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116. 将軍バッタ

トレントを吹き飛ばした森の奥から現れたのは前世とほとんど見た目の変わらない、ほんの少し大きなバッタだったが、数が多い。


「うわっ。」

「きゃ。」

「・・・・。」


どこからともなく現れた大量のバッタはトレントとの戦闘が終わり、移動し始めたようだ。


3人はバッタの群れに包まれる。


はじめは、異常発生したバッタの群れ程度で、多いがまだ理解の範疇を超えていなかったが、次第に数を増していき、バッタの嵐で数メートル先が見えないほどになった。


2人は顔を伏せ、体を小さくしてバッタが通り過ぎていくのをただ耐えているが、アスタロートは呆然とバッタの群れを見つめている。


数は多いが、幸い襲われることなく通り過ぎていくだけで、顔を伏せなくても支障はない、頻繁に体に小休止した手のひらサイズのバッタがまた飛んでいくくらいだ。


意味が分からない。


何なんだこのバッタから香る匂い。


呆然と見つめていたアスタロートはふと自分の目の前の地面に止まったバッタを捕まえ、まじまじと見る。


なんで、なんでこんなにおいしそうな匂いがするんだ。


体がむずむずしており、今すぐにでも駆けだして小躍りしたい気分でいる自分に困惑する。


まるで、クリスマスにお菓子の詰め合わせセットをもらった子供のようにはしゃぎたくなる自分を必死にこらえる。


この匂いが、いけないんだ。


香ばしい焼き菓子の匂いがする。


目をつぶって、匂いを嗅ぐと焼きたてのバタークッキーが目の前にあるようだ。


そして、周囲を飛ぶ多数のバッタの羽ばたき音は、お菓子の国へ迷い込んだアスタロートを歓迎するお菓子の音楽に聞こえる。


この世界に来てからろくなご飯を食べていないアスタロートにとって、この匂いは殺人的だった。


手に取ったバッタの匂いを直接嗅ぐと、口の中に唾液があふれてくる。


ハッ!!!


気がつくと、バッタを口に入れようとしている自分がいた。


いかんいかん。何を考えているんだ俺は、これはバッタだぞ。


クッキーじゃない。


アスタロートの手に持っているバッタは群れと一緒に移動しようと足を動かして飛ぼうとしており、その衝撃がアスタロートの手に微かに伝わる。


クッキーはこんなにも動かない。


でも、匂いは・・・。


匂いを嗅いでしまうと、目に見えているバッタも足が生えているクッキーに見えてくる。


クソ。こいつ魔物か、幻覚が見える。


勿論、将軍バッタはただの昆虫で魔物ではない。


将軍バッタは、この世界では限りなく植物に近い昆虫といわれており、飢餓の際は光合成で生き延びる性質を持っており、餓死しない昆虫である。


そして、将軍バッタが植物に近いと言われている決定的な証拠は、草食系の亜人や動物がこのバッタを植物として好んで食べるのだ。


アスタロートは、草食系の亜人ではないが、亜人としての本能が食欲を刺激するのだ。


食べたい。食べたいぞ。


ぎゅるるる。


体は正直でお腹が鳴る。


だが、理性がアスタロートの文明人としての理性が、バッタを生で食べることを拒否している。


前世でも蜂やイナゴを食べる習慣がある地域はあるし、昆虫食という言葉もある。


食わず嫌いするのも良くない。


理性が負けそうになった時、バッタの群れが通り過ぎていった。


「あっ・・・。」


アスタロートは、右腕を前に突きだして、名残惜しそうに将軍バッタが通り過ぎていった方を見つめる。


危うく負けそうになった理性の逃げ切り勝ちである。


「凄い数だったな。シープートさん大丈夫ですか?」


「いや、大丈夫じゃないな。良く理性を保ったな。」


「ふぇぇ。私は大丈夫れすよ。」


喋って見て気付くが、よだれが滝のように口から流れている。


足下を見ると小さな水たまりが出来ている。


自分が盛大によだれをダバダバとナイアガラの滝のように流していることに気付いて、急いでよだれを拭き、小さな水たまりに砂をかける。


もうバレているので、遅いのだが、自分の失態を少しでも隠したかったのだ。


「いや。気にするな、草食系の亜人はそういう生き物だからな。むしろよくこらえてくれたよ。」


「ふーん。話には聞いていたけどこうなるのね。ここまでひどい症状は初めて見たわ。」


「いや。まだ、ましな方だぞ。将軍バッタの群れを目の前に理性を保てる亜人達は少ない。」


ガイモンの話で、やっと合点がいった。


さっきの異様なほどバッタがおいしそうに見えたのは、亜人達の生態的特徴がそのように出来ていると考えると納得できる。


将軍バッタと亜人の生態どうなっているのか分からないが、自身もまた亜人の特徴を引き継いでいるみたいだ。


アスタロート自身は何の動物の混血か知らないが、鳥は雑食のため純粋な草食系亜人ではないはずだが、気が狂いそうになるほどのバッタの匂いは香ばしいかった。


純粋な草食系亜人は一体どうなるのだろうか。


「それにしてもまずいな。将軍バッタが飛んでいった方向に町がある。」


「別に、大丈夫でしょ。将軍バッタは群れの一定割合が死ぬと大移動を開始して、環境が変わるところまで移動する。もし森を抜けた町に住み着いても、いつも通り、あっ!」


「分かったようだな。そうだ。いつもバッタの駆除を率先して引き受けていた亜人達は今町にいない。そして、将軍バッタの撃退が遅れれば、町の穀物が食べ尽くされるぞ。」


「でも、穀物に被害があったときは、いつもモコ・・・肉を食べて過ごしていたじゃない。」


モコモッコ羊と言いかけてアスタロートをチラリと見て言い直すシキ。


いや、別に気にしていないけど。


「だが、今は例の騒動でその肉も手に入りずらい。もし、町の穀物がやられたら飢饉になるかも知れない。急いで、待ちに帰るぞ。」


「えぇ。分かったわ。疲れているけど、ご飯が食べられなくなるのは嫌だからね。もう一働きするわ。シープートさんは、きつかったらゆっくり帰ってきていいわよ。」


「いや。私も付いていくよ。」


町の危機と聞いてそのまま放置するわけにもいかないだろう。






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