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着物と私と裁判所

作者: **MASA**

どうしてこうなったんだろう。

私は裁判所の前で考えていた。




はじめは些細なことだった。

褒められてうれしい。

私を認めてくれる。

そんな、ささやかな幸福だったはずだ。



私はどこにでもいる普通の女だった。

着るものに困らず、食べるものに困らず、かといって何でも望みが叶うような贅沢は出来ない。

子供のときは、親に駄々をこねておこずかいを貰って喜び、

学生のときは、友達とだらだら過ごす時間が楽しかった。

大人になってからは、なんとなく男の人と付き合い、なんとなく結婚した。

田舎だったので、結婚相手は農家だった。

日の出から日が暮れるまで畑で働き、大根を育てた。

天候に左右されることもあったが、新鮮な大根は美味しかった。

子供は2人産まれた。

いじめにあうこともなく、普通に成長した。

子供が高校生になったころ、私に転機が訪れた。


彼女と出会ったのだ。


農家で付き合いのある人に頼まれた。

付き合いで、どうしても誰かを連れていかないといけない。

そんなよくある言葉で私はいい気になってしまった。

代り映えのない毎日、子供は反抗期で言うことを聞かない。

夫は近所のスナックに入り浸り。

夫の両親からは要領が悪いと見下され、

あなたにしか頼めない、そんな言葉が心地よかった。


電車で1時間かけて、若いころに友達と行った町、私の住んでいるところからすると都会、に行った。

普段着でいいからと言われて連れていかれた場所は、大きなホールだった。

いくつかブースで仕切られていたが、宝石、掛け軸、絵画、骨董品など色々な物が展示されていた。

そんな中で私が連れていかれたのは、着物のブースだった。

私とさほど変わらない年齢の小綺麗な人がいた。

少し自己紹介をして、それから世間話に花が咲いた。

彼女は、私の話を上手に聞いた。

最近は誰も相手にしてくれない私の話を、彼女は嬉しそうに相槌を打ってくれた。

2時間くらい話をして、その日は連絡先を交換して帰った。

頼んだ人からも感謝され、行って良かったと思った。


次に連絡があったのは、半月くらい経ってからだった。

彼女から連絡がきた。

同じ町だが、少し場所を変えて、また展示会をするそうだ。

またあなたの話が聞きたい、と言われて嬉しかった。

展示会の期間は1週間あるので、1日だけで構わないから、人がいると他の人も入りやすいから、色々言われた。

畑も手の掛からない時期だった。

1日だけ、そんな約束で、また彼女に会った。

早い時間から行ってお昼頃には帰ろう、そう思っていた。

彼女は、前と変わらず、小綺麗だった。

私も前より少し見映えの良い服を着て行った。そんな私の変化を、彼女は誉めてくれた。わざとらしくなく、今日の服の方が良く似合うと。この人はわかってくれる、そんなふうに思った。

あっという間にお昼になった。

近くに美味しいお店があると言われ、ついていった。わざわざ来てくれてありがとう、と言われ、ご馳走になった。

お昼からは、着物を見せてもらった。

私にはよくわからなかったが、あなたの肌にはこの色が映える、日本人らしい体形なので着物がよく似合う、この着物の色だと小物はこれがいい、そんな風に時間が過ぎていった。

色々良くしてもらって申し訳ない気持ちがあったので、何か安いものがあれば買おうかと尋ねたが、彼女は、今は大丈夫、でも締め日までに売り上げが無かったらお願いするかも、と屈託のない笑顔で言った。


それからも彼女との交流は続き、私は数千円の小物を何点か購入した。

彼女との時間は私に自尊心を取り戻してくれた。


始めて彼女に会ってから1年が過ぎたころ、私は初めて着物を購入した。

いい女はいい着物を持つことでより輝くことが出来る。

彼女にすっかり気を許していた私は、その言葉にそのとおりだと思った。

毎月2万円の60回払い。

私の自由になるお金ではぎりぎりだったが、私が自分に自信を持つために必要な経費だと考えた。

着物は大事にしまって、誰もいないときに眺めて、自分が彼女のように輝いている姿を想像した。


それからしばらくして、彼女から頼まれた。

どうしても売り上げが足りないので、着物を買ったことにして欲しい。

買ったことにして欲しい、とはどういうことだろう。

私が買うのではないのだろうか。

よくよく話を聞いてみると、こういう話だった。

私が着物を買う契約をしてその代金は彼女が払うと。

私に不利益はないか心配になって彼女に尋ねた。

彼女は絶対に迷惑はかけない、あなたにした頼めない。

全額は無理だが、ある程度まとまったお金を預ける。

そう言われて80万円の着物を買った。毎月のお金は引き落としの前に彼女から振り込まれることになった。預かったお金は20万円だった。

少し不安だったが、3ヶ月も振込が続けば、少し安心できた。


その翌月、また彼女から頼まれた。

世間はなんたらショックで景気が悪かった。

着物は贅沢品なので、売り上げは景気に左右される、そう言われた。

前回の分も含めてまだ150万円以上の支払いが残っていた。

私には収入がないので、無理だと断った。

クレジット会社が契約を認めるわけがない、そう思っていた。絶対に無理だと。

彼女は、もし契約が通ったらお願いしたいと半ば土下座のような姿勢で言った。

私はいい気になった。あれだけ輝いていた彼女が私に頭を下げている。私は彼女より輝いている気がした。

結果としては、なぜか契約出来てしまった。

今度の着物は200万円だった。彼女から預かったお金は10万円だった。

今は手持ちがないが、今回の売り上げで少ししたら50万円は渡せる。

そう言われて家路についた。

200万円の着物の最初の支払日がきた。

彼女からの振り込みはなかった。


彼女とはそれきり連絡が取れなくなった。

電話は解約されており、聞いていた住所には別人が住んでいた。

紹介してくれた人にも連絡を取ってもらったが、ダメだった。


その時に初めて、私は騙されたことに気が付いた。


目の前が真っ暗になった。


120万円の買い物(それでも高額だが)のつもりが300万円以上になってしまった。

彼女からの振り込みがなくなったので預かった30万円がなくなった後は、支払いが出来なくなった。

残高不足で引き落としが出来ないとクレジット会社から支払いをするように手紙が届いた。

ショッピングモールで以前に作った、他の会社のクレジットカードで支払いをした。

限度額の50万円は数ヶ月でいっぱいになった。

別のクレジットカードを作って払おう、そう思った。

ダメだった。審査が通らないと言われた。

仕方がないので、着物を古物商に持って行った。

300万円以上で買ったのだ。少なくとも100万円にはなるだろう。そう思っていた。

1着1万円、そう言われた。

300万円以上払った3着の着物が3万円。

着物は売れないから、そう言われた。



誰にも相談出来なかった。


どうしたらいい?


どうしたらいい?


誰かたすけて。


ラジオから無料相談という言葉が聞こえた。

私はすぐに弁護士に相談した。

破産しかないですね、弁護士は顔色を変えずに言った。

誰にも知られずに出来ますか、そう聞いた私に、弁護士は大丈夫と一言。

色々書類を集めるのは大変だったが、クレジット会社からの督促がなくなったのは本当に助かった。

最後に裁判官と面談すれば終わりです、と弁護士は言った。

そして、私は裁判所に向かった。

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