206. ドワーフの町
「ここが、ドワーフの町。」
灰の大地の終わりには、砦のような石積みの城壁が横一面に広がっていた。
灰の大地に面している唯一の門の門番にギルドカードを見せると簡単に中に入れてくれた。
「おい。今のカード見たか?」
「あぁ。めっちゃきれいな絵だったな。」
「あれは、イラストレーターのマッスルツヨシの絵だな。」
「まじか!冒険王カード以外で初めて見たぜ!」
「俺の証明写カードも描きなおしてほしいなぁ。」
「お前の身分証の写真じゃ本人か分からねぇもんな。」
「それが理由で俺の任務は町内のみに限定されているんだぜ。」
門番たちの会話を背に町の中に入っていく。
俺のカードを作ってくれたおかまのイラストレーターは結構有名らしい。
本人も有名だと言っていたが、正直信じていなかった。
すまんな、マッスルツヨシ。
ドワーフの町は今まで入ったどの町よりも発展した町が広がっていた。
今まで見てきた町で一番前世に似ている。
石を敷きならべた道路は平らで歩きやすく、所々に光る鉱石が埋め込まれている。
道の端には一列に側溝が配置されており、円弧を描くように緩やかに曲がっている。
円弧を描く中心は、窪地の大地の端の山脈のふもとにありそこに大きなお城がある。
ドワーフの町って、もっと隠れ里みたいな自然に溶け込んで細々と生活しているイメージがあったけど、この世界ではそうではないらしい。
灰の大地へ続く町の入り口が町の正規の入り口なはずがない。
こんな町はずれの入り口までしっかりとインフラ設備が整っていることから、この町はかなり発展していることが読み取れる。
「おっと、そうだ。お前はこれを被っておけ。」
前を歩いていたイーバルが振り返り、俺の頭に来ていた外装を被せる。
どういうことだろうか?
俺の見た目は、モコモッコ羊そのもののはずだが、何かまずいのだろうか?
いや、もしかして服を着ていないからダメなのか?
翼の下に服は着こんでいるから裸じゃないけど、毛で体を覆っていると服を着ていないように見えなくもない。
だが、それならレロンチョも同じだ。
なぜ、俺だけ?
頭から被せられた外装をきちんと着てフードを外すと、イーバルにフードを被せられる。
「ちょ、なんだよ。」
「いいからちゃんとフードで角と毛を隠しておけ。」
「なんでだよ。理由を説明してくれないと分からないだろ。」
「いいか。今このあたりの地域ではモコモッコ羊を保護する動きが活発化している。そんなところにお前みたいなモコモッコ羊の亜人が現れたんじゃ、面倒ごとになりかねない。悪いことは言わないからこの町にいる間はこの外装で姿を隠しておけ、いいな。」
「はぁ。大事にしてくれるんなら、別に良いんじゃないか?」
イーバルが周囲に聞こえないようにコソコソと教えてくれる。
「この町の隣町にはモコモッコ羊教の総本山があるんだ。最近、南の方でアスタロートっていう亜人が暴れただろ。なんでもそいつの容姿が、モコモッコ羊教が教える邪神の使いの特徴と一致するらしい。」
はい。事の発端はどうやら俺のようでした。
勇者と出会ったイメジッコ町でも同じような騒ぎが起こっていたな。
「確か、モコモッコ羊の肉の流通が極端に減っているとか。その話と関係するのか?」
「あぁ、そうだ。あいつらモコモッコ羊に自由と懺悔をと言って、町中のモコモッコ羊の解放運動をしているんだ。今じゃ。モコモッコ羊の肉を食べていたら処刑ものだ。」
「マジかよ。なんで、アスタロートって亜人が暴れたらモコモッコ羊教の運動が盛んになるんだよ。俺の勝手なイメージだけど、モコモッコ羊教なんて名前からしてマイナーな宗教だろ。ここまで、町に影響を与えるような宗教だとは思えない。」
「いいか。よく聞けよ。モコモッコ羊教がマイナーな宗教だったのはついこの間までだ。今やこの町の過半数は信者だ。」
「まじ?名前からしてまともな宗教には思えないんだが・・・。」
「あぁ。その通りだ。もともとは、モコモッコ羊至上主義者の集まりだったんだがな。いつの間にか小さな宗教になったんだ。その経典にはこう書かれている。モコモッコ羊に非道な行いを行っている人類に邪神の使いが裁きを下すだろうと。」
そこまで、話されて察しが付く。
「もしかして、そのアスタロートが暴れたことが裁きだって?」
「あぁ。そうなんだ。」
「アスタロートが邪神の使いなわけないだろう。ただの亜人だろ。」
そして、今目の前にいる奴がそうだ。
「それが、そうでもないんだ。」
「なんでだ?」
「アスタロートがビビンチョ町を攻めたとき。優勢だったのにも関わらず退却したんだ。」
「はぁ。」
それもそうだろう。
ビビンチョ町に、攻めた覚えはない。
ただ、西国民になりたくていっただけで、勝手に向こうの騎士団が仕掛けてきたんだ。
俺は、仕方なく相手をしただけで、全く戦うつもりはなかったんだ。
「どうにも、町の騎士団たちの中にモコモッコ羊教の信者がいたようでな。モコモッコ羊の毛で作ったアクセサリーを見せつけたら逃げ帰ったらしい。」
「ん?」
なにそれ、知らないんですけど?
アスタロートの頭にクエッションが浮かぶ。
あの時、バクマンとポメラニスという騎士団を追い詰めた後に町の騎士団たちが集まってきたのは覚えているが、そんな奴がいたことなんて覚えていない。
っていうか、大勢の中からモコモッコ羊の毛で作ったアクセサリーを見せつけてきた奴なんて見つけられるはずないだろう。
どうやら、俺は、モコモッコ羊の信者がいたから町を攻めるのをやめて帰ったことになっているらしい。
なぜだ?
なぜそうなっている?
「シーちゃん。なんで、そんな恰好をしているのよ。暑いでしょ。」
今までの会話を聞いていなかったシキがふらりとやってきて、アスタロートのフードを捲ったその時、町の片隅で悲鳴のような叫び声が上がった。
「あーーーー!モコモッコ羊の亜人様だ!!!」
「なに!今までの行いを懺悔しろ!」
「いや。保護が先だ!」
アスタロートの姿をちらりと見た町人が叫ぶと、町の人たちがアスタロートの方へ向かって押しかけてくる。
「くそ。こっちだ。逃げるぞ!」
イーバルは、すぐにアスタロートの手を引き走り出す。
後ろを追いかけてくる信者たちは懺悔しながら追いかけてくる。
何この町、怖いんですけど。




