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132. 名前はアスカ

「なぁ。名前はなんて言うんだ?」


泣き疲れたのか再び眠る赤ちゃん魔人。


ノーズルンから離れたくないのか、ノーズルンの服を両手でしっかり掴みながら寝ている。


そんな赤ちゃん魔人の頬をつつきながらノーズルンに名前を聞く。


「名前はまだないんです。親のアスタロートさんに付けてもらおうと思いまして。」


「いいのか?随分ノーズルンに懐いているようだけど。」


「はい。アスタロートさんの娘ですからね。」


「そうか。じゃぁ、遠慮なく付けさせてもらうよ。後から嫌だとか言うなよ。」


「それは、アスタロートさんのセンスによりますかね。変な名前だったら私が名付けます。」


センスが悪かったら駄目なのかよ。


どんな名前にしようか。


前世も含めて誰かの名前を決めるなんてことしたことがない。


スイセンの花の魔人だから、スイとか。


いや、名前の付け方が安直すぎだ。


ペットの名前じゃないんだから。


うーん。


昔の人は子供に自分の名前の文字を入れる。


俺の名前は、明日太郎。今は、アスタロートだ。


「じゃぁ。アスカ。」


「ジャァスカ?ジャースカ?」


「いや。アスカだよ!じゃぁをくっつけるな。じゃぁを。」


なんだか、今のやり取り今世の名前が決まった時のことを思い出す。


フルーレティーに名前を聞かれて、前世の名前を言いかけ途中で止めたらアスタロートになったのだ。


他にいい名前が咄嗟に思いつかなかったからそのままアスタロートと名乗ることにしたが、流石に子供の名前はしっかりと決めたい。


「うーん。アスカですか。まぁ、いいんじゃないですか。」


「おい。なんか言いたげだな。」


「いや。世間知らずの、アスタロートさんにしては、まぁまぁな名前だなと思いまして。アスタロートさんの頭文字を取って名付けたんですよね。」


「あぁ。そうだよ。」


何だろう。この恥ずかしさ。


今まで、名前なんて台本で決まっていた。


恥ずかしい台詞を言うときだって台本に決まっていたからなんとも思わなかったが、自分のセンスを晒すってこんなにも恥ずかしいんだな。


まぁ、自分のセンスを受け止めてくれたようで良かった。


「ところで、今までどこに行っていたんですか?フルーレティー様が随分探していましたよ。」


「あぁ。ちょっとな、トータスチェイサーからの手紙を見て帰ってきたんだよ。それで、フルーレティーはどこにいるんだ?」


流石に西国に変装して潜り込んでいたなんて言えない。


まぁ、魔物ギルドに所属している訳だし事実を言っても問題無いのかも知れないが、まっとうな感覚を持ち合わせているアスタロートにとって、ありのままを伝えることは憚ることであった。


「早朝ここに来たのですが、夕方には戻ってくると思いますよ。ここ数日、日に2回は尋ねて来ますからね。あと、アスタロートさん、気をつけた方がいいですよ。フルーレティー様、王都での会議から帰ってきてからすこぶる機嫌が悪いんですよ。」


「へぇ~。」


いつも、ツンツンしているような気がするが、更に機嫌が悪いのか。


「へぇ~。じゃないですよ。本当に機嫌が悪いんですから、町のみんなも刺激を与えないように気をつけているんですから。アスタロートさん何かやらかしたんじゃないんですか?」


「えっ!?俺?心当たりが全くないんだが・・・。ノーズルンは何の用か知らないの?」


フルーレティーに怒られるようなことはしていないはずだ。


うん。していないはずだ、していないはずだが、知らず知らずのうちにまた何かしてしまったのか?


その可能性はある。


十分考えられる。


なんだか凄く西国に帰りたくなってきた。


「いえ。会って直接話すとしか聞いていないです。てっきりアスタロートさんが何かしでかして、怒られるのが嫌だから帰ってこないのだと思っていたのですが、違うのですか?」


「違うんですけど・・・。もしかして怒られるのかな?」


「いや。私に聞かれても分からないですよ。」


いったい何を言われるのだろう。


怖いんですけど。


「あうぅぅ~。」


いつの間にか目を覚ましたアスカがうめき出す。


「あっ。目が覚めたんですか?アスカちゃん。あなたの名前がやっと決まりましたよ。」


ノーズルンが話しかけるが、その目はノーズルンの方に見向きもせず、しっかりとアスタロートを捉えており、片手を伸ばしている。


ただ、まだ心は許してもらえていないのか、もう片方の手はしっかりとノーズルンの服を掴んでいるが、何か気になることがあるのだろうか。


先ほどは、アスタロートに抱っこされて泣いていたが、今度は気になるようだ。


赤ん坊の考えは分からない。


「アスタロートさんが気になるようですね。ほら、お母さんですよ。」


「どうしたんだ。さっきは怖がって泣いていたのに?」


つい先ほど抱っこして泣かれたアスタロートはどうしたらいいのか分からないでいる。


下手に近づいて泣かれたら困る。


いや、困るというか俺がショックだ。


これから、この子と一緒にここで過ごすとなるとどうすればいいのか分からなくて不安だ。


正直、ノーズルンがここにいてくれて心底感謝している。


今、ノーズルンがいなくなったあ俺はどうすればいいのか分からないだろう。


ノーズルンがアスカを抱えている様子を第三者が見るとクリーチャーに捕食される赤ん坊にしか見えないだろうが、アスタロートにとっては突如現れた未知の赤ん坊をあやすことの出来る英雄だ。


アスカが腕を伸ばす方向にゆっくりと近づけていくノーズルン。


ノーズルンがそうするということはそれが正しいのだろう。


どう赤ん坊と接すればいいか分からないアスタロートは、ノーズルンとアスカの行動に任せることしか出来ない。


近づくにつれてアスカが伸ばしているものが明確に分かる。


気になっているのは、アスタロートの羽根のようだ。


この日アスタロートは思い知る。


赤子に常識というものが通用しないことを。


ブチブチブチブチ。


「ふぎ。」


無造作に掴まれた羽根はそのまま勢いよく引き抜かれる。


誰の子なのだろう、この手癖の悪い子は。


突然の痛みに襲われたが、大きな声で悲鳴を上げなかった自信を褒め称えたい。


大声で叫んでいると今頃アスカは泣き叫んでいることだろう。


「キャハハハ。」


アスカは、ご機嫌なようで良かった。


アスカの手に握られている数枚の羽根も抜かれたことで喜んでいるのであれば抜かれがいがあるものだ。


「アハハ。痛いからやめてね。」


赤ん坊とは言葉が通じないから赤ん坊なのである。


「あうぅぅ~。」


ただ、抜いた羽根を見て喜んでいたのはほんの数秒で、羽根に興味がなくなったのか急に真顔になった後、短い腕を伸ばしてペイッと羽根を捨てる。


あっさようなら。俺の羽根。


ひらひらと落ちていく羽根が面白かったのか、またキャッキャと笑うアスカ。


人の嫌がることを楽しんで実行するなんて、将来有望な魔人になりそうだ。


「もう一度やりたいのですか?」


「アハハハ。お母さん痛い痛いだからやめて欲しいな。」


「キャハハハ。」


ノーズルンの問いかけに無邪気な笑顔で答える。


いや。マジでやめて、地味に痛いしハゲちゃう。


「シュシュシュ。アスカは将来有望な魔人さんになりそうですね。」


「おいよせ。やめろ。そんな、魔人さんにはさせないぞ。」


この天使を狂った魔人達の価値観に染めてたまるか。


この子は真っ当に育てるんだ。


そして、小さな悪魔は、更にアスタロートの羽根を抜く。


ブチブチブチブチ。


「イッツ。」


「キャハハハ。」








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