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117. 将軍バッタ

「簡単に追いついたけど、数が多いわね。気持ち悪いわ。」


「あぁ、それに町の方へ向かっているな。」


「匂いキッツ。」


将軍バッタを追って町に向かって走り始めると、すぐに群れの最後尾に追いついた。


近づくにつれ匂いがきつくなりアスタロートは顔をしかめる。


「シープートさん、大丈夫?」


「気にせず本能のまま行動してもいいぞ。」


「ふー、いえ、大丈夫です。」


追いついてすぐ、アスタロートは将軍バッタが放つ匂いに悩まされることになる。


将軍バッタの匂いは、マタタビを与えられた猫以上に捕食本能を刺激され飛びついていく。


亜人達がこの匂いに耐えられることが至極困難なことだが、具体的に知らないアスタロートは必死に耐える。


トレントと戦っていたときからこの臨時パーティーの司令塔はガイモンで定着しつつあり、シキとアスタロートはガイモンからの指示を待つ。


アスタロートは鼻をつまみながら走るが、匂いを完全に断つことは出来ない。


「町にたどり着くまでに、群れを全滅させることは無理だろう。進行方向を変えるぞ。」


「どうやって、帰るのよ。」


「うっ、ふーー。」


ガイモンは、将軍バッタの群れをすべて倒すことは不可能であると判断し、将軍バッタの進行方向を変えるための戦略を考える。


群れの先頭に追いつくためには、群れの中を突っ切るか迂回するかだ。


群れの中を突っ切るのは難しい。


先ほど群れが通過した時の密度が多くそう簡単に突破できそうにない。


ならば、回り込むしかない。


「右から回り込み、先頭集団を右斜め前方から攻撃、右から圧力をかけて左へ針路をそらす。」


「分かったわ。右ね。」


「うっす。ゴクリ。」


アスタロートは、鼻をつまんでもあまり効果がないことに気づき諦めて走る。


じゅるり。


匂いを感じないように口呼吸をするも、口からよだれが大量に出てくる。


将軍バッタの行き先を変更させるために立ち回るということは、当然将軍バッタに近づくと言うことであり、将軍バッタの香ばしい匂いがアスタロートを刺激し続ける。


先ほど、バッタが通り過ぎる時間だけでも、耐えがたかったのに、ずっと後ろを付いて走る行為は、アスタロートにとって、終わりのないマラソンのようですぐに限界が来たのだ。


まだ、少し離れたところを走っているのにこの匂い、理性が飛びそうだ。


今のアスタロートは、酒に酔ったように思考がクリアになっておらず、徐々にアスタロートの理性をむしばんでいった。







右の方へ走り始めて、すぐに将軍バッタの群れの異常さに気付く。


「ガイモン。随分走ったと思うんだけどまだ端が見えないわ。」


3人は回り込むために、端を目指すが見当たらない。


「くそ。俺もこんな群れは見たことがない。」


ガイモンの実家は、農家兼大地主であり、土地貸しと農業の収益で生計を立てており、将軍バッタの知識はそれなりにある。


亜人が将軍バッタの匂いに当てられてどうなるかも詳しいのは、実家での経験があるからだ。


農業の害虫として、トップレベルでやっかいな害虫が将軍バッタであり、最悪育てている穀物が食べ尽くされることもある。


年によって数が多い年と少ない年があり、その中でも今年は穀物が食べ尽くされる可能性がある大外れ年なのだ。


「ねぇ。どうするの?このままじゃ、町に着いちゃうわよ。」


「ごっ、ごっ・・・。」


「分かってる。シキ、シープートさん。ここから、左前方に切り込んでいく、ここより左側の群れを右後方から圧力をかけ左へ進路を変えさせる。右側は諦める。今は考えるな。」


完全に町の被害を絶つことが出来ないと判断したガイモンは、被害を減らすべく今できる的確な指示を出す。


「分かったわ。」


「ごはん!いただきます。」


将軍バッタの匂いに当てられた、アスタロートはほとんど正気を失っていた。


ガイモンの言葉を正確に聞き取ったアスタロートは、きちんとオーラを纏い攻撃の準備に入るが、発した言葉は本能に負けており、食事の前の挨拶をする。


「えぇ。なんて?」


いただきますの文化がない異世界人に、アスタロートが発した意味は伝わらない。


「シキ。好きにさせておけ。本能に任せて動いてもらった方が効果的だ。シープートさん、俺たちに構わず好きに動いてくれ。」


聞き慣れない言葉にシキが反応するが、シキよりも知識が豊富なガイモンはすぐにアスタロートの状況を察する。


「ちょ、シープートさん!?」


「あうぅぅ。」


察せなかったシキは、アスタロートを一目見て驚く。


アスタロートは、口を開け、舌を出し、よだれを垂れ流しながら走っている。


今のアスタロートに知性は感じられない。


将軍バッタの匂いに気が狂った亜人を見るのが初めてなシキは驚くが、アスタロートはまだましな方だ。


本当に理性をなくした亜人はただ本能のままに動く獣と化す。


アスタロート自身も自分が何を発したのかも判断がつかないほど正気を失っているが、自分がシープートとしてこの場にいることと、バッタを食べてはいけないことは理解している。


それ以外のことに意識をさくことは困難で、よだれを垂れ流しながら辛うじて聞き取れたガイモンの命令を遂行するように走り出す。


「いただきまーーーす!!」


アスタロートは、頂きますと叫びながら、咆哮する。


その咆哮は、冷気の魔法を纏った範囲攻撃として、目の前を飛んでいる多数のバッタを倒し、左前方のバッタを倒しながら突き進んでいく。


「よし。いいぞ。シープートさん。そのままいけ。」


「えぇ!?いいのガイモン?」


「将軍バッタの匂いに当てられた亜人は大体ああなる。シープートさんはまだ大人しい方だ。このまま、暴れてもらった方がいい。ひどいと意思疎通が図れなくなる。」


「今も十分はかれてなさそうだけど!」


「いただきまーーーす!!」


アスタロートは、第二第三の攻撃を繰り出す。


「いや、こっちの意図を理解して動いてくれている。ほら、将軍バッタを食べずに数を減らすように動いている。普通は、捕食本能に従うはずだ。本能にあらがう素晴らしい精神力だ。」


「あたしには、そうは見えないけど・・・。」


「ガウワウワーーーー!!」


「シープートさんに続くぞ。スプリング ブリーズ」


「はいはい。分かったわ。レインアロー。」







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