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219. モコモッコ羊の肉を調達せよ

バーン。


アスタロートが教会の大きな扉を力強く開け放つと先程まで聞こえていた信者たちの祈りの声が聞こえなくなった。


メェ~~ンというモコモッコ羊の鳴き声に似せた祈りの言葉は、アスタロートから見るとふざけているとしか思えない。


正直、一時だけだとしても祈りの声が途絶えたことに少しすっきりしている自分がいる。


信者たちは、大きな音を立てて祈りを妨げた人物へと視線を向けるが、現れた人物の特徴を見て会場がざわめき立つ。


それもそのはず。


信者たちの前には、モコモッコ羊の亜人の変装をして、更にその上からアスタロートの変装を施したアスタロートがいるのだ。


つまり、アスタロートがアスタロートの変装をしているのである。


どうして、こうなったのか・・・。


いや、理由は簡単でツチノッコンに貰った変装道具がもうないためモコモッコ羊の亜人の変装を解くわけにはいかなかったのだ。


モコモッコ羊の亜人の変装を解いてしまうとしばらくモコモッコ羊の亜人になれず、勇者の仲間として旅を共にすることもできなくなる。


そのため仕方なく、そう仕方なくアスタロートの変装をすることになったのだ。


今回の変装は、即席で作ったにしてはかなり良く仕上がっている。


ソレクレンチョウに変装した時のように簡単にばれることはないだろう。


変装にはカラスの羽を使用しており、自前の翼の上に付けているモコモッコ羊の毛の更に上に植毛するように1本1本丁寧に移植して、モコモッコ羊の毛を冷気で凍らせることでカラスの羽を固定している。


羽の調達に、数十羽のカラスが禿鳥になってしまったが、何事には犠牲は付きものだ。


犠牲になったカラスたちにはメェ~~ンと祈りを捧げたから大丈夫だろう。


そして、アスタロートの変装をしたアスタロートが、モコモッコ羊教が定める邪神の役を演じながら教会へ入っていった。


全ては、この教会のせいで凍結しているモコモッコ羊の肉の流通を再開させるためで、決してクッキーが食べたいとか、レロンチョの勢いに折れたからではない。


町に肉の流通させるためには、喜んで悪役も演じようではないか。


まぁ、演じるも何もアスタロートは俺自身でもあるのだが・・・。


アスタロートは素の自分で話しかける訳にはいかない。


それは、普段のアスタロートではなく、モコモッコ羊教の人が信じる邪神アスタロートである必要があるからだ。


教会の入り口から一歩、また一歩と時間をかけてゆっくりと歩みを進める。


祈りを捧げていた人たちは、経典に乗っている邪神の一挙手一投足まで見逃さないように見ている。


静まり返った教会で響く音はアスタロートが歩く足音のみで、5歩進んでその場で止まる。


今の私は、ただのアスタロートではない。


町の人々が恐れおののくアスタロートなのだ。


演者としてのスイッチが入ったアスタロートを止める者は誰もいない。


信者たちは息をするのも忘れてじっとアスタロートのことを見ている。


「フハハハハ。皆私の正体について、気になっているようだな。」


アスタロートが、いつもより声色を少し低くして中世的な声を響かせる。


「だが、もう、察しは付いているのだろう?」


信者たちは金縛りにあったかのように、服が擦れるとさえ出さずに、じっと次の言葉を待っている。


バサッ。


アスタロートは、黒いカラスの翼を見せつけるように広げて話す。


「そう。私の名はアスタロート。君たちが邪神と恐れる存在だ。」


アスタロートの自己紹介を聞いた信者たちは口々に騒ぎはじめる。


「メェ~~ン。メェ~~ン。」

「ひやぁぁぁ。俺たちがモコモッコ羊へしてきた非道の数々の報いを受ける日が来たんだぁぁぁぁ。」

「もうお腹一杯だからって、わざとモコモッコ羊のお肉を床に落としたりしませんからどうかお許しを!」


信者たちの反応は人それぞれで、ただひたすらにうずくまって祈りを捧げる者や嘆く者、過去の行いを懺悔する者がいるが、皆一貫してアスタロートに対して恐れの感情を持っていた。


予想通りの反応にアスタロートはにやりと笑みを浮かべる。


まずは、第一関門突破だな。


アスタロートが越えるべき関門はすべてで3つある。


1つ目は、自身がモコモッコ羊教の定める邪神アスタロートであることを信じさせること。

2つ目は、モコモッコ羊の恨みを晴らすべく人々に罰を与えに来たのではなく、逆にモコモッコ羊への丁寧な対応に感謝して信者達を安心させて取り入ること。

3つ目は、以前のようにモコモッコ羊の肉を食べて良いと伝えること。


この作戦はレロンチョが考えたもので、レロンチョ曰く作戦の要は2つ目だ。


高圧的に話しかけて強引に肉の流通を再開させようとすると、アスタロートに恐れを抱いた信者たちはさらにモコモッコ羊への待遇を良くする可能性があるためだ。


したがって、アスタロートとレロンチョの作戦はその逆であり、信者たちの行いを褒めて過去の罪は許されたことを伝えるとともに、肉を食べることを許可することだ。


罪が許された人々はモコモッコ羊の肉の流通を再開し、そして俺はあのクッキーじゃなくて、人日の食生活を取り戻すことが出来るという算段だ。


アスタロートは、レロンチョとの作戦が順調に進んでいることに余裕の笑みを浮かべながら、先ほどと同様の声色で話しかける。


「ふむふむふむ。どうやら君たちは私のことを少し誤解しているようだな。」


「メェ~~ン。メェ~~ン。」

「きっと俺たちがモコモッコ羊にしてきたように、俺たちは邪神に皮をはがれ、肉を焼かれて、そして最後には完食されずに地面に捨てられるんだぁ。」

「お願いだ。俺は、きちんと完食してきた。だから、せめて俺のことは完食してくれ!」

「私もよ。私もモコモッコ羊のお肉を残したことはないわ。」

「俺もだ!」

「私も!」

「メェ~~ン。」


アスタロートの声が響いた先ほどと状況が変わって、信者たちが口々に懺悔をする状態ではアスタロートの声は届かない。


どうやら信者たちは、自身がモコモッコ羊にしてきた仕打ちと同じ内容を俺にされると思っているらしい。


一体、信者たちにどう思われているのか。


俺が、人を食べるはずがないだろうが・・・。


まぁ、落ち着こう。


声さえ届けば信者たちの心を掴んで皆を誘導できるはずだ。


騒がしい声に対抗するために、アスタロートは大きく息を吸い込む。


「君たちはーー。」


「いやぁぁぁ。私の可愛い坊やはモコモッコ羊の肉を残したがばっかりに、アスタロートに肉を剥がされ、焼かれても完食されずに残されるっていうの!!!そんなぁ~~。私の坊ちゃんは絶対においしいわ。なのに、なのに残すなんて・・・。」


「やかましぃわ!自分の息子を完食してほしいと願う親がどこにいる。せめて息子のために命乞いしろ。バカ!」


「キャァァァ。邪神様が怒った!!」

「俺たちは、ここで食べられるんだ。」

「メェ~~ン。メェ~~ン。」


「やかましいわ!静かにしろ!俺が、人を食うはずないだろうが!俺のことをなんだと思っているんだよ!」


アスタロートは人々が思うアスタロートを演じていたことも忘れて、ただただ地声で叫んでいた。







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