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134. ノーズルンの涙

クチュチュルルルル。


アスカは、ノーズルンみたいに音を起てて根っ子から水をすいあげている。


音を立てているだけかと思いもしたが、器に注がれた水が減ってきていることから確かに飲んでいるのだろう。


まさか、植物みたいに根っ子から水を吸い上げるなんて、いや、もとは植物だったから根っ子から水分を取るのは普通のことなのか?


いやいやいや。この子にはちゃんと人の口がある。


ちゃんと、口から食べることを覚えさせるべきだろう。


根っ子から水を飲むことが出来ても、わざわざ根っ子から影響を吸収する必要もない。


「何を騒いでいるんですか?アスカさんが、びっくりして泣いたらどうするんですか?一度泣き出すと手が付けられなくて大変なんですよ。」


「いやいや。なんちゅう飲み方を教えてるんだよ!」


「ちょ、声が大きいです!この飲み方以外に何があるんですか?流石の私もアウラウネの生態について詳しくないですが、想像は付きます。アウラウネは植物系の魔物何ですから根っ子から栄養を補給するに決まっているじゃないですか!これが、アウラウネの正しい水の飲み方ですよ。私のやり方に文句があるんですか?」


「いや、文句しかねぇわ!口があるんだから、口から食べさせてあげろよ。そりゃ、固形物は食べられねぇよな。固形物を根から吸い上げる植物なんていないからな。」


「シュシュシュシュシュ。何を言っているんですか。口があってもアスカは植物系の魔物、口から食べ物を食べるはずありません。見たでしょ。根っ子から飲み物を飲むんですよ。アスタロートさんは知らないかも知れませんが、植物は水と光があれば成長するんです。固形物は食べなくても大丈夫なんです。」


「ダメダメダメ。絶対に口からも食べるから、この子は人みたいに育てるの。そんな、化け物みたいな食べ方教えないでよ。」


「む、バッ化け物みたいですって!ひどいです。私の食べ方も化け物みたいだと思っていたんですか!アスタロートさんはみんなと違うと思っていたのに!人みたいに育てるってことは、化け物みたいに食べる私のことは嫌いなんですか。」


ノーズルンのあまり動かない表情が大きく変わる。


凄くショックを受けているみたいだ。


いや、今のは俺が悪い。


ノーズルンは元々魔物で人の脳みそを食べることで知識を得て魔人になった個体だ。


そんな経緯があるから町の人からは少し距離を置かれており、本人もその理由がもともと魔物であったことであることに気付いている。


そんな相手に化け物と言ってしまったのだ。


正確にはアスカの飲み方を指摘しただけだが、そうとは捉えてくれなかったようだ。


実際、アスタロートはノーズルンの見た目をクリーチャーのようだと思っている。


きっとそのことを知られると凄く悲しまれるんだろうな。


「えっ。いや。ごめん。そういうつもりじゃ、なかったんだ。」


ノーズルンの複数ある瞳に水玉が生成される。


あっ。


今までクリーチャーみたいな顔で表情があまり変わらないノーズルンの瞳から涙が流れた。


瞼のない瞳からこぼれ落ちる雫は人とはまた違った流れ方をして美しい。


「出て行ってください。この子は私と同じ魔物から知能を得て魔人のようになったから普通の亜人や魔人とは違います。魔人に近いと言っても根本的な体の構造は魔物の時と変わらないのですから。魔物は結局魔物です。正しい認識ですが、それをそのまま口にするのは無神経で不快です。軽はずみに化け物みたいにだと言わないでください。すごく、悲しいです。今日は外で反省してください。」


入り口を指でさし出るように促される。


化け物みたいと言われて怒り、悲しげな顔で魔物は魔物だと語るノーズルンは間違いなく人間らしかった。


今日は、ノーズルンの言うとおりにしよう。


「ごめん。俺が悪かったよ。」


「そう思うなら、今日は帰ってください。」


どうやら、ノーズルンの逆鱗に触れてしまったらしい。


頭を下げて謝ってみるが今日は許してくれる気配はない。







「ハァ。」


大きなため息を吐き、自身の巣がある木の幹に背中を預け座り込む。


ノーズルンに怒られた。


あいつ自分が魔物だってこと気にしているんだな。


明日には許してくれるだろうか?


あーあ。憂鬱だな。


座り込んでいると、すぐ隣の穴からアスカの鳴き声が聞こえる。


穴は、しっかりと木製の鍋蓋のようなもので中から塞がれている。


自分の娘は元気だな。


まさか、こんな形で娘ができるなんて昨日まで全く思いもしていなかった。


子育てをどうしていいのか分からないし、ノーズルンが率先して面倒を見てくれるのも随分助かる。


今は、追い出されたといった方が適切だが・・・。


はぁ。俺もまだまだだな。


アスタロートが落ち込んでいると、背後から茶色いぬめっとした肌を持つ生き物が近づいてくる。


「わぁぁ!」


ノーズルンに体当たりして驚かすツチノッコン。


「何だ。ツチノッコンか。」


完全に不意を突かれたが、反応が薄いアスタロート。


「えー。反応それだけ?結構、上手く気配を消して近づけられたと思ったんだけどなぁ。」


「気配は上手く消せてたよ。」


「うっそだぁ。俺、そこで2回も転げたんだよ」


転げた場所を指さすツチノッコンは、体中に砂をくっつけている。


「そうなのか。気付かなかったよ。」


「ヘロロロロ。どうやら、アスタロートが不注意だったようだね。実は、さっき聞こえちゃったんだ。アスタロートがズズズのねぇちゃんにこっぴどく怒られているところ。」


そう言って、笑うツチノッコンは口を大きく開けて笑う。


歯のない口は柔らかく笑うたびに振動している。


「なんだ。聞いていたのか。恥ずかしいところを聞かれたな。」


「ヘロロロロ。僕もさっき怒られるんだ。おんなじだね。」


「お前と一緒にするなよ。」


「ヘロロロロ。アスタロートみたいに強くても悩むことあるんだね。」


「あぁ。いつも悩んでるよ。で、お前は何をして怒られたんだ?」


「モコモッコ羊の毛でデコレーションしてあげたんだ。」


「デコレーション?」


「ほら、モコモッコ羊の綿ってふわふわしてて柔らかいじゃん。だから、みんなが使う尖った道具に綿をくっ付けて柔らかくしてあげたんだ。包丁とか桑の先端にね。ほら、この間あげた接着液で。」


「アハハハ。」


尖っていることに意味があるところにモコモッコ羊の綿をくっ付けたのか、しかもあの接着液で。


相変わらずツチノッコンはいつも通りで安心する。


「アスタロート、やっと笑ったね。」


「ん!?あぁ。ありがとな。」


まさか、ツチノッコンに慰められるとはな。


「ヘロロロロ。見つかった後、綿全部取るように言われたんだよ。」


「アハハハハ。あの接着液なかなか強力だったから取るの大変だったろ。」


「全部取れないから、好きを見て逃げてきたよ。」


「おい。ちゃんと、取りに行けよ。」


「ん?もしかして、あの接着液使ってくれたの?」


「えっ。あぁ。まぁな。」


「ってことは、モコモッコ羊の亜人になったんだね。」


「あっ、あぁ。」


理由はどうであれ、ツチノッコンの思惑通りに変装したのだ。


隣でニヤニヤしているツチノッコンが憎たらしい。


「じゃぁ。はい。」


おもむろにツチノッコンが手を伸ばしてくる。


「なんだよ。その手は。」


「ほら、満足したんならお返しが欲しいなって、」


「えっ。あれ、プレゼントって言ってたじゃん。」


「あれ、そうだっけ?でも、プレゼントもらったんだからお返しに何かちょうだいよ。」


「いや、いきなりそんなこと言われてもだな。何も用意してないぞ。」


「えぇ。何かあるでしょ。ほら、おっきな落ち葉とか、艶やかな木の実とか。」


プレゼントのお返しがそんなものでいいのか、ツチノッコンよ。


十分もあれば森まで行って帰ってこれるが、流石に落ち葉を拾ってプレゼントするわけにもいかないだろう。


大人のプライドが許さない。


何かないかと鞄の中を漁ってみても、通貨とツチノッコンがくれた綿と接着液、前回治療に使っていた塗り薬、冒険者カードと魔物ギルドの板に・・・。


「あった。」


子供のプレゼントにちょうどいいものがあった。


鞄の中から2枚のカードを取り出す。


「はい。これ。あげる。」


「ん?あぁ!!これは、冒険王バトルカード!!!どこで手に入れたの?これ、この領で流通禁止なんだよ。」


「えっ。そうなの?」


「理由は知らないけど、たしかにそうだよ。この間西国から来た子供が取り上げられているのを見たよ。」


「へぇ。そうなんだ。」


「なんでも、冒険王バトルカードをすると脳みそが腐るんだって。」


「アハハハハ。またそんな迷信を、ほら2枚だけじゃ遊べないかもだけど。」


「ヘロロロロ。モコモッコ羊のカードと、ん!?フルーレティー様だ。」


ツチノッコンがカードを見るとアスタロートと同じ感想を口にする。


「やっぱり、そう思うよな。」


もしかしたら、フルーレティーじゃないかも知れないと思ったけど、フルーレティーで間違いないようだ。


「でも、少しだけ若いように見えるかな。」


「アハハハハ。本人の前で言ったら怒られるぞ。」


「誰の前で言うと怒られるって?」


バサバサと羽音が頭上から聞こえてくる。






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