175. 渓谷
洞窟の中を進んでいると、シキがチラチラとアスタロートの方をニヤニヤと含み笑いをしながら見てくる。
正直少しうっとうしいがグッとこらえる。
もうこうなっては、無視して外堀が落ち着くまで待つしかなだろう。
ホムラが好きという最初の印象を覆すには数ヶ月時間を要しそうだが、じっくり長期戦で印象を変えていけば良い。
それよりも今は、勇者パーティーの仲間にどうやって、入れてもらうか考えた方が良いだろう。
シキの視線も洞窟を出ると無くなり、洞窟を出た渓谷の景色を初めて見るシキとホムラは周囲を見渡し観察している。
「へぇ。こんなところにつながっているのね。」
アスタロートはもう見たことある風景だが、この渓谷は深くそびえ立つ崖は険しい。
渓谷というよりは、地震活動等で出来た大きな地割れと行った方がイメージにあう。
「あぁ。確かに、封印の祠内で地下深くまで移動していたからどんなところに出るのかと思っていたが、こんなに深い渓谷があるとはな。」
シキとガイモンは真上を向き地上までの高さを確認している。
マートルは、この渓谷を自身の脚力だけで壁を淡々と蹴り上がっていった場所で、同じことをアスタロートもできるが、後衛職の2人ができるとは考えにくい。
「ねぇ。アスタロートさん。どうやってこの渓谷から抜け出すの?このまま下流まで行けば技将の領なんでしょ。」
シキの声からやはり難しいようだ。
「何言ってんだ?普通に壁を登っていけば良いじゃないか?」
先頭を歩くレロンチョは当たり前のようにそう言い放ち壁を登り始める。
レロンチョはカメレオンの魔人で垂直にそびえ立つ壁程度では何の生涯にもならない。
武器を抱えながら平然と壁を登り始める。
「ちょっと、待ちなさいよ。あんたは歩けても人間は登れないのよ。バカなの?」
「何だ?お前俺より強いのに、こんな壁も登れないのか?俺が、2往復して荷物持って行ってやろうか?」
「あら気が利くじゃない。あんたが持って上がってくれるの?」
「はん。そんなわけないだろ。自分たちで何とかしな。俺が持つのはこの武器だけだよ。」
そう言って、レロンチョは順調にペタペタを日本の指で崖に張り付くように登っていく。
「ちょっと待ってよ。あたしこんな大きな棍棒を持って崖なんて上がれないわよ。ガイモン魔法で上までいけないの?」
「あぁ。俺もライザーを崖上まで浮かすことは出来ない。精々地上から腰くらいまでしか浮かせない。」
「どうしようかしら。ロープでもあれば引き上げられるんだけど・・・。」
シキとガイモンは崖を見上げて、少し思案して、こちらを見てくる。
おそらく、2人ではどうしようもないのだろう。
レロンチョは一緒にいてくれはするものの、シキやガイモンと仲良くするつもりはないみたいだ。
「2人は、自力で崖を登れますか?」
「あぁ。その程度ならなんとかな。シキもいけるだろ?」
「ガイモンがいけるんだから、あたしもいけるに決まっているでしょ。何たって元トレジャーハンターなんだから。」
「そうなんですね。分かりました。おい、レロンチョ。」
順調に壁を登っていくレロンチョに声を掛ける。
本当は、俺が持って行ってもいいのだが、レロンチョにも手伝ってもらおう。
少しでも、魔物のレロンチョと人が仲良くなれれば良いと思うのだが、上手くいくのだろうか?
「おい。マジかよ。また俺かよ!冗談はよしてくれよ。武器はともかくそこのデッカいのは無理だぞ。」
先を行くレロンチョが高いところから下を振り帰り、様子を確認する。
「じゃぁ決まりだな。レロンチョはもう一回降りてきて、武器を運んでくれ。」
「おい。シープート、後でたっぷり見返りはあるんだろうな。」
「仕方ないな。考えとくよ。」
「その言葉、忘れるなよ。」
そういうと、レロンチョは断崖絶壁の壁をスタスタと登っていく。
「よし、じゃぁ。私がライザーとホムラを連れて上がるよ。」
「すまないな。パーティー内のことはメンバーで解決するのが筋なんだが。」
「ふふふ。私は、その仲間に入れればと思っているんですがね。」
レロンチョには聞こえないように小さな声で話す。
「ガイモン。シープートさんをやっぱり仲間に迎え入れようって話していたじゃない。」
「いや。話してはいたが、ホムラが目覚めていないときに正式に迎え入れることは出来ないだろ。」
「はぁ。やだやだ。ホムラを背負ってもらっているんだし、もう仲間でしょ。命を助けてくれたのよ。実力も申し分ないどころか、あたしたちよりも強いわ。誰も反対なんてしないわ。」
「えっ。まじ!」
シキの言葉にアスタロートが過剰に反応する。
「えぇ。そうよ。封印の祠への道中で相談してたの。」
「おい。シキ。勝手なことを。」
「いいじゃない。それとも反対する理由があるとでも?」
「いや。俺はないが、最終判断はホムラだ。まぁ。決まっているようなもんだがな。」
「よっしゃぁぁぁ!」
やっと、勇者の仲間になる算段が付いてガッツポーズをする。
この世界にきてようやくツキが回ってきた気がする。
やることなすことすべて裏目に出て勇者の仲間からどんどん遠ざかっていたが、やっと仲間になれそうだ。
これから、これからやっと勇者の仲間としての冒険が始まるんだ。
「キャハハハハ。シープートさん。あなた、あの魔人と話しているときもそうだったけど、その話し方でいいわよ。もう仲間だしね。」
「えっ。あっつ。」
嬉しさのあまり、いつもの口調に戻っていたアスタロートが口を押えるももう遅い。
「クールな人だと思っていたけど、結構愛嬌があるんだな。」
「ガイモンも見習いなさい。」
「うるさい。」
「キャハハハハ。」




