160. vsマートル
「ヒールアロー。」
何度目かの、ホムラへの回復魔法。
回復魔法がなければもうすでに何度も負けているだろうが、この結果がすべてだ。
はじめは対等に戦っていたが、徐々にバンバンを押し始めた。
ホムラとガイモンの息もぴったりだし、要所で放たれるライザーの中距離魔法が2人を後押しする。
ジュドゴォォォォン!
そんなときだ。
アスタロートとマートルが戦っている所から轟音が響いたのだ。
その音と後に続く地鳴りでただの魔法でないことは明らかだ。
シープートさんが心配になって瞬時に振り返ったのは、ヒーラーとしての意識からだろうか?
「えっ?」
そこに変わり果てた大地が広がっていた。
マートルが設置したマグマケージは半分吹き飛び、上下左右どこを振り向いても同じような地形である多孔質の大地がごっそり空間ごと砕け散っていた。
健全な大地との境目は霜が降りたかのように白くなっている。
間違いない。これを引き起こしたのはシープートさんだ。
えぐられた大地の境界に立ち、オーラを消費したオーラを悠々と回復しているアスタロートの後ろ姿を見て、思わず身震いする。
マートルは強いが、シープートさんも同等かそれ以上に強い。
マートルが立ち上がった時には、アスタロートはもうかなりのオーラを纏い直してからだった。
全身がヒリヒリする。
吹き飛ばされたマートルは自信の身に起こったことを瞬時に理解した。
アスタロートは、ただマートルから距離を取りたいがために纏っているオーラすべてをただ単純に放出したのだ。
こんな技とも言えないオーラの放出は、オーラの扱いが未熟な子供が癇癪を起こしたときにたまに見かける。
だが、瞬時に放出するオーラ量が桁違いだ。
魔法に変換して放出するのは才能だ。
シキは、高火力のセンリの一矢を放つために、それなりの時間が必要だ。
それと同等のオーラ量を瞬時に放出したのだ。
マートルからすると悪夢のようなことだ。
広範囲、高威力の魔法がほとんど予備動作なしで飛んで来るのだ。
マートルも同様に瞬時にオーラをぶつけることは可能だが、纏っているオーラ量が違う。
奴と同じペースでオーラを消費することは避けねばならない。
いくつか対抗できる魔法があるのだが、どれも確実とは言えない。
距離を取って戦うしかないな。
モコモッコ羊を相手に逃げるようで屈辱的だが、最後勝てばそれでよい。
アスタロートがオーラを回復しているのを確認して、マートルもオーラを回復していく。
少し負傷した分マートルが不利だが、お互いにオーラを全回復し勝負は振り出しに戻る。
良かった。
何とか、マートルを引き剥がすことができた。
客観的に見て戦いを有利に進めているのはアスタロートだが、本人だけはそうとは思っていなかった。
あぶねぇ。
危うくモコモッコ羊の毛を焼かれる所だった。
最もアスタロートが過剰に反応しているだけで、極一部を焼けて黒くチリチリになっているだけであるが、変装しているアスタロートにとってマートルに勝っても変装していることがバレれてしまうと意味がない。
マートルに勝っても変装がバレてしまうことは、試合に勝って勝負に負けることを意味する。
あいつとの接近戦は危険だ。
毛が焦げる。
マグマの攻撃を大量のオーラを用いて相殺するのもすべて毛が焦げることを防ぐためだ。
あいつから毛を守りながら勝ちきるためには、氷魔法を使用したい。
そうしたいのだが、氷魔法を使用している姿を勇者パーティーにバレたくない。
アスタロートは西国の騎士団との戦いで、氷魔法や氷の斧を生成して戦っており、氷属性の使い手として広まっている。
アスタロートとバレないためには、共通点は極力見せない方が良い。
いつかは、正体を明かす必要があるがそれはもっと信頼関係を築いてからだ。
今は勇者から距離を取って、気付かれないように氷魔法を使用して倒そう。
お互いに接近を警戒し遠距離からの魔法の応戦が始まる。
「火山弾」
マートルもアスタロートを近づけないように弾幕を張るが、アスタロートは勇者達から距離を取るようにして避ける。
また距離を取った。
どうしてだ。
あの予備動作なしのあの攻撃なら確実に俺を追い詰めることができるのに、なぜか近づこうとしない。
つまり、奴も俺に近づいて欲しくないのか?
封印の祠特有の多孔質の大地を縫うように走り魔法をぶつけ合う2人。
やはり、そうだ。
何度も俺に近づくチャンスがあったのに、俺に近づこうとしない。
相変わらず俺の放つ魔法は冷気の魔法で相殺されるが、大量のオーラを消費しながらのコスト高い戦い方をしている。
そうか。
分かったぞ。
こいつは、熱から逃げているんだ。
熱は、奴のオーラ武装を溶かすだけでなく致命的な弱点なんだ。
俺のオーラ武装はマグマでできており高熱だ。
それに、マグマの魔法をわざわざ大量のオーラを消耗させてすべて相殺しているのも納得がいく。
「お前、熱から逃げているな。そんなに、熱いのが嫌いか?」
「あぁ、嫌いだね。俺の毛が焦げちゃうだろ?」
「毛が焦げるだと・・・。お前バカなのか?お互いの全力をぶつけ合う戦いの中でそんな毛が焦げるなどどうでも良いではないか。まぁ、いい。大事な毛が焦げないように守るんだな。」
俺との戦いの中で自身の毛が焦げるのを気にしているだと?
ブラフだ。
だが、今の返答で奴が熱を気にしてることが分かった。
バンバンから距離も取ったし奴が冷気で相殺できないほどの広範囲のマグマ魔法を放ってやる。
一度に大量のオーラを消費して戦えるのはお前だけじゃない。
オーラをすべて消費するが、この距離ならあのモコモッコ羊とて無傷でいられるはずがない。
必ずオーラを纏い直す隙が現われる。
その時に、オーラを纏い直せば良い。
「奥義 破局噴火」
四方八方から津波のように火砕流がアスタロートへ押し寄せる。
マートルの全オーラを消費して放つ、周囲をすべて焼き払うとどめを刺すときに使用する魔法だ。
アスタロート相手にとどめを刺せるとは思っていないが、熱を嫌うあいつにとって最悪の魔法だ。
何度も魔法を相殺されたから分かる。
この量のマグマならすべてを冷気で相殺するのは不可能だ。
周囲の温度は、急激に上昇し、アスタロートもろともすべてを焼き尽くすために迫る。
「アイスワールド」
勇者達から十分に距離を取ったアスタロートは、氷魔法を解禁した。




