引き寄せられていくような、異常な気配だった。
「キョダイマ……?!」
初めて耳にする単語に、タレックは目を見開いたまま、息を呑む。
その異様な魔力は、教室という空間を越えて、
__別の場所にいる者へとまで、確かに届いていた。
暗がりに沈む、別の空間。
結界の中で、テレビ前にいたツバキの身体が、ビクリと揺れる。
「あ……!?」
リーゼと交信するために、ツバキは目を閉じていた。
意識を深く沈め、静寂と闇の底を探るように。
しかしその最中。ザカリの声によって現実へと引き戻された。
「これだ……あの時の、あの魔力だ」
依頼で向かった先で感じた、実験後の魔力跡。どこか違う場所で、確かに感じていた。
「てことは……っ! 早く伝えないと!」
胸の奥が冷たくなる。頭の片隅にずっとあった不安が、急速に輪郭を持ち始める。
嫌な予感が、ふつふつと湧き上がってきた。
脳裏に、師匠・トルモの声が蘇る。
『完全に魔素が失われたその瞬間、痛みも苦しみもない。一瞬の死が待っておる』
ツバキは唇を噛んだ。
予感というよりは、それはただの、頭の端の端にいる、個人的な願望でしかない。それでも、もし誰かが“終わり”を望もうものなら、黙って見逃すことはできなかった。
ツバキは再び目を閉じる。
精神を研ぎ澄ませ、深淵へと沈んでいく。
ノイズの奔流。その中に、確かにあるはずの、家族の気配を探す。
『……ぇ』
微かに、誰かの声が届いた。
『……ゼ』
次の瞬間、それははっきりと、返ってきた。
『ツバキ?!』
リーゼの声だ。
こちらが呼びかけるよりも早く、彼女の方が応えた。
『やっと繋がった! 今どこにいる! 手を貸してくれ!』
「どうしたの?! ……戦ってるの?!」
『ああ!』
交信を通じて感じ取る、興奮と緊張に満ちた魔力。
彼女だけじゃない。周囲の生徒たちも、みな戦闘状態に入っている。
ツバキの脳裏に、戦場の光景が浮かんだ。
「体育館みたいなところに飛ばされたんだが、ゾンビみたいな人型の影が大量に襲ってきた! 今はみんなで対処してる! はあっ!」
リーゼの声が跳ねるように響く。
切迫した声の中でも、彼女の動きは鋭かった。
駆けながら、次々と魔力のナイフを構築し、黒い影を斬り裂いていく。
「相手はウスノロの雑魚集団。みんなできるだけ固まって! 耐久戦だぞー。ちょっとリーゼさーん?!」
アスタの叫びが、体育館の壁に反響する。
生徒たちは背中を預けるようにして円陣を組み、それぞれの得意な魔法で外周を固めていた。
その中央から大きく逸れて、リーゼはただひとりだけ、縦横無尽に駆け回っていた。
『リーゼ。戦ってる中悪いけど聞いて欲しい。今、ザカリが虚大魔っていう禁断魔法を使った』
「禁断魔法?」
一瞬、動きが止まりそうになる。だが即座に足を踏み出し、斬撃を続けた。
耳で聞き、身体は戦う。けれど、頭だけがツバキの言葉に食らいついていた。
「どうなるんだ」
『もしかしたらあの人は……死ぬかもしれない』
ツバキの声は、静かだった。
だからこそ、リーゼは言葉を失った。
答えの意味がすぐには飲み込めなかった。
「な……」
理由なんてどうでもよかった。
ただ、戻らなくてはならない。
ザカリを止めるために。
黒い影の数が、目に見えて減っている。
もうすぐ片がつく。なのに、結界に裂け目は見えない。
そこで、リーゼはひとつ、賭けに出た。
「ツバキ。大声で、そっちの結界を壊すつもりで叫んでみろ」
『叫ぶ? どうして』
「気が付かなかったか? 昨日、洞窟で探索してたあの時。お前の魔力が、煮え立つように熱く震えていた。とてつもない力を感じたんだ。あれなら、強引に結界を壊せるかもしれん」
ツバキは息を呑んだ。
思い出す。ゴラゴンと名付けたトカゲ魔獣との力比べ。
声を振り絞った瞬間、洞窟全体が激しく震えた。あの揺れ__あれなら。
『ありがとうリーゼ。やってみるよ』
「……任せたぞ」
交信が途絶える。
リーゼは息を吐いた。
戦いの最中だというのに、口元には、わずかに笑みが浮かんでいた。
この場をツバキに託そうと、そう思えていた。
「……ふぅ」
一方、別の空間。
ツバキは静かに立ち上がった。
呼吸を整え、肺に空気を満たす。
ザカリを止める。それだけが、今の彼のすべてだった。
騒がしいテレビの画面も、周囲を閉ざす結界の壁も、彼の意志にはもう関係ない。
力を込めて、目を開く。
そして、大きく息を吸い込んだ。