その7
俺と西澤(田沼)はこの時間には人気のない校舎のゴミ捨て場へと来ていた。
「なあ、お前西澤だろ? どうよ田沼の身体は」
「そっちこそ田沼だろ? 好きにやってくれてるじゃん」
「はははッ! マジで入れ替わるなんて思ってもみなかったぜ、悔しだろお前? 勝ち組から負け組に転落ってなぁ!」
「いや全然」
否定すると西澤の姿をした田沼は「は?」と不機嫌な声を出す。
「なあ、人の人生奪って他人の身体乗っ取って嬉しいか? ああ、嬉しいんだろうなぁ」
そう言うと睨まれる。 自分に睨まれるというのもなんだか変な感じだ、でも自分だったから睨まれてもちっとも怖くない。
「何が言いたい?」
「いや別に、俺の身体調子いいか?」
「最高だな、女は好きにし放題、おまけに運動神経もいい、家もなかなか裕福だ、なんの文句もない。 お前は残念だったなぁ」
俺に勝ち誇ったようにニタァと笑う。
でもな田沼、お前がこんな手段を使って身体を交換したクソ野郎なんだとしても俺だって大概なんだってのをお前はわかってない。
「残念がることないよ田沼、俺はこの現状に満足してるから」
「なんだと?」
「なんかここ最近ずっと満たされることとかなくてさ、いろいろとやる気なくしてたんだ。 ところがそこにきてお前が入れ替わりなんてしてくれたもんだから俺は今最高に楽しい」
「はッ! 強がり言うのもいい加減にしろよ、その身体で満足? みんなからクズ扱いされて満足なわけないだろ!」
「お前の価値観と俺の価値観じゃ全然違うからわかるわけないよな」
俺が満足そうに微笑むとイラッときたのか田沼は俺の襟首に手を掛ける。
「みんなの気持ちがわかるぜ、そのツラ見てると殴りたくなってくる」
「元はお前の顔だろ、ついこの間まで底辺だったんだ、無理すんなって」
小馬鹿にしたように言ってやると頬に鈍痛が走る。
「弱ッ! つーか俺が強えんだわ」
「俺の身体がだろ、安い挑発にのりやすい奴だな」
まぁ田沼が殴られて頬を腫らして授業受けても教師も誰も気にしないんだけどな。
「絶対身体を元に戻してやらねぇ」
「サンキュー、こっちからも願い下げさせてもらうわ。 さて、お前がやっぱり田沼だってことわかったし俺はもう気が済んだし教室に戻るわ」
そうさ、仮にお前が少しでも後悔とか覚える必要はない。 俺は俺で親やこれまでの人間関係がリセットなるってのに悲観しちゃいない冷血野郎なんだから。
そしてその日も授業が終わると俺は帰りの支度を始める。
「ねぇ、それ大丈夫?」
「え?」
広瀬が頬を指差す。
「ああ、別になんともない」
「あんたが殴られるなんて珍しいことでもないけどそれでもめげないのは尊敬するわ」
「なんだそりゃ、バカにしてんだろ」
「それって西澤がやったん?」
「西澤を疑うのか?」
「別に…… 疑うとかそういうんじゃないけど」
西澤の名前を出した途端歯切れが悪くなるとかお前も無理すんなよ、そう思って俺は家に帰った。
西澤(田沼)のお陰で三馬鹿に絡まれなかったしあいつには感謝しかないな。
「さて今日からこのたるんだ体の肉体改造するか」
それから田沼のきっと不健全だったであろう生活はキッパリと辞めて1ヶ月経つとなんだか体の調子が良くなってきたような気がしたある日の朝。
「どうしたのあんた? 急にまともになり出して」
「息子がまともになったってのにそんな怪訝な顔しなくてもいいじゃん?」
「まぁ嬉しい限りだけど……」
田沼母は一呼吸置いて俺に訊いた。
「あんたって学校でいじめられてるんじゃないの?」
そんなこと、母親ならもっと前に勇気を出して訊くべきだろうに。 田沼の高校以前は知らんが多分それより前からこいつはいじめられてきたはずだ。
「そうだよ、知ってただろ? 生傷絶えないもんな。 気付かない方がどうかしてる、でも悲観しなくていいよ、俺変わるからさ」
「あんた…… 本当に誠司?」
「変わるって言ったろ?」
バイトでもして家計を支えられたらいいが生憎うちの学校はバイト禁止だからな。
「おいクソ田沼!」
学校に着くと三馬鹿が待ち構えていた。
「お前らも飽きないな」
「てめぇ最近ちょっとすばしっこくなったからって調子乗んなよ」
「バーカ、お前らの相手してやってんのに調子に乗るなはお前らだ」
「おいコラ!!」
案の定追い掛けてきた、これも運動にちょうどいい。 先月まではゼェゼェ疲れてたのに今では余裕だ。
「くそッ…… あの野郎」
「はははッ、運動不足じゃねぇの?」
三馬鹿を引き離して教室に着いた。 田沼の身体も鍛えれば結構やるじゃないか、それとも元々は逃げ足は早いのか?
「今日はぶっち切ったの?」
「まぁそんなとこ」
席に着くと広瀬は頬に手を当てて俺に話し掛ける。
「田沼のくせに最近どうしたの?」
広瀬の友人…… 柳原 百合だったな、少しは一目置いたみたいだ。
「なんか顔も少し引き締まってきたんじゃない、どうして最近の田沼はそんなやる気に満ちてるの?」
「さあな」
「つーかさ、あんたみたいな陰キャが何か勘違いして陽キャの仲間入りしようとしてたら更に鬱陶しがられるだけなんだからね?」
そんなのわかってるっての。
「そんなつもりないし」
「百合にはそう見えるんだ? ぷぷッ」
「ちょッ!? 何それあかり!」
2人の言うことを流し続けていると急に西澤の話題になった。
「そういえばさ、最近西澤ってあんま評判良くないよね。 聞いたあかり?」
「え? あー、なんかヤリモクで何人も女子口説いてるとかって」
「しかもそれが露骨なんだって、いくらイケメンでももうちょっとスマートに誘えないのかな? てかそんな飢えてんのかな?」
「ということみたいですが同じ男として田沼はどう思いますか〜?」
「あかり正気? こいつは同じ男でもゴキブリと宝石くらいの差があるんだけど」
俺はゴキブリか?
「あはは、例えエグいなぁ百合は。 もう少しあるでしょ〜」
と、広瀬は俺の顔を覗き込んだ。
「え?! ちょっと顔近いってあかり!」
「はは〜ッ、ビックリした? ね、ね?!」
柳原の困惑した顔を見て広瀬は無邪気に喜んでいた。