128. 帰省の夜
「いででで。あぁ。くそ取れねぇ。」
アスタロートは、フルーレティーの町の近くの小川でモコモッコ羊の綿を取るために悪戦苦闘していた。
日はもうすでに沈んでおり辺りは薄暗い。
綿を強引に掴んで引きはがそうとするが、髪や羽にくっつけた綿がはがれるよりも毛穴から羽や髪が抜けそうで取れる気配がまったくない。
あまりしたくはないし、効果があるか分からないが、一度川に入って濡らしてしまおう。
アスタロートは、今まで川や湖で水浴びをしたことはあるが、羽を濡らしたのは一度だけだ。
初めて体を洗うときに湖の中に全身で入ってすぐに後悔した。
水をはじきやすい羽根だが、水につかるとさすがに濡れる。
濡れた羽で水の中を動き回ることは至極困難で溺れかけたのだ。
それから、体を洗うときは濡れた布で体を拭いたり水に浸かる時も羽は濡らさないように細心の注意を払っている。
動きにくくなるし乾かすのが大変だから濡らしたくはないが、このまま領へかえってみんなにモコモッコ羊と揶揄われるくらいなら喜んで川にでもダイブするものだ。
ついでに水浴びもしていこう。
辺りは暗いし誰か来ても問題ないだろう。
どうせ見られても種族が違うし問題ないだろう。
アスタロートは服やおもおっも石を脱いで持ち運んでいたカバンと一緒に川岸に置く。
翼を大きく広げてゆっくり川の中に入る。
過去に溺れかけた経験から勢いよく入るのが怖いのだ。
辺りは暗く、足で足元を確認しながらゆっくり川に入っていく。
川底は大きな丸石が多く転がっており、ヌメヌメしていて滑りやすい。
右足を前に突き出し進行方向の河床を確認しながら進んでいくが、膝まで水に浸かったところで足が河床につかなくなった。
ここで、急に深くなっているのだろう。
右足で河床を探るようにして膝を曲げ片足でバランスを取りながら体を屈めていくが、底に到達しない。
あれ、まだ、底につかない、あっ。
バッシャーン。
滑ったと思ったときにはもう水の中にいた。
まずい。
羽が濡れた。
すぐに立ち上がろうと足を伸ばすが、足が地面につかない。
アスタロートは、仰向けに倒れ込んだため、いくら足を伸ばしても川底に平行に足が伸びるだけで川底には届かない。
足を伸ばせば川底に着くと思っていたアスタロートは、冷静さを欠き慌てふためく。
水深は腰くらいなのだが、冷静さを欠いた人間が溺れるには十分な水深だった。
何とか顔を水面から上に出そうとするが、羽が重すぎて身動きが取れない。
「アガ。アバババ。」
肺に水が入り込みもっと余裕がなくなり、冷静になれない。
アスタロートの体を浮かすだけの揚力を生み出す翼の面積は広く、水中で動かすには抵抗がかかりすぎるのだ。
必死に腕を動かす、腕はすぐに水面まで届くのだが、顔を継続して水面に出すことができない。
くそ。このままじゃ。
溺れ死ぬ。
頭の中に死がよぎった瞬間、両脇を誰かに抱えられて持ち上げられる。
バシャ。
「おい。お前大丈夫か?」
「ゲホッゲホ。あぁ。大丈夫です。助かりました。」
「ん?お前、ひょっとして、アスタロートか?」
「えっ?あっ、リザリン。」
振り返ると、リザリンがいた。
「ったく、お前、こんなところで何してるんだよ。フルーレティー様が、お前のことをずっと探していたぞ。」
「あぁ。それは、聞いている。」
水辺から上がって、アスタロートの上から下までなめるように見るリザリン。
アスタロートの翼は水を吸って、力なく地面に垂れ下がっており、絶妙にアスタロートのほどよい果実が隠されている。
どっひょぉぉぉ。この間も少し見えたがアスタロートの奴、健康的なナイスバディだな。
この前といい、今回といい、俺はついているぜ。
しかも俺の水浴びスポットにいたってことは、もしかしてもしかしちゃうのですか?
いや、落ち着け、クールになれリザリン。
友好の誓いを結んでいないではないか。
何事も順序がある。
欲望に忠実なオスは嫌われる。
紳士になれ。
まずは、体から目をそらすんだ。
鼻息を荒くするんじゃない。
これ以上直視すると流石に起こられるだろう。
だが、この吸引力はなんだ。
目が離せない。
くそ、なんの魔法だ。
当然、リザリンは魔法になどかかっておらず、ただ欲望に忠実な一匹のオスなのである。
リザリンに体を凝視されたアスタロートは、ただセクハラされていただけなのだが、種族が違うもの同士の恋愛感情はなく、前世でいうところの人がチンパンジーに向ける程度だと思っているアスタロートはリザリンの視線のとらえ方が違う。
しまった。
しっかりと見られてしまった。
まだ、変装用のモコモッコ羊の綿が取れていない。
変装用のモコモッコ羊の綿を見られたことで、変な勘違いをされたと思ったアスタロートは、体を隠すよりも先に変装の言い訳をし始めた。
「こっこの綿にはそこの川のように深いわけがあるんだ。」
怒られるかもしれないと覚悟を決めていたリザリンは、予想外の反応とその答えに笑う。
「ブルァーッハッハッハ。そこの川って腰くらいの水深しかねぇぞ。随分と浅いわけがあるんだな。」
リザリンに言われて今自分の立っている場所を見ると、まだ川の中で水深も腰くらいしかない。
「へっつ。あぁ。くそ。俺は、決してモコモッコ羊の亜人じゃないからな。」
「モコモッコ羊の亜人じゃない!?ん?あぁ。そういえば、なんでそんな綿体中に着けているんだよ。そのせいで、お前だって分からなかったんだぜ。」
おかしい。
今もなお不思議な魔力で体から目が離せないというのに、アスタロートは怒るどころか、違う話をし始めた。
そして、リザリンの中に一つの仮説が生まれる。
前回は背中に薬を塗っているときにほぼ半裸の姿を見たが、気にしていなかった。
そして今回は全裸の姿を見たが気にしていないのか?
もしかしてこいつ、心はまだ純粋無垢な子供のままなのか?
子供は無垢でまだ性別の違いからくる羞恥心など感じない。
こいつ、戦闘の実力も容姿も一級品なのに心まで純粋無垢だというのか!
守りたいこの無垢な心を。
変装をしていた理由を必死に話すアスタロートを前にリザリンはアスタロートの無垢な心を守ることを決めた。
「このモコモッコ羊の綿は、ツチノッコンから貰って仕方なくだな。そう。仕方なく、仕方なく体に着けたんだよ。」
アスタロートの言い訳を微笑ましく思いながら聞くリザリンであった。
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