その31
「クスクスッ。 この机さ、窓から落としてやらね? ビックリしちゃうんじゃなぁ〜い?」
広瀬達がまだ来てない朝から何やら物騒なことしようとしてるな、まぁ俺の机じゃなく広瀬の机だからいいか。 俺はあいつの味方じゃない。
「田沼ぁ〜、あんたの好きなあかりの机投げちゃおうってのにダンマリ決め込むなんてやっぱ最低だね」
「ああ、別に俺あいつと友達なつもりないし好きにすれば?」
「あ、そう。 あははッ、こんな精々するなら西澤が付いてるからって調子こいてたゆいにもしてあげたかったわよねぇ」
「…… おい」
五木の名を出された俺はその女子の肩に手を掛けていた。
「はあ?! 触んなしキモいッ!!」
「このクソ田沼! なんなのいきなり?」
何やってんだ俺は? 五木なんて今更どうでもいいだろうに。
「やっぱ気が変わった、その机こっちに戻せ」
「はッ?! やっぱあんたらできてんの? ちょっと男子!」
相手が俺だと男子は俄然やる気を出す。
「おい田沼、お前みたいなクズが出しゃばんなよ」
「ついこの間までいじめられっ子だったくせに… ブッ?!!」
「ああ悪い、田沼は陰キャだから情緒がおかしんだ。 それに引っ張られちまった」
俺に絡んできた奴の鼻に軽い裏拳をお見舞いするともう1人は怯んだ。
「そういえば俺が鍛えてるのは暴力振るうためなんじゃないかって誰か言ってたよな、それ大体合ってるわ」
「え?」
「叩くだけで解決出来る問題があるなら叩かないわけないよなって話だ」
西澤の時異様に女にモテてしまいこういう目にも遭ったことがある、状況は違うが田沼は逆パターンだけど少し似ている。 だから余計な文句がある奴は鉄拳制裁すると昔から決めていた。
◇◇◇
「ゆい、今日は学校に行くのね?」
「うん、もう大丈夫だから」
足取りは重い、けどいつまでも落ち込んでいても何も良いことない。 西澤に助けてもらう前に戻った気分だ。
「ゆいって髪染めてんの?」
「ううん、地毛が茶色いみたいで」
「え〜、いいなぁ。 染めてるみたいに綺麗だね」
「ゆいって美人だよねぇ羨ましい」
「絶対モテるでしょ〜?」
最初はチヤホヤされていてあたしも嬉しかった。 けど思春期が来て中学になるとだんだんとあたしを取り巻く環境は変わっていった。
「あ、西澤〜ッ!」
西澤要、小学生の時から凄くかっこよくて女子達がよく西澤の噂をしていた。 「ゆいなら西澤でもいけるんじゃない?」とか言われたことも何度かあるけどあたし的には同級生以上の目では見ていなかった。 だってその頃になると同じ女子が怖かったから。
陰口や陰湿ないじめの対象がどうかイヤでも目立つ自分にはなりませんようにとひたすら周りと話を合わせてきた。
そんなあたしの願望とは裏腹に当時人気だった先輩に告白されてしまう。
「ごめんなさい」
誠心誠意波風が立たないように断ったつもりだった。 でもどうとでも解釈されるんだから正解なんてなかったのかもしれない。
あたしはいじめの対象になってしまった。 女子数人に押さえ付けられて髪も切られた、着替えようと思ったら制服がゴミ箱に捨てられていた、他にもいろんな嫌がらせをされた。 辛くて泣いた、悔しくて泣いた、誰かに助けてもらいたかった。
そんな時一瞬で状況が変わった、西澤があたしを助けてくれたから。 面白いくらいそれまでのことがなかったかのことのように終わる。 白々しい謝罪で終わるのは複雑な気分だったけど辛いいじめが終わったんだ。
今思えばきっと深い意味もなくてその時の西澤にとって不快だっただけなんだろう。 でもあたしはそれをキッカケに西澤を好きになった、あたしの時間全部が西澤を考えることで埋め尽くされたくらいに。
けれどあたしが最終的に知ったのは西澤にとってあたしはどうでもいい存在どころか酷くウザい存在だったってこと。
もう西澤のこと忘れよう。 休んでる期間に何度もそう思ったけどそんな潔くいきなり忘れるなんてあたしには出来そうにない。
西澤が田沼だったってことにも大きなショックを受けて田沼が西澤なんてありえないくらいおかしなことになっているんだもの。 西澤には戻りたくない、西澤自身がそう言ったのもショックだった。
あたしがいじめられて嫌になったのと同じく西澤も何か戻りたくないほど嫌なことがあったんだ。 あたしは西澤のそんな心にさえ気付かないバカ女。 はぁ〜、学校行きたくないな。
とは言いつつも学校に着くと階段の方に女子グループが溜まっていた。 しかもあたしの嫌いなグループだ。
「あ、ゆいじゃん。 しばらく休んでたみたいだったけど大丈夫? 噂じゃあの田沼に何かされたとか」
「あはは、田沼には何もされてないよ。 なんでそんな噂になってるの?」
「だってゆいが田沼連れてどっか行くの見たって人居たよ」
うッ、そうだ迂闊だった、だからあたしはダメなんだろうな。
「あ、ああ〜! それね…… 田沼が西澤と喧嘩したからあたしが怒ってそれだけだったの」
何も考えてなかった、変な言い訳になってないか頭をフル回転させていると…
「そういえばね、あかりってあの田沼となんか仲良いじゃん」
ズキッと心が痛む。 西澤はあかりのことが好きなのかな? ううん、そんなこと今考えるなあたし!
「でね、あかりもあかりでうちら前からムカついてたんだよね」
「? あ、そうなの」
「でさ、田沼とあかり両方落としてやんね? って相談してたんだ。 あ、田沼はもう落ちようないか、ついでだからどうでもいいけど」
弥生レイカ…… いじめを煽動してくるクソ女でこのグループのボス的存在、昔を思い出してしまうからこいつとは関わり合いになりたくない。
「んー…… あたしちょっと病み上がりだから後で考えとく」
「うん、じゃあその時はよろしくねー!」
よろしくしたくないってバーカ。 けどあたしに立ち向かう気力なんてないしこれからもなさそう。
溜め息を吐きながら教室の方へ近付くとあたしの前のクラスが何やら騒がしいし人が集まってる。
って田沼(西澤)じゃん!! なんで来た早々西澤絡みで修羅場な雰囲気になってんの? しかも相変わらずここの先生は問題に関与したがらないクズ教師しかいないのね。 でもそれより何をしたんだろうとあたしも覗いてみた。
その場にあかりも居たことでレイカが言ってたいじめが既に遂行されているとわかった。
「た、田沼…… うちら女だし手を出すなんてことしないよね?」
「生憎俺は最低野郎だからムカついたら女でも殴っちまうかもしれねぇな、男女平等だからよ」
西澤が原因と思われる女子に拳を振り放とうとした。
「わ、わかった! ゆいのことは謝るから!! 何もしないからッ!!」
は? あたし…… どういうこと?
「おい! そこまでやってあかりのことはスルーかよ?!」
「ゆ、百合、あたしは別にいいから」
何が何だかよくわかんない、すると誰かに肩を引っ張られた。
「あ、加藤…… えとこの前はごめんなさい」
「別にいいよ、てかあいつマジでよくわかんねぇな。 お前をあんなに追い詰めたのに五木もついでにいじめるかみたいな話になった途端田沼が豹変してこれだよ」
「え?! 西澤が……」
付き纏われるのがイヤであたしのことが嫌いって言ってたのに…… あたしをまた助けようとしてくれた?
バカだよ西澤も、そんなことされたらやっぱりあたし西澤のこと忘れられなくなるじゃん。
「加藤…… あ、あたし」
「ま、いいんじゃね? 今でもあいつのことマジで腹立ってるけどお前のために動いたのは事実だし。 意味不明だけどな」
西澤…… 姿が変わってもあたしには西澤がヒーローに思えた。 バカなあたしはそれだけでこの前西澤に言われたことも吹き飛ぶくらいにどんよりとしていた心が澄み渡っていくようだった。




