50. 魔鳥
アスタロートの気持ちの整理が付いたのは、数時間森の中を歩いた頃だった。
西国の町に着いて彼らが残虐非道な行いをすれば、西国側に付き、想像は付かないが納得のいく人道的な人狩りであればこのまま彼らの側について戦うというものだ。
十中八九敵対することになりそうだが、そのときはリザリンのことをボコボコにしてやる。
私のことをバカ呼ばわりした恨みは忘れない。
森の中は魔物がいるとのことだったが、今のところ襲ってくる魔物はいない。
私のオーラを警戒して何も近づいてこないのだろう。
森の中は、湿気ており地面は苔の絨毯で覆われている。
木々の間は幅が広く荷台を担いでいても歩きやすい。
食事は自分たちで確保しろと言っていたが下から見上げると意外にも食べられそうな木の実が実っている木が見当たらない。
何人かはもう大きな尻尾のリスやイノシシや大きなネズミなど捕らえている。
荷台を担いでいる魔人達も獲物を見つけては時たま列から離れて獲物を狩りに行っている。
この分だと私や警護しているが全員の分を集めなくても各々好きな獲物を捕らえるだろう。
ただ、問題は自分の分だ。
彼らのことだからどうせ血抜きもせず皮を剥いだら肉をそのまま食べるのだろう。
部位に分けられていない動物など渡されても森の中で料理できない。
一度火を起こして仕留めた動物を焼こうと思ったが火を起こせずに断念したのだ。
森の中の枝は基本的に湿気ており知り得る原始的な方法で火を起こそうとしても発火しない。
アスタロートの魔法では食べ物を冷やすことで長期保存することは可能だが、料理できない。
映画だったら小道具が渡されて着火しやすいようになっているんだがなぁ。
火を起こせない以上なんとかして、食べられそうな木の実を探さなければいけない。
上を見上げて木の実を探しながら歩いているとゼッキョウバードと同じくらいの大きな鳥が空を飛んでいる。
羽根は茶色で頭部は薄ピンク色に見える。
木の幹を縫うように辺りを飛んでいる。
肉食の鳥でなければ、あの鳥を観察していれば木の実にありつけるかも知れない。
鳥を観察しながら歩いていると、一羽また一羽と増えてきた。
鳥の起動は進行方向と同じで荷馬車の上を飛んでいる。
しまった。
荷馬車の上には、各自が捕らえた獲物がのせられている。
ソーークレンチョーーー。
鳥は、もはや獲物をくれと言っているようにしか聞こえない鳴き声を上げて一羽が急降下してきた。
奴らはその獲物を狙っているんだ。
野生動物は、オーラを感じ取って勝てない相手には挑まないと言っていたが、こいつは襲いかかってきた。
ただの鳥が私に勝てるとは思えないが、何羽も集まったから勝てると思い込んだのだろうか?
それとも、この鳥はものすごく強いのだろうか?
相手の情報を知らないが確実に荷台の獲物を狙っている起動にアスタロートは油断なく飛び上がり斧を振るう。
ザシュ。
これといった抵抗もなく、鳥を両断し荷馬車の横に着地するアスタロート。
それを見ていた護衛の魔人達は声を上げる。
「ソレクレンチョウだ。荷馬車を一カ所に集めろ。次々来るぞ。」
「獲物を奪われるな。」
その声を皮切りに荷馬車は一カ所に集まり始め指示を出したリザリンと黒い全身タイツを着たような悪魔が荷台の上に登る。
「ソレクレンチョウって、鳴き声通りの名前だな。」
アスタロートは鳥がそれほど脅威ではないことを理解して、隣にいた昆虫系の魔人に話しかける。
「はっはい。ご存じの通り。ソレクレンチョウはソーークレンチョーーーという鳴き声が由来です。鳥の中でも極端に脳みそが小さく、その容量は10gしかありません。その脳みその小ささからオーラを感じても何も考えず今のように突っ込んでくる。森のバカ鳥です。」
「10gって少なっ!」
「そうなんです。脳みその小ささから思考能力は皆無で、他の生き物が刈った獲物を横取りするか食べ残しを食べています。今のように食料を運んでいると良く集まってきます。他にも光っているものを集めていたりする習性がありますね。」
「へぇ~。詳しいんだな。」
「はっはい。そういう種族ですから・・・。」
昆虫系の魔人と話していると、ソレクレンチョウが2羽急降下してきた。
ソーークレンッチョーーーー
荷台の上に登っていたリザリンと黒い悪魔の魔人が対応しようと構えている。
彼らでも十分対応可能だろうが、私も護衛部隊の人間だ。
形だけでも参戦しておこう。
氷柱を2つ生成して、左右に1本ずつ持ち同時に投げる。
フンッ。
鞭のようにしなやかな腕から投げ出された氷柱は、2本とも逃げる隙も与えないスピードで飛んでいき鳥の体を貫いていった。
「おぉ。」
思っていたより速く投げられたな。
体を貫かれたソレクレンチョウは力なく地面へと叩きつけられる。
周りから、歓声の声が上がる。
アスタロートは、与えられた体を使っているだけなので飛んでいる鳥を投擲で撃ち落とすことの技術の高さを知らないが、称賛されることは素直に嬉しい。
「おい。今の投擲見たかよ。ビュンって飛んでいったぞ。」
「あぁ。見た見た。ビュンっていってドシュってなったな。」
「アスタロートさんがいれば、ソレクレンチョウに食べ物を取られる心配はないな。」
誰かが、そう言い放つと空を飛んでいたソレクレンチョウが一斉に襲いかかってきた。
ソーークレンンッチョーーーー
大きな嘴を開けながら真っ直ぐに突っ込んでくる鳥に知性は全く感じられない。
先ほど、食べ物を取られる心配はないと言わしめた手前、早速取られたくはない。
自分のファンの期待には応えたいものだ。
この数を斧だけで相手にすると数匹取り逃がしてしまいそうだ。
かといって、範囲攻撃をするわけにはいかない。
力任せに大技を打つと荷台ごと吹き飛ばしてしまう。
だが、アスタロートには1つ実践で試したことはないが考えていた技がある。
ポメラニスが使っていた技だ。
ポメラニスは剣に水を纏わせ攻撃範囲を広げていた。
それを参考にアスタロートも自信の斧に冷気を強く纏わせ相手を凍てつかせるという技だ。
腕に力を入れる。
魔法を発動するとき少し力む癖が付いている。
纏っているオーラの一部を冷気の魔法へと変換していき、周りの温度が急激に下がっていく。
魔法はイメージだと良く異世界もので言っていたがそれは正しかった。
空から向かってくるソレクレンチョウにめがけて斧を振るう。
「ハァァァァ おらぁぁぁ。」
ソレクレンチョウとの距離があるため斧は空振りに終わるが、アスタロートの名前のない技は、冷気を纏った風が三日月状の斬撃となりソレクレンチョウを巻き込みながら周囲も凍てつかせていく。
空砲に巻き込まれたソレクレンチョウは動くことなくパタパタと地面に落ちてくる。
「うぉぉぉ。あの数を1人でやっちまいやがった。」
「フルーレティー様の側近ってのはだてじゃぁないみたいだな。」
「アスタロート様がいれば、今回の人狩りは成功も同然だな。」
辺りの魔神達は、アスタロートの技を目の当たりにして声を荒げ白い息を吐きながら称える。
そんな中、リザリンだけが気まずそうに頭を掻いて不安そうにつぶやいた。
「こいつと戦うのかも知れないのかよ・・・。」




