218. モコモッコ羊の肉を調達せよ
「くそっ、くそっ、くそっ!!!」
モコモッコ羊の群れに踏まれ体中に羊の蹄の後がついているレロンチョが、そこらに置かれているボミ袋を蹴飛ばして八つ当たりをしている。
透明化してやっとの思いでモコモッコ羊の包囲網から脱出して、今は町はずれの路地裏に来ていた。
一本奥の大通りからは、大道芸を見た観客の歓声や音楽隊の演奏が聞こえてくる。
「レロンチョ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃねぇーよ。体中痛いわボケ!」
唾を飛ばしながら叫び、悪態と共に大きく足を振り下げ力いっぱいゴミ袋を蹴る。
ゴッ!!
「アイタッ。」
最後に蹴飛ばしたごみ袋は、鈍い音をたててほとんど動かない。
他に蹴飛ばしたごみ袋は、レロンチョの蹴りで宙を舞い中身を散乱させていたが、今蹴飛ばしたごみ袋には随分重い物が入っていたのだろう。
キックの衝撃がすべて自身の足へ跳ね返ってきたレロンチョはたまらず、足を抱えて転げまわる。
「っくそ。クソが。足がイテェ。許さねぇ。絶対に許さねぇぞ!」
足が痛いのは自分の自業自得だと思うアスタロートだが、発言を飲み込む。
涙を浮かべながら今度は地面を力いっぱい叩きながら悪態をつき暴れ始める。
路地裏の通りの少し離れたところいた酔っぱらいのドワーフたちは、レロンチョが暴れているのを見て、どこかへ去っていった。
こういう人間は、落ち着くまで少し放置するしかない。
モコモッコ羊の群れにいいようにやられたのがよほどっショックだったのか、ごみ袋に重いゴミが入っていたことに腹を立てているのか。
まぁ、おそらく両方だろうが、周囲の目を気にしないで自身の気がすむまで暴れていたレロンチョはやがて静かにうずくまって透明化した。
「災難だったな。」
「うるせぇ。お前、なんであの時あの牧夫を止めなかったんだよ。裏切り者が!俺がモコモッコ羊に踏みつけられている時、笑っていたのを知っているぞ!!!」
姿は見えないが先ほどまでそこにいたレロンチョに向かって話しかけるたとたん、レロンチョは実体化して大声で抗議してくる。
「いや、笑っていない。少しにやけていただけだ。」
「同じだバカ!」
「ごめんよ。レロンチョ。にやけたのだってほんの少しだけさ。モコモッコ羊に翻弄されているお前がおかしくて少しだけ、ほんの少しだけにやけてしまったんだよ。」
「クソがぁー。お前は襲われなかったからいいよな。あのモコモッコ羊達絶対に許さねぇ。生肉にしてくれるわ!」
アスタロートに重ねて無様なところを見せてしまった。
オスとして情けない。
クソックソッ。
この借りはすべてモコモッコ羊に返させてもらう。
レロンチョが何やら怖い顔で思案し始めたのを見て、アスタロートが話し始める。
なんとなく、このままレロンチョに考え事をさせたらまずい気がしたアスタロートは、その思考を遮るように話し始める。
「はぁ。すまんな。お詫びと言ってはなんだが、もうモコモッコ羊の肉の入手は諦めよう。あのクッキーを食べられないのは残念だが、肉を売ってくれないのであればだめだ。」
「ハァ?!お前諦めるのかよ!」
「あぁ。あの匂いを嗅いでから時間がたったからな。少し落ち着いたよ。今ならもう諦めはつく。付き合わせて悪かったな。」
将軍バッタの匂いを嗅ぐと、生理的に食べたくなるようで、食の衝動を抑えることは困難だが、しばらく匂いを嗅がなかったら落ち着きを取り戻してきた。
今なら将軍バッタパウダーとママの味のバタークッキーも諦めがつきそうだ。
レロンチョもこんな嫌な目にあったらもう肉の入手なんて手伝いたくないだろう。
もっとも、一番の理由はレロンチョがよからぬことを考えていそうだからだが・・・。
「お前、もしかしてこの俺にこのまま引き下がれって言うんじゃねぇだろうな!お前が諦めるってんなら、今度は俺に付き合ってもらうぞ。モコモッコ羊の肉をなんとしても入手するぞ。そして、あの憎き羊たちを精肉所へ連れて行くのだ。」
「おいおい。レロンチョ。お前乗り気じゃなかったよな。どうしたんだよ。」
「この俺がやられっぱなしで引き下がるわけ無いだろ。俺を踏みつけたモコモッコは一匹残らず精肉所へ出荷させてやる。」
しぶしぶ着いて来ていたレロンチョはもうどこにもいない。
いつの間にかレロンチョはアスタロートよりもやる気を出している。
あの牧場にいたモコモッコ羊をすべて肉にしたら一体何人前になるのか想像もつかない。
「いや、必要な肉は教祖のオッサンの夕食分だけでいいんだぞ。」
「シープート。俺はいいアイディアを思いついた。」
「なんだか、すごく嫌な予感がするんだけど・・・。」
「ふふふ。今まで、散々俺が手伝っていたんだ。嫌とは言わせないぞ。」
レロンチョの言う通り今までレロンチョには色々と世話になっているから礼はしたいと思ってはいたのだが、まさかこんなくだらないことを手伝わされるとは思いもしなかった。
「いいか。元はと言えば、全部モコモッコ羊の肉が流通していないことが原因だ。」
「おう。だからみんなモコモッコ羊の肉を食べられないんだろ。」
「そして、その元凶は、アスタロート、お前の出現が原因そうだな。」
「おっ。おい。その名で呼ぶなよ。誰かに聞こえたらどうするんだよ。」
アスタロートがキョロキョロと周囲を見渡すが、いろいろと覚悟が決まっているレロンチョは全く動じていない。
「慌てるな。周囲に誰もいない。」
確かに、レロンチョが暴れていたこともあり、周囲にいた人はどこかへ移動しており誰もいない。
「で、どうするんだよ。」
「シープート。お前が、アスタロートとして、この町のモコモッコ羊協会に降臨しろ。」
「はっ!?」
「そして、ひと暴れしたのち、新鮮なモコモッコ羊の肉を所望するんだ。そうすれば、モコモッコ羊教の奴らはこぞってモコモッコ羊を精肉所へ出荷するだろう。ファッファッファッファッファ。モコモッコ羊め。この俺様を踏みつけた罪は重いぞ。」
「えっ。嫌なんだけど。」
やっぱりこいつとんでもねぇこと考えていたな。
「嫌じゃなぁぁぁい!やるんだよ!!」
かつてない剣幕でアスタロートの胸倉をつかんで主張してくるレロンチョの瞳孔は完全に開ききっていた。




