129. 帰省の夜
モコモッコ羊の綿を体に着けて遊んでいたことを必死に言い訳している無垢なアスタロートをいやらしい目で見ている自分がだんだんむなしく感じてきたリザリンはやっと、アスタロートから視線を逸らすことに成功する。
そして、親が子供をしつけるような口調で話し始める。
「ほら、そんなところにいつまでもいたら風を引いてしまう。こっちで火を焚いてやるからこっちに来い。」
そういうと、リザリンがいつも水浴び後に一服している石に腰を下ろし、その場で焚火を起こす。
てっきり、揶揄われると思っていたアスタロートはリザリンの意外な反応に不思議に思いながらもリザリンの後を追おうとするが、羽に水でぼとぼとになっているため、水気の対処をする。
そのまま上らずに翼を抱きしめ水を絞り、あらかた絞り終わったところで、翼を大きく広げて羽ばたかせまだ残っている水分を強引に吹き飛ばす。
生半可な力で羽ばたかせたのでは水が飛ばないため、全力で羽ばたかせる。
羽を羽ばたかせるということは、辛うじて体を隠せていた羽を自らどかしたということだ。
流石にリザリンに背は向けていたが、アスタロートのキュートでなぷりっとしたお尻があらわになる。
羽を乾かすために両膝をそろえて踏ん張り全力で羽ばたかせる。
その風圧で川は水しぶきが立ち、周囲の木々は鳴き、リザリンは鼻血を出した。
「おう。ホワイトピーチ。」
リザリンは、モコモッコ羊の綿が付いたカラスの翼の間に、幻の果実ホワイトピーチの幻影を見た。
本能に負けて、鼻の穴が広がるリザリン。
ボーっとアスタロートのことを眺めていたリザリンの頭に小石が当たり正気に戻る。
いかんいかん。
アスタロートを邪まな目で見るのはやめるんだ。
鼻血を止めるために木の枝を鼻の穴に突っ込む。
焚火を起こしていた枝木がすべて飛んで行ってしまった。
いつものリザリンならクリームケーキ砲の刑に処すところだが、相手は純粋無垢なアスタロート。
きっとわざとではないのだろう。
風が止み、アスタロートが服を着て戻ったころには、リザリンは再度焚火を起こして待っていた。
「っで、なんで、夜中に川で水浴びなんかをしていたんだ?」
リザリンが木の枝をたき火にくべながら聞く。
その視線は、たき火を見つめており、アスタロートの方を見ようとはしない。
いまあすタロートを見てしまうとまたホワイトピーチを思い出してアスタロートのことをいやらしい目で見てしまいそうだからだ。
邪念を払うかのようにたき火に枝をくべるリザリンは真剣そのものだ。
鼻血を止めるために木の枝を鼻に突っ込んでいなかったらもう少しかっこよく見えるのだが・・・。
「いや、綿がとれるかなって思って。」
アスタロートは少し気まずそうに今だに付いている綿を手でいじりながら答える。
ツチノッコンに綿をもらったから使ってみたら取れなくなったと聞いていたリザリンは夜中に町から少し離れた場所で隠れるように水浴びしていた理由が分かった。
「ブルァーッハッハッハッハ。なるほどな。どれ俺が取ってやろう。見せてみろ。」
「あぁ。無理矢理剥がそうとするなよ。羽根が抜けちまう。」
「あぁ。任せろ。」
アスタロートの羽根に触れようとして、手が止まるリザリン。
アスタロートの羽根は黒く艶があり綺麗だ。
それに、なんかいい匂いがする。
いいのか。
俺、触っていいのか?
いや、アスタロートがいいって言っているんだ。
これは綿を取るため、なにもやましい気持ちなどない。
震える手で丁寧に羽根に触れるリザリン。
アスタロートの羽根はひんやりしていて気持ちい。
「どうだ?取れそうか?」
「ブルァーッ!!急に話しかけるなよ。」
「すっすまん。」
「これは、樹脂になにかを混ぜて作った接着剤だな。この手の接着剤は暖めれば大体取れる。」
「おぉ。そうか。じゃぁ、よろしく頼む。」
「よろしく頼むったって、土魔法は得意だが火の魔法は苦手だぞ。」
「いいんだ。俺は火の魔法使えないし。すぐに取れるんだったら、リザリンにやって欲しいんだ。」
おっ俺にやって欲しい!・・・だと!!
おっ落ち着け、こいつとは友好の誓いを結んでいない。
惑わされるな、ただ単純に綿を取って欲しいだけだ。
決して、アスタロートが俺に好意を寄せているわけではない。
よし。
友好の誓いを結びたくなるような、頼りがいのある魔物っぽいところを見せるぞ。
「ふーー。任せろ。ホットボール。」
リザリンは魔法で熱湯を作り出す。
リザリンの手のひらに湯気がモクモクと経っている水球が現れる。
水球はリザリンの手のひらの動きに合わせて動く。
「へぇ。器用だな。」
「これを少しずつ綿に接着剤にかけて取っていくぞ。」
「分かった。よろしく頼む。」
バサリと羽根を伸ばし、リザリンが水を掛けやすいようにする。
「じゃぁ。いくぞ。」
ポタ。
ジュウゥゥゥ。
「アチィィィィ。」
水滴のあまりの熱さにアスタロートが飛び上がる。
「フーフー。熱すぎるだろ。」
熱湯を掛けられた場所をさすると、ポロリと綿が取れる。
「フフフ。な。取れただろ。」
「確かに取れたけど、熱すぎだよ。もう少し。ぬるくしてくれよ。」
「いや。駄目だ。このままいくぞ。」
「え、マジで。ちょ待って。」
ジュウゥゥゥ。
「アチィィィィ。」
「こら、暴れるな。次いくぞ。」
「まて、待ってくれ。これマジで熱い。」
暴れるアスタロートを手で押さえつけてお湯を掛けるリザリン。
嫌がる相手に無理矢理嫌がらせをする。
俺は今、ものすごく魔物らしいことをしている。
どうだ。アスタロートよ。
これがこの町でお前の次に強い魔物の実力だ。
その目でよく見ておくのだ。
「ふぅ、ふぅ。まだ皮膚がヒリヒリするぞ。」
「どうだ。全部取れただろ。」
リザリンが自慢げに言う。
「あぁ。そうだな。ありがとう。一応礼は言っておくよ。」
礼を言っていることだし、頼りがいがあるところと魔物っぽいところもアピール出来ただろう。
よし。これで、俺の評価も上がったな。
後は、飯でも一緒に食べてだな。
「よし。今日はここで―――」
「帰る。」
リザリンが飯の誘いを使用とすると、すくりと立って森の方へ歩いて行く。
「おい。急にどうしたんだよ。飯でも―――」
「着いてくるな。バカ。」
そうは吐き捨てるとアスタロートは森の中へ消えていった。
アスタロートはこの上なく怒っていたのだ。
なぜだ。
なぜ、こうなった。




