127. アスタロートと少年とベンチ
「はぁ。」
何度目のため息だろうか。
ギシギシ。
勇者パーティーが去ってからアスタロートは木製のベンチに座って、ぼーっとしている。
手には、2枚の銀貨とノーズルンからの手紙だ。
一体この世界に俺は何をしに来たんだろうか?
勇者の仲間になって魔王を倒すという話だったが、勇者の仲間に成れないのであれば、もはや魔王を倒すなどの話ではない。
なんのために強くなろうとして筋トレしているのだか・・・。
フルーレティーの領もこの町も皆笑顔で明るく過ごしている。
戦時中の国のことは知らないけど、もっと雰囲気がどんよりと住民の気持ちが沈んでいるように思っていたが、この町はそんなことはなくむしろ平和だ。
北のほうでは、小競り合いが激しくなっていると言っていたが、実は案外すぐ仲直りして、この町の人と亜人のように、魔人とも案外上手くやっていけるのではないだろうか。
そう思うと、わざわざ魔王を倒さなくても言いように思える。
目の前には、子供達がレンガ調の地面に冒険王カードを並べて開封し終わったようだ。
1人は人間で、もう1人は毛も耳の亜人だ。
昨日までいがみ合っていた人と亜人だが、子供達はそんなことが元々なかったかのように一緒に遊んでいる。
「あぁ。またこのカードかよ。かぶったよ。」
「なにが出たんだ?」
「反逆のバードマン。5枚目だよ。」
「あぁ。俺も3枚は持っているよ。」
「レアカードで絵師がツヨシだから人気あるんだけどなぁ。流石に5枚もいらないわ。」
「あっ。おい、どこ行くんだよ。」
「モコモッコ羊のおねぇさんにあげてくる。」
「ばか。そっとしておけよ。盛大に振られてたじゃないか。あっ、絡まれても知らないからな。」
アスタロートの元に人間の男の子が1人やってくる。
「おねぇさん。残念だったね。きっともっといい男の人が見つかるよ。これとこれあげるから元気出して。」
すっと、2枚のカードをアスタロートに渡して、引き返していく。
「おい。あんまり知らない人に声かけるなよな。」
「ごめんごめん。開封終わったし帰ろっか。」
「いいのか。2枚もあげていただろ。もう一枚はなんなんだ?」
「アハハ。今は秘密。さぁ、早くいこう。」
「おっ。おい、待ってくれよ。」
男の子達は、地面に広げていたカードを急いで回収して走り去って行った。
あの子供達は、アスタロート達がやってくる前からここで遊んでいた。
つまりあの子供達は、アスタロートがホムラに振られる一部始終を見ていたのだろう。
振られて、落ち込んでいると思われたのだろう。
きっといい男が見つかるよだって!?
違う、違うんだよ。
「振られて落ち込んでたんじゃないからな!」
「ひぃ。おねぇさんが、怒った。逃げろ。」
「お前、何のカード渡したんだよ。」
少年達が去ってこの広場にアスタロート1人だけになった。
「ハァ。」
これからどうしようかな。
少なくともこの町とフルーレティーの町は平和に思える。
本当に魔王を倒す必要があるのかも分からなくなってくる。
魔王も一度見たが、そこまで危険な思想を持っているようにも思わなかった。
もう一度ベンチに腰掛け、これからのことを考える。
ギシギシギシギシ。
座り直すとベンチが軋む。
おもおっも石で強化されたアスタロートの体重はベンチにかつてない負荷を与える。
フルーレティーに呼ばれているようだが、すべてどうでも良くなっていく。
このまま、この町でぐうたら過ごすのも悪くない。
この世界に来たのは、勇者の仲間になるために来たのだ。
勇者の紋章が現れなかったということは、勇者の仲間になれないのだろう。
神様が勇者の仲間になるようにと言っていたが、理論的に成れないことを説明されればどうしようもない。
正直何かの間違いじゃないかと思いたいが、そんな可能性は低いだろう。
あーあ。
これからどうしようかな。
だらしなくベンチにもたれかかる。
ギシギシ、ビシ。
ベンチは悲鳴を上げているが、アスタロートもまた悲鳴を上げたい気持ちで、そんなことに気付く余裕はない。
先ほど少年にもらったカードを見ると、一枚はモコモッコ羊の群れが描かれている。
どういった効果のカードか知らないが、モコモッコ羊の亜人にモコモッコ羊のカードを渡すということは、からかわれているのだろう。
やっぱり、この町でぐうたらするのはやめよう。
なんかむかつく。
もう1枚のカードを見ると、フルーレティーが描かれていた。
カードの縁はシルバーで高級感のある仕上がりになっている。
カードの名前が読めないのが残念だが、フルーレティーで間違いないだろう。
流石フルーレティーというべきか、知将レベルになると隣国のカードのキャラクターにもなるようだ。
あぁ。やっぱりかわいいな。
ノーズルンからもらった手紙をもう一度見る。
内容は分かるが、文字の読めないアスタロートにはやはりなんて書いてあるか分からないが、文字が汚いことだけは分かる。
寝落ち寸前の人が書いて文字みたいだ。
ノーズルンの細い腕で一生懸命書いてくれたのだろう。
東国を出てそれほど経っていないが、もう随分帰っていないように感じる。
ノーズルンやバクバク、リザリンを思い出すとふざけた奴らだが、みんなに会いたくなってくる。
はぁ。
帰るか。
西国に。
勇者の仲間のことは、考えても答えは出ない。
とりあえず、そのことは念頭に置きつつ東国で過ごそう。
この町にいても子供達にからかわれるような気がする。
実際に初日には襲われたし、今だってからかわれた。
ここで過ごすより、フルーレティーの領で過ごす方が楽しいだろう。
そうと決めたら早く帰ろう。
まだ、お昼前くらいだ。
今から急いで飛んで帰ったら夜には着くだろう。
ベンチの上で大きく伸びをして、気持ちを切り替える。
「ん~~~。」
ギシギシギシ。
バキ。
限界を迎えた木製の椅子は、アスタロートの体重を支えられずに壊れる。
伸びをしていたアスタロートはそのまま後頭部から後ろにひっくり返るようにして転けた。
「いってぇ~。」




