〇.終点─四五七一二六三六〇一六八六
二〇二二年二月二十三日 水曜日 午後四時二十三分
校舎前の広場では、制服を着た生徒とその親や、先生たちが集まり、年に一度きりの賑わいを見せていた。
今日を境に、繋がりは残れど、それぞれが別の道をいく
そんな日だからこそ、誰しもが、喋り、笑い、時には泣く。
誰しもが無意識に秘めた希望を、胸に宿しながら。
しかし、一人だけ。一人だけは、すでに校舎を抜けていた。
「……もう少し、着込んでくるんだったな。寒い……」
建造物の隙間を縫って、空っ風が白いツインテールをさらう。そのたびに、冷たさがむき出しの首筋に刺さるようだった。
そのくせ、心の中は不思議なほど、空っぽに思えた。
少女はおもむろに、両手に白い息を吐いた。
比較的背の低いビルや店が、彼女の横を通って過ぎ去っていくだけの時間。帰路に着くという行為に、何も感じなかった。
「ママは?!」
ふと隣から聞こえた音に、飛びつくように視線が行った。
「ママはお家に帰ったらね」
「やだ! ママがいい!」
「もうちょっとだって。我慢できるか?」
駄々をこねる子供と、その父親。
そんなよくあるやり取りに、少女は思わず足を止めてしまっていた。
「……我慢、だね」
彼女の目が、潤いはじめたその時、強い光が差し__
ドゴオオオオ___!!!!
「……え?」
突如、爆発のような轟音が、激しく鼓膜を揺らした。
何が起きたのか分からず、呆然と立ち尽くす人々。
音がした方角から、もくもくと立ち昇るキノコ雲に、目を奪われていた。
「何が、起こった……」
あまりに突然の出来事に、どうすれば良いのかが分からない。
そんな中で少女の耳は、低いエネルギーの塊のような轟音をキャッチしていた。
危険を煽るその音と共に、人々の悲鳴が、何かが割れるような音が、猛スピードで接近していた。
「まじか……まじかまじか」
「逃げろ! 衝撃波だ!」
事を理解できてしまった者が、一目散に逃げていく。
それに続いて次々と群衆がその音から逃れようと走るも__
「きゃああああ!」
時すでに遅し、全てを巻き込んで人々は宙に散った。
そして土煙が、津波の如く勢いで全てを飲み込んでいった。
「ううっ……」
煙が晴れた更地には、白く輝く球体が残されていた。
それが徐々に光の粒子となって散っていくと、その中からは、少女が身構えて屈んでいた。
目を閉じ、両手で顔を覆っている。
突然の静寂に、その手をゆっくりと解き、目を開ける。
「……ぁあ」
吐息すらも、音を立てず消えていく。
遠くにあったはずの街も、人も、全てがなかった。
耳が壊れたのかと思うほどに音がない。もう、自分の心臓の音しか聞こえなかった。
目の前には、ただの“白”が広がっていた。
「なんで……なんでなんだ」
その虚無すら、ほんのりと光を帯びていた。細かな粒子となり、宙に舞い散っていく様は、まるで世界の終わりのようであった。
そして、遠くから見える。白い人影。
目を細めてじっと見つめると、その影はこちらに向かって歩いてきた。
それは、すぐ目の前で立ち止まった。屈み込み、じっとこちらを見つめてくる。
「……誰だ。お前は」
声にならない叫びを飲み込んで、それでも、なんとか言葉を絞り出した。
こんな状況なのに、この男はあまりにも冷静で、そして凛々しかった。
「……俺は、ツバキ」
「__これは……お前が、やったのか」
ツバキと、そう名乗った男は静かに頷いた。
「な……」
建造物が消え去り、青空が広がり続けるこの世界。そんな中に取り残された自分と、もう1人。訳がわからず、呆然とするだけであった。
「俺が、壊したの。いらなくなっちゃったから」
興味もなさそうに、自分を指差し、あっさりと、そんなことを言って見せた。
「ぁ……何を言っている! みんないなくなったんだぞ! お前の都合なんざ知る__」
思うがままに怒号をあげていたが、直後、目を塞ぐように頭を掴まれた。
「はな、離せ……」
ツバキに拳を精一杯叩きつけてもがくが、びくともしない。だんだん、こちらの手が痛くなっていた。
「少しだけ眠ってて。……君の事、いつか教えてほしいな。それじゃあ」
力任せに振るっていた拳から、徐々に力が抜けていく。暗闇に放り込まれたまま、意識と共に全ての感覚が抜け落ちた。
そして、次に目覚めたのは
「……はっ?!」
静寂に小鳥の囀りが響く、薄暗い部屋。
「い……え?」
馴染みのあるベッドの上。
夢のような先の出来事が、はっきりとフラッシュバックした。
隣に置かれたスマホを恐る恐る手に取り、そっと時間を見た。
「え……?」
画面が示した時間に、思わず目を疑った。
二〇二一年四月九日 月曜日 午前六時二十六分
スマホを握る手が震えたまま、カレンダーアプリを開き、通知を確認し、写真フォルダを覗く。
全てが、あの“終末”よりも過去のままだった。
「夢じゃない……。時間が、戻った……? この日は、確か」
目を凝らして必死に記憶を掘り起こす。
そして、飛び出すように手提げ鞄のチャックを開ける。中に手を突っ込み、ファイルの書類を見た。
「三年の始業式……」
日程に書かれたその文字を見て、確信した。
「時間が、戻った……?!」
あの時、確かに世界は消え去った。そして時間が巻き戻り、あろうことか学校の始業式の朝に目覚めた。
「奴を止めろ……ということなのか?」
世界を壊したと、そう言ったあの男。ツバキを探し出すことが使命のように思えた。
「あんな意味のわからないことを言いやがって……。許せるわけが、ないじゃないか」
なんとしてでも、阻止してやる。
ちっぽけな少女は一人、“世界崩壊の阻止”という、大きな使命を抱えることとなった。が__
「しかし、一体どうすればいい。奴を見つけて、……こ、殺せば、良いのか?」
アテがない。
具体的にどうすれば良いのかわからず、部屋をほっつき歩きながら、ぶつぶつと独り言を呟くばかり。
「はぁ……とりあえず」
頭で考えるより前に、体が動き出す。
制服に着替え、朝ごはんを食べて、荷物を確認する。
染みついた日々のルーティーンにすがるように、ただ、体が動いていく。
「……学校行くかぁ」
迷っていても埒が開かない。とりあえず、今日はこの日程通り、カレストロ魔法学校に、いつも通り通学するのだった。