191. 飢え
「飯、めしぃ~。」
翌日、今日も西国を目指して歩く勇者一行。
昨日は、アスタロートとレロンチョがペース良く歩いていたが、今日からは打って変わって最後尾をダラダラとゾンビのように歩く。
先頭を歩くのはシキとガイモンで、後ろの様子を確認しながらもペース良く歩いていく。
「なぁ。お前もそろそろ諦めたて食べたらどうだ?」
レロンチョがアスタロートの傍らで食事を勧める。
「この裏切り者め。俺は食べねぇぞ。」
「結構おいしいぞ。この干し肉。」
朝、あまりにも腹をすかしたレロンチョはガイモンが差し出した干し肉を腕ごと食らいついて丸のみにしたのだ。
その味が忘れられないのか、時折胃袋から干し肉を吐き出して、それをまた丸のみにして干し肉を堪能しており、今も胃袋から干し肉を出してアスタロートに見せつける。
そんな奇行を見てアスタロートは、ますます干し肉を食べたくなくなっていた。
「ガイモン。そろそろまずいんじゃない?シープートさん、ほとんど話さなくなったわよ。」
「だな。レロンチョの方が食べないかと思っていたが、意外だな。やはり、草食系亜人のシープートさんは肉を食べられないのか。昆虫はお菓子感覚で食べるんだがな。やはり、生臭いのが駄目なのだろうか?」
「生臭いのが駄目なのだろうか?キリ!じゃないわよ。どうするのよ。このままじゃまずいわよ。水分は取っているけど、この炎天下で栄養を取らないのはまずいわ。干し肉を食べてくれればいいんだけど・・・。」
シキはいつでもアスタロートに干し肉を与えられるように、1つだけ干し肉を腰からぶら下げて持っている。
「そうだといいけど。でも、食べないんだからしょうがないだろ。お前も、シープートさんが食べられそうなもの探せよ。」
ガイモンとシキは腹が減れば干し肉を食べるだろうと高を括っていたが、アスタロートの決意が予想以上に固く少し焦り始めていた。
昨日、レロンチョとアスタロートが必死に食料を探していたが、今日はガイモンとシキが探していた。
ホムラとライザーは歩けるがまだ激しい運動はできないため、自分たちのペースでゆっくり歩いてきてもらっている。
さらに、その後ろを歩くアスタロートとレロンチョ。
開いた距離をどうしたものかと後ろを見つめていると、アスタロートが脇へ外れて走り出す。
アスタロートがなぜ走り出しかのかは、一番近くにいたレロンチョが真っ先に気づいた。
「こらバカ待て!あれは喰っちゃだめだ。」
レロンチョの叫び声が聞こえとともに、どこかへ一直線へと走り出すシープート。
ガイモンが目を細めてアスタロートの行き先を見るもほとんど何も見えない。
「何かあるか?」
こういう時は、元トレジャーハンターのシキの五感が役に立つ。
勇者パーティーの中では一番五感が優れている。
「まずいわ。砂漠の試練樹よ。」
はぁはぁ。
腹が減った。
地平線の先まで見つめるも食べられそうなものは無い。
今日も何度もシキがカタツムリの干し肉を食べるように勧めてくるが、絶対食べない。
何度も見せつけるように、胃袋の中から干し肉を出し、俺に見せつけるようにして食べているが、俺がうらやましがると思っているのだろうか?
レロンチョの得意げな表情からそう思っているのだろうが、それは大きな勘違いだ。
むしろ、食べたものを吐き出してそのままもう一度食べるなど気持ち悪い。
それに、食べているものがカタツムリの干し肉ってだけで無理だ。
マイナス掛けるマイナスがプラスにならない典型的な例だな。
カタツムリを食べるこの世界の食文化を否定する気はないが、日本人の矜持としてカタツムリを食べ物として食べる気はない。
絶対に食べない。
真上から照らされる日射に照らされながらアスタロートは誓った。
それにしても暑い。
ここは前世の砂漠を連想させる。
冷気に耐性があるアスタロートは、逆に熱への耐性があまりない。
この暑さにやられて脳が溶け出しそうだ。
確か前世でサボテンは植物だが食べられると聞いたことがある。
この世界に似た植物がいるか不明だが、見つけたら食べてみよう。
棘を取ってから食べたらいいだろう。
あれ、生で食べられるんだっけ?
お湯で煮てから食べるんだっけ?
こんな暑い中で育っている植物だ。
この環境下で育っている段階で煮ているも同然、きっと生で食べられる。
よし。
見つけたら、飛びついて食べよう。
食べる。
絶対食べる。
サボテンの棘だってきっと大丈夫。
よく噛めば食べられるはず。
空腹と暑さでアスタロートの脳みそがやられ始めたとき、地平線の奥で揺らめく緑色の植物が見えた。
蜃気楼で揺らいで見え暑さで脳みそがイカレ始めているアスタロートは本能で感じ取った。
あれは、サボテンだ。
しかも、サボテンの腕には果実が成っている。
異世界サイコー――。
気づけば何も考えず走っていた。
「飯、めしぃ~。」
「こらバカ待て!それは喰っちゃだめだ。」
どこにそんな体力が残っているのか不思議なほど速く走る。
アスタロートが果実を食べる寸前でレロンチョが押し倒し羽交い絞めにする。
「レロンチョ。お前はもう干し肉食べただろ。あの果実は俺にくれ頼む。」
何を勘違いしているのか、アスタロートは果実をレロンチョに横取りされることを懸念している。
必死に腕を伸ばすがレロンチョが離さない。
「待て、話を聞け。あれは通称砂漠の試練樹。絶対に食べたらダメな実だ。」
「こんなにおいしそうな実だ。食べたらダメなんてことないだろ。」
「バカ。知らないのかよ。この実を食べたら最後、体中の水分が無くなるまで嘔吐と下痢を繰り返す。こいつはな、実を食べた動物がぶちまけた汚物を栄養に生きるとんでもない木なんだよ。ほら見ろ、すぐ隣に動物の骨がある。」
「何それヤバ。でも、大丈夫。少しだけ、少しだけだから。」
「だめだ。まて、この実があるということは、近くに生き物がいる可能性が高い。喰うならそっちを狙え。」
「ゴクリ。」
レロンチョに諭され、仕方なしに地べたに這いつくばり周囲を観察する。
唾を飲みこんだアスタロートは四つん這いで身を引くして地面を舐めるように生き物がいないか観察する。
動いたものは飯、動いたものは飯。
シキとガイモンがやっと追いついたころ、食欲に脳内を支配されたアスタロートの超人的な感覚が小さな生き物の気配を察知する。
動いた。
「そこだぁぁぁぁ。」
レロンチョを押しのけて背後から近づいてきたシキに顔面から飛び込む。
「きゃっ。」
顔面から突っ込んでいった理由は、手で捕まえて食べるより、口で捕まえたほうが早く食すことが出来るからだ。
アスタロートは、本能でシキの腰にぶら下げられている干し肉に食らいつく。
口いっぱいに広がる風味。
だが、これを求めていたんだ。
アスタロート自身が何を食べているのか分からないまま咀嚼する。
口いっぱいに広がった風味は噛めば噛むほど強くなり、空腹の限界を超えたアスタロートには未だかつて食べたことのない至高の味だった。
「うめぇぇぇ。」
食べていた肉を飲み込んで、正気に戻るアスタロート。
眼下には、押し倒したシキとその隣に半分食べられた例の干し肉が落ちていた。
ツーーーー。
砂漠で周囲は厚いはずなのに、急に体温が下がってきた。
俺、何食べたんだ。
この異世界で得体の知らないものを食べてしまったことに焦る。
それもそうだ。
こんな触感の食べ物を知らない。
それに、この風味どこかで嗅いだことがある。
「ちょっと、いくらおなかがすいていたからって、これはないんじゃない。普通に頂戴って言ってくれたらあげたのに、オオカタツムリの干し肉。」
飢えていたとはいえ、自らの意思で干し肉を食べてしまったという事実を受け止めきれず、空を仰いで叫んだ。
「いやぁぁぁぁぁ。」
「なぁ。お前が告白した相手。あんなんだけどいいのか?」
「何を言っているんだライザー。食欲旺盛でいいではないか。」




