17. 知将の町
アスタロートたちは、町の大外に設置されているが柵が途切れている入口に降り立った。
そこには、一体の案山子が立っている。
「カカシ、見張りいつもご苦労様。」
フルーレティーのやつ、案山子に挨拶してる。
まるで、人形と会話をしている妹を見ているようだ。
話していて、性格はきついのかなって思っていたけど、かわいいところもあるもんだな。
そんな、カカシにフルーレティーが挨拶をしているのを微笑ましく見ていると、カカシがふさふさと動いた。
「なっ、こいつ。今動いたんだけど。」
「キャハハハハ。そりゃ生きているんだから、当たり前でしょう。見たことない珍しい魔物でしょう。こいつは、ここにずっと立っているだけの魔物よ。会話はできないけれど、話している意味は理解しているようなの。」
「へぇ。本当に案山子にしか見えないなぁ。」
よくよく見ても、ただの案山子にしか見えない。
木と藁をロープで縛って、服を着せているだけだ。
流石は異世界、何でもありだな。
「あんたも、挨拶くらいしなさい。このカカシは誰よりも長くこの町に住んでいる大先輩なのよ。」
初対面の人とは挨拶をするのはすごく当然なことだろう。
ただ、初対面の案山子と挨拶するのはなぁ。
普通に考えるとおかしな話だが、ゆさゆさ動いていたところを見ると本当に生きているのだろう。
不思議だ。
話すことのできない案山子相手に、自己紹介するのは恥ずかしいものがある。
フルーレティーの目の前で、案山子相手にセリフの練習をしているみたいだからだ。
アスタロートは、背が高い。
おねぇさんキャラで行こう。
「コホン。私は、アスタロート。よろしく頼む。」
恥ずかしさを紛らわすために、案山子の木に手袋をかぶせただけの手を握る。
フルーレティーには、明日太郎として接しているので今更変えようとは思わないが、これから出会う人にはきちんと役を演じてみよう。女性を演じるのは初めてのことで楽しみだ。
アスタロートが手を離すとカカシは内容を理解したのか、その場で一回転し、自分のすぐそばにある鐘を鳴らす。
「よかったわね。カカシも歓迎してくれているわ。」
カカシの言葉を代弁するようにフルーレティーが声をかける。
「本当に、お前こいつの言っていること分かるのか?」
魔族同士だから、言葉を交わさなくてもコミュニケーションが可能なのかもしれない。
「分かるわけないでしょ。未来永劫分かりようのないことは、自分にとって都合がいい方に解釈した方が楽なのよ。」
自信満々に答える。
「ふーん。まぁ、そういうものなのかもね。」
めっちゃ適当なこと言ってるじゃんと思ったが、そういう考えもありかと思ってしまった。
フルーレティーは、カカシに背を向け町に向かって歩き出した。
カカシのいた柵を入るとそこは、農作物を育てる場所なのだろう、人や獣人が農作物を育てている。
今は、夕方だからほとんどの人が片付けをしていたり、町の中心へ向かって帰宅している。
意外だったのは、人族が大勢いることだ。
「へぇ。魔族の領なのに人間も結構おおいんだな。」
「まぁね。定期的に西国から奴隷として攫ってくるから、どんどん増えているわ。」
「え!まじ。」
「もちろん。彼らは奴隷よ。いい労働力だわ。」
ここで、働いている人間は奴隷だそうだ。
だが、あたりを見渡しても、誰も奴隷のようには見えない。
身なりも普通だし。
拘束されているわけでもない。
一人一人の表情も生き生きとしている。
今日も一日疲れたなぁ。などと思い思いのことを話し合っている。
「まじかぁ。全然そうには見えないんだけどな。」
「はぁ。あんたと話していると、たまに理解できないことを言うわね。彼らは、労働をしているのよ。どこからどう見ても奴隷じゃない。あんた、打ちどころ悪かったんじゃないでしょうね。」
これは、変なことを言う。
労働しているものが奴隷ならば、前世の人間は全員奴隷だ。
「何言ってるんだよ。フルーレティーだって、領主として働いているじゃないか。その考えならば、お前も奴隷だぞ。」
「かぁー。あんた失礼ね。私は領主として生きているだけで、労働しているわけじゃないの。お分かり?領主は領主として生き、魔族は魔族として生きるの。そして、奴隷は労働をして生きるのよ。」
フルーレティーはこちらを振り向いて指をさして指摘する。
奴隷と一緒にされてうれしい人がいるわけがない。
労働を命じられるのと、自ら進んでやるのは違うみたいだ。
「あぁ。分かったよ。」
ただ、彼らを見ると想像している奴隷よりもかなり生活水準は高そうだ。
痩せこけておらず適度に肉がついている。
通り過ぎる人たちは皆、希望に満ち溢れた瞳をしており、フルーレティーを見ると挨拶して通り過ぎている。
領主と領民の関係がよいように一見思えるが、領主と領民の奴隷が良好な関係って・・・。
異世界すごい、いいところ?
田畑の奥には、牧場があるようだ。
まさか、あれは!
牧場の柵の内側に四足歩行で白い綿毛を身にまとい、のんびりと草を食べている生き物がいる。
そして、角は俺と同じ黒い巻角。
「あれが、モコモッコ羊か。」
前世の羊とほとんど変わらない。
胴体の皮膚は黒いようだ。
毛を刈られたモコモッコ羊は黒い体をしている。
「そういえば、アスタロートはモコモッコ羊を初めて見るのよね。ということは、当然モコモッコ羊の肉も食べたことないのよね。機会があれば食べてみるといいわ。おいしいのよ。」
昨日、道中でネズミの生肉を進められたことが頭をよぎる。
「生肉は食べないからな。」
先に言っておかないと、生肉を出されそうだ。
人間が住んでいるのだ、おそらく人用の料理もあるはずだ。
異世界について初めてまともな料理にありつける。
「あなた、昨日からそればっかりね。帰りの道中は木の実か果実しか食べてないじゃない。食べず嫌いはよくないわよ。」
「いや、それはそうだけど、生肉は食べず嫌いって範疇じゃないような・・・。」
フルーレティーと話しながら、牧場の横を歩いていると、後ろから逃げるなぁ。と羊を追いかけているであろう、まだ幼い少年の声がする。
魔王の領地だが、いいところじゃないか。
領民が平穏に過ごしている。
少年の足音は、どんどんこちらに近づいてくる。
あたりを見渡しても、モコモッコ羊はいないけどなぁ。
バシッ。
突然、後ろから少年にロープをかけられた。
「ほら、牧場へ戻るぞ。まったく、どうやって外に出たんだか。」
 




