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2人の隙間

「……本当に今日から住むんだな。荷物が多い」


 リーゼはキャリーバッグを壁際に置き、ダンボールの山を前に茫然と立ち尽くした。


「うん。いらなさそうなものは後で返そうかな。……ごめんね。ちょっとお茶とかだせそうにないかも」

「いや……私が居候させてもらう側なんだから、いらない。それより、片付けを手伝おう」

「お……ありがとう」


 それからかれこれ一時間もの間、ダンボールを開封しては、中に入った雑貨や本を取り出して所定の位置に置いていく作業が続いた。


「この本は?」

「あー、その棚に置いといて」

「これは?」

「それは……返却かな」


 そんな短いやり取りで進む片付け。

 ふとツバキはダンボールを漁るリーゼに振り向いた。


「なんかさ、朝の怖い感じから、ガラッと変わったよね」

「……そ、それは、最初……本当に殺す気でいたのに、あれだけ助けてもらってしまっては……あまりに失礼だろう」


 言い淀みながらも、自分の思いを言葉にした。

 それが余計に気に入らなかったのか、すぐに顔を赤くする。


「だ、だからって勘違いするなよ! あくまでも私の目的は監視だ。少しでもおかしなマネをしてみろ。次は本当に刺す!」


 強気に言い張って見せるリーゼの赤い顔を、ツバキは真っ直ぐに見つめて、瞳孔が微かに揺らいだ。


「……リーゼってさ、今の俺の力は、もう二回見たわけじゃない」


 そっと、言葉を選びながら投げかけた。


「俺、多分リーゼよりずっと強いよ。その気になれば、なんとでもできちゃう。なのに、よく俺と一緒に暮らそうと思えるよね。……怖くないの?」


 自分の力を目の当たりにしてなお監視しようとする、リーゼの危機管理能力を問うた。

 すんなり受け入れてしまったが、寛容なツバキでも、今の状況は社会的に見るとかなり問題があるように思えた。

 しかし、それに対するリーゼの答えは、あまりにも理屈っぽいものだった。


「一つ聞くが、貴様も魔力を感知できるんだろう? なら、相手の感情も把握できる。そうじゃないのか」

「あ……。やっぱり。リーゼもそうなんだ」


 ツバキは、半分わかっていたように瞬きする。


 体内の魔力は、生物の脳から発せられる電気信号に強い反応を示す。魔力を錬臓を介して魔法に変換する動きもこの性質が働いているのだが、こういった反応の一つ一つも、魔力感知で読み取ることができる。

 いや、“できてしまう”といった方が良いかもしれない。


「なら、私の本気は伝わっているはずだ。そして貴様は、今のところ、嘘をついていない。気味が悪いくらい、真っ直ぐだ」


 褒めているのか、貶しているのかわからない。

 ただの率直な所感だった。


「だから、貴様がそんなことをする気がないのだってわかるのさ」

「そっか。そういうリーゼは、……寂しいって感じがするね」

「む……」


 図星だったのか、リーゼは小さく息を呑み、喉の奥でか細い音を漏らした。

 心が簡単に筒抜けになるこの状況である。普通、人に心情を全て開示することなど、気分はよくないはず。

 しかし、そんな状況に置かれたリーゼは、不気味なほどに笑みを浮かべていた。


「ふふっ……お互い、隠し事はできないというわけだ」

「そうだね」


 微笑んだリーゼに、ツバキも笑顔で返す。

 足の踏み場のない二人の間に、奇妙な空気が流れた。


 片付け作業に励むこと一時間。

 時計は18時04分を指し、カーテン越しに空は夜に染まり始めていた。


「あー。そういえば夕飯作らないとか」


 ふと片付けの手を止めたツバキ。

 修行漬けの生活だったこともあり、食事はいつも師匠任せだった。


「久々だなぁ……買い出し行くか」


 幼少期から彼の料理は、魔法によって無から生み出した材料を使い用意されていた。

 こうして自ら進んで食事の準備をするのはいつぶりだろうか。

 学校の行き来に使う鞄から財布を漁っていたところ、その背後からリーゼが声をかけてくる。


「……少し待っていろ。買い出しに行かずとも、食材や調味料はうちに色々置いてある。……今日からここで世話になる身だ。私に任せてもらおうか」

「リーゼの、使っていいの?」

「……ダメだと言ったらどうするんだ貴様は」


 リーゼは呆れながら靴を履くと、そのまま部屋を出ていった。

 しばらくして戻ってきた彼女の両手には、大きな袋がぶら下がっていた。


「おい。そこの冷蔵庫に入れていってくれ」

「うわぁ……ほんとに色々ある。ありがとうね」

「これからこっち暮らしなのに、腐らせちゃいかんだろう……」


 使いかけの野菜や肉、調味料__砂糖、塩、酢、醤油、味噌に、みりんや料理酒まで。どれも普通の家庭にある調味料だが、ツバキには久々の光景で、目を輝かせていた。

 食材を受け取ったツバキは冷蔵庫を開けかけて手を止める。まずは電源を入れ、棚を整えた。


 一人暮らし用の狭い空間に、手早く野菜や肉を切り、炒め、ご飯の炊き上がる音が漂う。

 おかずをリーゼに任せ、ツバキは米をジャーにセットしてからは、夕飯を座って食べるべく、部屋の掃除に徹した。


「いやぁトルモさん以外のご飯を食べるの久しぶりだなー。座布団は……これだ」


 中途半端に開いたダンボールたちの隙間から、座布団を引っ張り出して敷き、香り漂うキッチンへ翻す。

 肉野菜を炒めたものや卵焼きなど、リーゼが手早く調理したものを、炊き立ての白ごはんとローテーブルに並べた。


「炊飯器といい冷蔵庫といい、家電だけはやたら良いものが揃ってるんだな。白米の艶が違う……」

「いいやつばっかり揃えてくれたからね。それじゃあ、いただきます」

「待て」


 早速手を合わせたところ、リーゼが手のひらを向けて待ったをかけた。


「先に一言置くが、その、人に食べてもらうのは初めてなんだ。味に期待はするなよ」


 一言、そんな予防線を張った。初めて手料理を食べてもらう相手を、彼女は緊張の目でじっと見つめていた。

 ツバキは箸で掴んだそれをそっと一口、口へ運んだ。しばし咀嚼し、飲み込む。


「……うまっ! うん。美味しいよ」

「お、そ……そうか」


 リーゼは、自分が思っていたよりも数倍強いリアクションに、かえって収縮してしまった。

 続いて自分も食べてみるが、予想に反しあっさりしている。続けて白ごはんを一口すると、


「ふっ」


 まるで勝ち誇るように、にやけてみせた。


「流石に私の方が上手く炊けるようだな」

「久々の割には結構いい線いってるでしょお」


 数時間前には張り詰めていた空気が、いつの間にか立ち昇る湯気と共に抜けていた。


「しかし、こっちはもう少し醤油を足しても良かったか。貴様は意外とあっさりが好みなんだな。濃いもの好きって顔をしているが」

「そういうことかな。それでさ」


 話を変え、ツバキは微笑んで言った。


「ご飯作ってくれてありがとうね」

「え」


 リーゼは、ツバキの歪みのない一言に、硬直した。

 しかし、惑わされてはいけないと、気持ちにブレーキをかける。


「すぅ、はぁ……。どう、いたしまして。別に、お前も手伝っていただろう」

「ご飯炊いただけだよ」


 なんてことないように言ってみせる。“ように”、というよりも、実際になにも誇ることなく言ってみせるのだから、謙虚にも程がある。

 一応、世界を消し去った相手である。敵と気を遣いあっているようなこの状況に、なんだか耐えられなくなってきた。


「な、何か勘違いしているようだが、これはあくまで家の食材を消費するためであって、貴様の分はついでだ。少しでも不穏な動きや思考をしてみろ。本当にこ……」


 と、下に視線を落として言い淀む。


「ふふ……。今ご飯食べてるからって最後まで言わなかったでしょ」

「わ、笑うな! こ、この、かす!」


 咄嗟に絞り出したかす。絞りかすを、ツバキは微笑んで受け流した。

 リーゼのこの言葉ですら、心の躊躇いと共にツバキに伝わってしまう。そんな感覚に悩まされてながら、奇妙な同棲生活が始まるのであった。


 ***


 食事が終わり、料理を作ってくれたお返しと言わんばかりに、ツバキは食器の片付けをしていた。

 ふと時計をのぞいた彼は、何か思い出したかのように手を急ぎ、食器を洗う水を止めた。


「っし、今から修行してくるよ。部屋こんなだけど、適当にくつろいどいて」


 と言ってタオルで手を拭うツバキ。の前に、リーゼが邪悪な笑みを浮かべて立ち塞がった。


「逃すと思ったか? その修行、私も観察させてもらうぞ。貴様の世界を壊す力が、どのように出来上がるのか、見ものだな……」

「あー……そっか。見学」


 上目遣いの目を、じっとツバキに近づける。


「……あんまり面白いもんじゃないよ。俺のは」

「ほーぅ? やましいものでもあるのかぁ? おーい戸惑っているじゃないかー」


 今日初めてみた、ツバキの淀んだ様子に畳み掛けるように言葉を重ねた。


「ちょっと、グロいかも。ご飯食べたばっかでしょ?」

「む? グロい? 一体何をするつもりだ。尚更この目で確かめなければなあ」

「あ……じゃあ、わかった。気をつけてね。ダメそうだったらすぐに言ってね」


 押しに押した結果、彼は言葉を選びながらも、なんとか見せてくれる事になった。そうしてツバキは、リビングの方へ戻っていった。


「それじゃあしゅっぱーつ」

「お、おい貴様」


 部屋の出入り口。ではなく、横開きの収納スペースと思わしき扉を前に、ツバキは呟いた。

 リーゼは物置スペースを確保すべく掃除していたが、ツバキは最後までこの扉を開けることはなく、心底不思議に思ったものだ。


「こんな小さなスペースに何が詰まってるというん__だ」


 とうとう開かれた扉の先はというと、


「来たかツバキ君。ん?」

「……だれ。どこ」


 リビングに老人が一人、ティータイムを楽しんでいるではないか。おかしい。そもそも、どこにログハウスが収まる敷地があったというのか。


「こんばんはトルモさん。この子と一緒に重力室入るんですけど、この子にだけ加重力なしにできませんか」

「それは、できるんじゃがツバキ君。もう彼女作ったのか……最近の若い子は早いのぉ」

「違いますよー。訳あって一緒に暮らすことになったんです」

「ち、ちがーう!」


 ツバキの後ろでリーゼが掛け声の如く否定の言葉を投げつける。そんな彼女の目がトルモと合い、ふと我に返って萎んでしまった。


「す、すみません。私、こいつと同じクラスのリーゼっていいます。さっき言ってたように、一緒に暮らすことになりました。……よろしくお願いします」

「ワシはトルモじゃ。あの学校の生徒なら聞いたことはあるじゃろう」

「ん……? トルモ、トルモ……」


 さも当然のように聞いていたが、リーゼの眉間には皺ができていた。口角だけは上がっているが、視線が徐々にツバキの方へ逸れていき……。


「あ?! あ! 賢者トルモ様?! 本物?! 本当に生きていたんですか?!」


 ようやく思い出し、驚嘆の声が上がる。


「あれ……ワシ、あんまり有名じゃないの?」

「いえ違うんです! ただ、私が勉強苦手なもので。特に歴史……すみません!」


 歴史の偉人に、リーゼは必死に頭を下げる。


「まぁ千年も前の話じゃからの。仕方ないさ」


 トルモは特に気にするそぶりもなく、その視線をツバキに移す。頭から足まで、肉体を確認するように身体を見ていた。


「それでツバキ君。最近忙しくて鈍ってるんじゃないか。学業ももちろん大事じゃが、その、修行も忘れんようにの」

「もちろんですよトルモさん。では」


 ツバキはなあなあとした返事と共に、目先の地下へ続く階段へ歩いていく。


「おい待て! し、失礼します」


 ツバキの動きに遅れて反応し、リーゼはトルモに会釈しては、彼の背を追った。


「……はぁ。青春しちゃってぇ」


 リーゼの皮膚を、賢者の魔力がざわりと撫でた。揺らぎには、焦りに似た震えが混じっていた。

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