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188. 従業員の苦難

「シッシクシクシク。シッシクシクシク。」


“そう思うなら、今日は帰ってください。”


なんであんなことをアスタロートさんに言ってしまったんだろう。


そういった後のアスタロートさんの悲しそうな顔を大きい体を小さくして部屋の入り口から出ていく姿が今も脳裏に過る。


なんで、あんなにきつく言ってしまったんだろう。


アスカの子守で疲れていたからあんなことを言ってしまったのだろうか。


あれから丸1日以上経過するが、アスタロートさんは帰ってこない。


「シッシクシクシク。シッシクシクシク。」


私のことが嫌いになってどこかへ行ってしまったのだろうか?


お昼に出ていったバクバクさんもかえって来ない。


もしかして、私はまた捨てられたのだろうか?


「シッシクシクシク。シッシクシクシク。」


「アンギャ―。アンギャ―。」


ノーズルンの不安が赤ん坊のアスカも伝わり泣き始める。


赤ん坊のアスカを置いて2人が出ていくとは思えないが、もしかしたらもしかするかもしれない。


「シッシクシクシク。シッシクシクシク。」


「アンギャ―。アンギャ―。」


本当にあやしてほしいのは私なんですけどね。


今はバクバクさんがいない。


バクバクさんがいれば魔法で寝かしつけていたんだけど・・・。


何とかして、泣き止まさなければいけない。


「シッシクシクシク。シッシクシクシク。」


「アンギャ―。アンギャ―。」


バクバクさんが居ないときは、水を足の根っこから飲ませたり体を擦って落ち着かせていたりしていたが、今はそんなことをできる精神状況ではないノーズルンは、アスカと一緒にギャン泣きすることにした。


「シッシクシクシク。シッシクシクシク。」


「アンギャ―。アンギャ―。」







バコッ。


しばらく、アスカと一緒にギャン泣きしていたらそのまま寝てしまっていたらしい。


入り口のを塞いでいる木の板が開く音がして目を覚ました。


アスタロートさんが帰ってきたのかと思って視線を向けると、そこにはバクバクさんが顔を覗かしていた。


「ただぁ~いまぁ~~。ただぁ~いまぁ~~。」


間延びした挨拶をしながらバクバクさんが帰ってきた。


良かった。


2人が、私を見捨てた可能性は少ないと思っていたが、実際にバクバクさんが帰ってくるとすごく安心する。


「ホラ~。おいで、おいで~。中に入りたかったんでしょ~~。ささっ。遠慮しないでぇ~。」


バクバクさんが部屋の中に入ると、入口の方へ向き外に向かって声を掛ける。


「はっはい。失礼します。」


一瞬、アスタロートさんが帰ってきたのかと思ったが、声からそうではないらしい。


「そんなに、緊張しなくていいよ~~。狭い場所だけど、くつろいでいってねぇ~~。」


家主は私なのだが、そんなことはお構いなしにバクバクは人間を招き入れる。


体を小さくして入ってきた女性は、金髪ロングヘアの魔人ギルドに併設されている食堂の従業員で、私のことを少し離れところから凝視してくる変わった人間だ。


大抵の人は、私のことを見かけたら視線を逸らすのだが・・・。


彼女とは面識がないわけではないが、部屋に遊びに来るほど親しい仲ではない。


そもそも、私の友達と呼べる人は、アスタロートさん・ツチノッコン・バクバクさんの3人くらいだ。


少し前までは、ツチノッコンさんだけだったことを考えると随分友人が増えてうれしい。


だが、そんな数少ない友人であるアスタロートさんと関係が悪化しているのだが、とりあえずそれは後回しだ。


何人も人を招き入れることを考えていない部屋は狭く、従業員とバクバクが部屋に入ってくると、かなり狭く、座るとお互いの足が当たりそうだ。


「はぁ~。今日も遊び疲れたよぉ~。それじゃ、お休み~。」


バクバクが帰ってくると昨日と同じポジションに丸くなって寝ようとし始める。


「えっ?バクバクさん。寝ちゃうんですか?なんの説明もなしに?彼女は?彼女はなんでここに来たんです?」


従業員の女性もきちんと紹介してくれと言わんばかりに首を縦に振っている。


バクバクの体を擦って何とか体を起こさせる。


今さっき横になったばかりなのに、寝起きのように眼を擦りながら起き上がる。


バクバクさんの行動は破天荒で有名だ。


3歳児のように自分の欲求にストレートな行動をとる。


外で遊んできて、帰ってきたら疲れて寝る。


最近の遊びは八百屋の野菜を水で洗う遊びにはまっているらしい。


大体バクバクが遊びと称して人の仕事の手伝いをするとかえって邪魔になり、嫌がられるのだが、今回はうまい関係を気づけているらしい。


バクバクの腕には八百屋の主人からもらったであろう野菜が抱えられていた。


「おぉ~。それもそうだねぇ~。」


目を擦りながらも状況を理解したのか答えてくれる。


「あたしが帰ってきたら、巣の前でじっとしていたんだよぉ~。だから、一緒に寝ようと思って連れてきたんだぁ~。あっ、これ、八百屋さんにもらった野菜おいしいよぉ~。」


えっ?どういうこと?


ノーズルンは野菜を受け取りながら考える。


バクバクが帰ってきたときに、彼女が巣の前にいたことは分かった。


その次になぜ、一緒に寝る私の巣で寝ることになっているのか分からない。


話が飛躍しすぎている。


そもそも、人間は大きな木製の外から見て丸わかりの住家で寝泊まりする。


それに、人の住家は町の中に所狭しと建てられている。


わざわざ魔人の巣で寝る必要はない。


「バクバクさん。巣の前にいたからって、巣で寝たいわけじゃないと思いますけど・・・。ちょっと、バクバクさん。ねぇ。寝ないでください。これからどうしたらいいんですか?」


再び寝ようとするバクバクを起こそうとするが、今度はいくら肩をゆすっても起きそうにない。


どうしよう。


私、人とお話しするの苦手なんですけど・・・。


ノーズルンが、人と話すのが苦手なのは話しかけた人が一方的にノーズルンの顔に驚いて、少し距離をとり何かと話題を切りその場を離れていくのだが、ノーズルンに苦手意識を持たせるには十分だった。


「あの。何か御用でしたでしょうか?」


「ひゃっひゃい。」


ノーズルンさんは怖い人じゃないって知っているんだけど、面と向かって近くで見るとマジで怖ぇぇぇ。


がんばれ私、がんばれ私。


ただ、赤ちゃん魔人の世話が大変そうだから、様子をうかがいに来たと話をすればいいだけだ。


口を開けようとするのだが、ノーズルンが怖すぎて言葉を発せない。


昆虫系魔人特有のどこを見ているのか分からない瞳をじっと見つめていると、瞳に飲み込まれそうな錯覚に落ちる。


口を開けてもかすれた呼吸音しかでていかない。


「慌てないで、ゆっくり話したらいいですよ。」


見た目とは違う、甲高いソプラノボイスで優しく話しかける。


初めての場所で警戒しているのかもしれない。


そういう動物には刺激せずに落ち着くまで待つのがいい。


落ち着くまで、ノーズルンも気長に待とうと思って、棚から水分補給用の果実を取り出し。


ズボッ!


ジュルッ、ジュジュジュジュッジュゴゴゴゴ!!!。


舌を果実に突き刺し水分補給する。


「かひゅっ」


ノーズルンが受付嬢にさらなる負荷を与えているとも知らずに、受付嬢が落ち着くのを水分補給しながら待っていると、巣に気管に何かが詰まったような音が響いた。


ノーズルンが音の発生源に視線を向けると白目を剥いて気絶している受付嬢がいた。


「あれ?もしもし?寝ちゃったんですか?」


肩を揺すっても起きる気配はない。


人が眠る姿を間近で見たことないノーズルンは、肩を揺すっても反応がない受付嬢が寝てしまったと判断した。


人ってあんな風に眠りにつくんですね。


初めて見ました。


それにしても、バクバクさんが言う通り本当に寝に来たんですね。


では、そろそろ私もそろそろ寝ましょうか。


明日、アスタロートさんが帰ってこなかったら、アスカを連れて探しに行こう。








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