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異形の変身戦士

 ツバキは抉れた地形に埋まった龍の体を急いで引っ張りだすと、その顔の元で頬を軽く叩きながら声をかける。


「フェクターさん! フェクターさん! ……くうっ! やっぱりあの感覚は……死ぬ時のっ!」


 必死に叫ぶ声に、何も反応が返ってこない。

 あの一撃で、本当に倒してしまったのか。未だ信じられず、焦燥感で右腕が震えていた。

 ツバキの声が虚しく響く平原。遠くから何かが聞こえてきて、顔を上げた。


「ギェアアアア!!!」


 獣の甲高い雄叫びだった。それは徐々に大きくなっていき、接近を知らせていた。

 ここは壁の外。凶暴な獣が跋扈する大自然の中だ。

 しかしその声には、言葉にできない違和感があった。まるで怯えているような、慌てているような__ツバキにはそれを、感じ取ることができた。


「なんだこの感じ……。リーゼ!」


 頭を押さえていた顔がハッとする。

 あの場に置いてきたリーゼが危ない。急いで彼女の元へ戻った。

 その頃、彼女もまた頭を押さえていた。


「こんな感覚……初めてだ。何が起こっている?」


 脳に流れてくる不思議な感覚。

 魔獣の声に気がついた矢先、クレーターから戻ってきたツバキが、魔獣の声を遮るように自分の前に立つ。再び戦いの構えをとった。


 こちらへ迫る四足歩行の獣。虎のようだが、その見た目は禍々しいものだった。より発達した爪と白目を剥いて駆ける様。この世界の“魔獣”と呼ばれる凶暴な獣の一種だった。


「ふぅ……」


 ツバキは背後に聞こえないよう、静かに息を吐いた。

 拳を強く握り締め、もう一度その腕を振りかぶった。

 その瞬間__


 ズドンッ!!


「ギャッ?!」


 遠くから砲撃のような轟音がしたかと思えば、迫っていた魔獣は、血を吹き出しながら真横に吹き飛んで、草の上に横たわった。

 腹を貫かれたその姿は、まるで狙撃されたようであった。


「……これは」


 呆然と死体を見つめ、その視線は銃声がした方向へと静かに動いた。

 遠くにいる誰かが狙撃したのは間違いない。しかし、その誰かというのが、奇妙で仕方なかった。


「魔獣……? いや、でも」


 こちらへ迫る二足歩行の戦士。

 その足から全身にかけて、緑色の装甲が全身を覆っていた。隙間に見える黒いラインが装甲を仕切り、同じ色の複眼がこちらを見据える。いつぞやかテレビでみた変身ヒーローのスーツを思わせる造形だったが、その見た目の禍々しさや刺々しい鎧は、どちらかといえば“怪人”と呼ぶに相応しかった。

 真っ直ぐに歩いてくる異形の鎧は、二人の前で立ち止まった。


「一体これは……どうなっているんだ」


 奇妙な姿から、女性の声がした。

 予想外の声に二人が呆然とした矢先、その姿は変化を始める。

 異形の鎧は徐々に人間の姿を作り、黒いビジネススーツが現れたのである。


「あ……あなたは」


 ツバキは、怪人から出てきた女性に声を絞り出した。

 青く長いポニーテールが凛々しく揺れ、真っ直ぐな立ち姿からは、スーツと相まって紳士的な雰囲気を覚える。

 そんな彼女は、ツバキとリーゼを一目見てから、そばにできたクレーターを凝視した。


「私は、軍に所属するニコレスという。通報を受けて駆けつけたのだが……これは、まさか君たちがやったのか」


 ニコレスと名乗った困惑した目に、ツバキは誇るわけでもなく、自分の行いを正直に伝える。


「はい。俺がやりました」

「……嘘だろう。怪我は?! なぜあの龍と戦って無事なんだ?!」


 間を挟まず、ニコレスは鬼気迫った表情でツバキの両肩を掴んだ。そして、ツバキのあまりに綺麗なその姿をあれこれと見ていた。


「それは、俺があの龍より、強かったからです」

「……そんなことが」


 ニコレスは依然、言葉を呑み込めないまま震えた目で、自分と視線を合わせていた。

 そこに、ツバキの隣でリーゼが割り込んだ。


「私、見ました。コイツが龍を殴り飛ばすところ……」

「な……」


 しばらく固まったのち、息を整えてツバキから手を離した。


「……そうなのか。ともかく、君たちが無事でなによりだ。悪いがしばらく、そこで待っていてくれるか」

「は、はい」


 ツバキの返事を聞くや否や、クレーターの方を駆け降りていくニコレス。

 彼女は横たわる龍の元で屈み、目にペンライトを当てる。しばらくして、自分の耳元の機械に手を当てた。


「……守護龍の死亡を確認。ああ。回収を頼む」


 どこかとの通信を済ませ、重い足取りで戻ってくる。

 ツバキに会話の内容は届かなかったが、その緊張感あふれる表情の硬さからは、間違いなく良い状況ではないと思えた。


「…………すみません。多分俺、とんでもない事をしたんですね」

「気にすることはない。さあ、帰ろう」


 その話題から逃げるように、ニコレスはやってきた方向へ翻す。ツバキはそれを黙って見逃せなかった。


「教えてください。あの龍、守護龍なんですよね。何を守護してたんですか」

「君には関係のない話だ」


 歩く彼女の背後につきながら、問いかけるツバキ。

 口調は柔らかいが、只事ではない嫌な予感が彼の顔を緊張に染めていた。

 はぐらかすニコレスであったが、次の言葉にその歩みを止めることとなる。


「今の妙な気配の魔獣と、関係があるんですか」

「___な」


 ツバキに驚愕の表情が向いた。


「妙な気配……? なぜわかる」


 ツバキは思わず目を瞬かせる。

 自分は話しても問題のない事柄であったが、リーゼはどうか。隣で驚いている顔を一目見てから、口を開いた。


「俺は、魔力が感じ取れます。だから、生き物の魔力を通して、なんとなくわかるんです。世界中の魔獣が、そわそわしてるっていうか、落ち着きがなくなってきてるのを」

「人間が魔力感知を持っているのか……それも、そこまでの精度。嘘は通じない。というわけか……」


 ニコレスは、驚きと躊躇いに口を窄める。


「……わかった。一つ歴史の勉強をするつもりで、落ち着いて聞いてほしい」


 そして、重い口をそっと開き、静かに語り始めた。


「あの龍は、世界を安寧に導く守護龍として数千年も昔から世界に君臨していた……。あの体から発せられる特殊な魔力によって、世界中の魔獣の凶暴性は抑えられ、結果的に人類が繁栄できるだけの平和が生まれた。それが、今のところ、我々が立てている仮説だ」


 淡々と紡がれる言葉を聞くたび、ツバキの瞳孔は震えるように動いた。


「この先、魔獣がより活発的になれば、人類の活動領域は安全とは言い切れなくなる。現代の軍事力でどこまで対抗できるか」


 自分が何をしたのか。この先何が起こるのか。これから何をすべきなのか。自分の中で、握られた拳と共に意思が固められていく。


「……ありがとうございます。なら俺、戦いま__」

「君はまだ子供だ!」


 ツバキの決意にすかさずニコレスが叫んだ。


「……戦闘は、我々大人の仕事だ。君はただの学生なんだ。関わる必要はない」

「それでも、俺がやった方が」

「君にその覚悟はあるのか?」


 ニコレスの鋭く刺すような目が、わずかに震えるツバキの視線と交わった。

 それはまるで、自分の恐怖を見透かすようだった。


「君、名前は?」

「ツバキです」

「そうか……」


 ニコレスはふっと目を細めた。

 その視線の奥には、何かを測るような静かな光が宿っていた。


「ツバキ君。私と一つ手合わせを願いたい」

「…………」


 タレックに続き、本日二度目の申し出だった。

 学校に編入してからすでに、タレックや龍と戦っている。

 修行はこなしてきたが、慣れない実際の戦いがこうも立て続けに起こると、心的な負担は増すばかりだ。

 それでも、ツバキは断ることはしない。


「これで自分の力を証明できたら、認めてくれますか」

「いいだろう。守護龍を葬った力、是非見せてくれ」


 ニコレスはツバキから二歩三歩と後ろに引いて、その刹那__彼女が戦士の顔つきに変わった。

 腰に巻かれたベルトのバックル部分に手をかざすと、中心に埋め込まれた石が赤い光を放つ。

 待機中を示すような電子音のフレーズが繰り返され、彼女は右手をしなやかに顔の前構える。

 静かな立ち姿からは想像がつかないほど、拳を強く握り締めた。


「“変身”」


 堂々とした詠唱と同時に、ニコレスはベルトのバックルの両端に取り付けられたレバーの右側を握り、その中心へと押し込んだ。

 連動してもう片方のレバーも押し込まれ、中央の石が四十五度回転する。その動作に呼応するように、ベルトは機械的な駆動を始め、ソニックウェーブが唸りを上げる。

 バックル中央の石からは、脈のような赤い軌跡が全身へ這い回っていく。

 軌跡が伸びたところから体は変化を始め、人間の体を異形へと変えていった。

 軌跡が全身を這い終わると、全てが静止した。

 一瞬の沈黙。

 そして__赤く発光した複眼が、変身の完了を告げた。


「魔獣へ対抗すべく軍で開発された変身機構……。“セルディー”と名付けられている」


 最初に見せた緑の姿とは違い、それよりも厚く纏われたのは赤い鎧。腰を落とし、臨戦体勢の構えをとった。

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