131. 子供
「ひどい。ひどいですよ。子供は親をすぐ認識出来ているのに実の母親が子供を認識出来ないなんて。」
いや、だれに何と言われようと、俺に子供なんていない。
そんなことは俺が誰よりもよく分かっている。
だが、そんな俺の返答を否定するノーズルン。
お前は俺のなにを知っているんだ。
ノーズルンはなにか勘違いしているのだろう。
冷静に赤ちゃんをよく見れば俺の身体的特徴がなにもない。
親の遺伝子が子供に遺伝するはずだ。
馬の蹄もカラスの羽根もモコモッコ羊の角もない。
どう考えたら、腕に抱いている植物系の魔人が俺の子供になるのだろうか。
「いや、俺、産んでねぇし。それに、俺の要素どこにあるんだよ。」
「本当に気付かないんですか。いくら世間知らずとはいえ、これはあまりにも、あんまりです。ほらヒントを上げるので、よく見てください。冬に咲くスイセンの花にあなたに似た氷属性持ちですよ。」
見た目に似合わず、優しいノーズルンが、特有のアニメ声でアスタロートを責め立てる。
分からん。全然分からない。
冬に咲くスイセンの花と氷属性だと俺の子になるのだろうか?
ノーズルンと一緒にいた時間はそれほど長くはないが、感情が表面に表れにくいノーズルンの感情を読み取るくらいには一緒にいる。
ノーズルンは、あまり冗談を言う性格でもない。
つまり、もしかして、本当に俺の子なの?
いやいやいや。そんなはずない。
絶対にノーズルンの勘違いだ。
絶対に俺の子じゃない。
だって、俺産んでないもん。
「えっ!?えっつ!?どういうこと?」
「はぁ。本当に分からないんですね。この子がかわいそうです。でも、安心してくださいね。私がちゃんとお世話しますからね。」
そう言うと、体を小刻みに揺らして植物系の赤ちゃん魔人をあやす。
その振動が気に入っているのか、キャッキャと両手をノーズルンの方へ伸ばす。
「すまないが、俺に分かるように話してくれないか?」
「はぁ。窪地の外にはマンドラゴラもいないんでしたっけ?そういえば、あの時も知らなさそうでしたもんね。」
「おっ、おう。」
ノーズルンはどこか諦めたかのように説明し始める。
「マンドラゴラは生き物の血を吸って成長する魔獣です。ほら、この前バクバクさんへ贈る花を探しに行ったときのこと覚えていますか?」
「あぁ。あの腕に絡みついてきた花の魔獣で、ノーズルンが殺そうとしていた奴だろ。」
ピィカとの戦闘後、バクバクに助けられたこともありお礼に花を探しに行ったのだが、その際にマンドラゴラの魔獣に出会ったのだ。
知らずに腕を吸血されたいたところをノーズルンに助けられたのだ。
その時は、逃がしてしまったが、たしかノーズルンが魔物ギルドに報告していたはずだ。
「こっ、殺そうとなんて、しっしていないんですから。物騒なこと言わないでください。追い払っただけです。そうです!追い払っただけですよ!」
「いや。殺意バンバンだったじゃん。ほら、風魔法で。」
「いやいやいやいや。よーしよしよし。私はそんなことしていないですからね~。」
腕に、抱いていた赤ちゃん魔人がグズり始めたのであやす。
「いや。してたじゃん。放っておくと確かトレントになるんだろ。」
「少し風魔法で遊んであげただけです。一般的にはそうなんですが、特殊な場合は違います。この子がその例で、今回はそのマンドラゴラがアウラウネになったんです。そして、この子がさなぎになり変体するのに必要な血のほとんどがアスタロートさんの血だったこともあり、かなり強力でかつ知力あふれるアウラウネさんになったんですよ。」
「へー。」
「へー。じゃありませんよ。つまりこの子は、あなたが血を分け与えた家族なんですよ。これで、分かりましたか?」
なるほど、あの時吸われた血であのマンドラゴラがアウラウネになったのか。
俺の血でアウラウネになったから、俺の子になるのか?
確かに血はつながっていることになるのだろうが、これは予想外すぎる。
想像の範疇を超えすぎて実感が湧かない。
「そう言われてもなぁ。」
ノーズルンがあやすとすぐに葉っぱの指をしゃぶって眠りにつく赤ちゃん魔人。
「まだ。実感が湧かないんですね。ほら、落ち着いたところですし、一度抱いてあげてください。」
アスタロートに赤ちゃん魔人を抱っこさせるために体を寄せてくる。
「えっ。まじ。どうやって抱くの?」
前世を通して赤ん坊なんて抱っこしたことない。
もし怪我でもさせてしまったらと思うと、抱っこすることに対して抵抗を感じてしまう。
「なにを言ってるんですか。抱きかかえて、頭を胸に密着させてあげるようにしたらいいんですよ。ほら。」
ノーズルンが肩を引っ付けて強引に赤ん坊を抱かせようとしてくる。
本当は逃げ出したい気持ちもあったが、下手に避けて赤ちゃん魔人が落ちたりしたら大変だ。
ノーズルンに流されるままに、思うように抱っこする。
人間に例えると1歳くらいだろうか。
腕に抱いて間近に見るときめ細やかな繊維の肌や葉っぱが見える。
つむじから生える髪の毛のような葉っぱに包まれている頭を覗き込む。
葉っぱで構成された指をしゃぶりながら寝ている。
あっ。かわいい。
うとうとと浅い眠りについていた。
「ほら。かわいいでしょ。」
「あぁ。そうだな。」
覗き込んで、赤ん坊を覗き込んでいると、まん丸と太ったどんぐりのような瞳が開き目と目が合う。
ダークグリーンの瞳も大きくてかわいい。
見つめ合っていると、みるみるうちに赤ちゃん魔人の表情が変わっていく。
目は涙で潤んでいき、唇はきつく結ばれていく。
あっ。これ泣くんだ。
そう思うかいなや、赤ちゃん魔人が泣き出し腕の中でもぞもぞと蠢く。
「あんぎゃぁぁぁ。」
まるで、この世の終わりのような表情で泣く。
なぜ?
どうして?
俺の顔が怖かったのか?
それとも食べられるとでも思ったのか?
ってか、どうやったら泣き止むの?
分かんねぇ。
アスタロートが慌てふためいていると、赤ちゃん魔人がノーズルンの方へ必死に腕を伸ばし始めた。
なるほど、ノーズルンに抱っこされるのがいいのか。
それもそうか。
起きたら知らない人に抱っこされているんだ。
驚いて泣くのも仕方ない。
「ノーズルン頼む。」
「仕方ないですね。」
赤ちゃん魔人をノーズルンに渡すと驚くほど表情が落ち着いていき、やがて泣き止む。
安心と同時に、少しノーズルンに嫉妬する。
俺よりノーズルンの方がいいのかよ。
まぁ。
今までノーズルンに育てられたんだろうけど、でも、でも、お前は俺の子でノーズルンはお前を殺そうとしたんだぞ。
解せぬ。
なぜ、化け物顔のノーズルンを見て安心するんだ。
顔だって俺の方が絶対にかわいいだろ。
一度抱っこしただけで、すっかり親の気分になったアスタロートなのであった。




