その28
「田沼待って」
「学校戻れ」
「早退の手続きしてきたから。 あんたのもね、それと加藤は百合達に任せたから何も心配することないよ」
「心配なんて何もしてない」
傘を持って俺を早歩きで追ってくる。 こいつはどこまでしつこいんだ?
「ね、もう濡れちゃってるけど一応傘に入って…… って、うわッ」
あまりにしつこ過ぎてイラッとしてまた突き飛ばした。 尻餅をついた広瀬は何事もなかったかのように立ち上がってまた俺のところへ来る。
「もう〜ッ! 一度ならず二度までも突き飛ばすなんて」
「そうだな、女に手をあげる男なんて最低だな。 こういう奴は将来ろくな奴にならないから関わり合いにならない方が身の為だぞ」
「でも関わる」
ブチッと頭の中で何か切れる音がした。
「いい加減にしろって何度も言ったはずだ!!」
俺は平手打ちを広瀬にした。
そのつもりだったのに…… 広瀬はビクリともせず目も瞑らず真っ直ぐ俺を見ている、俺の手は広瀬の頬直前で止まっていた。
「なんで動かない?」
「あたしは大抵のことなら構わない覚悟で田沼についてきてる。 打たれるくらいなんだ! 罵倒されるくらいなんだ! あたしはそんな半端な気持ちであんたと友達なんてやってるわけじゃない!!」
広瀬の剣幕に俺は一瞬気押された。
「加藤があんたと仲良かったのはわからなかったけど加藤はあんたを友達だと思ってる、あれだけやられてもあんたを心配してた、あんたもどこかで加藤を心配してた! だから加藤があれ以上向かって来なくて終わった時のあんたはホッとしてた顔してたんだろ!!」
「俺が…… そんな顔を?」
広瀬は俺を傘の中に入れた。
「してた、そんな田沼を放って置けるわけないじゃん」
「そうか、そういう演出か?」
田沼らしい言葉を言ってみた。
「は? 何それ、演出とかどうでもいいよ」
「あっそ」
なんだよ普通にスルーしやがって。
広瀬のいう言葉に当てはめてみるとまるで俺は半端な覚悟で清春と五木と決別した…… そう心の中で畳語されていた。
いいや、今はそんなことどうだっていい。 この小うるさいバカに根掘り葉掘り訊かれる前にどう撒くかだ。
「あ、あそこのパフェ食べに行きたいなぁ。 あ、でもこんなびちゃびちゃじゃ無理かぁ。 仕方ない、田沼の数の手当てもしたいしあたしの家行こっか?」
「は?」
俺はもう疲れていたのかこいつがあまりにもなんの気なしに言うからかズルズルと手を引かれ何故か広瀬の家に来てしまった。
「いやぁー、大したとこじゃないけどほら、上がってって」
「……」
「ほら、これで体拭いて! あー、服はパパのでいっか、サイズ合うと思うしあたしが選んでるし田沼の闇の使徒みたいな私服よりはマシでしょー、脱いだら洗濯機に入れといて洗うから。 乾燥機もあるしそんなに時間かかんないから」
頭の上にタオルを乗せられ髪を拭いてるとドタドタと2階から降りてきた広瀬は服をポイッと俺の頭に乗せた、下着まであるが雑だなおい。
脱衣所で広瀬の親の服に着替えると広瀬も着替えが済んでいたようだ。
「お! おお…… パパの歳目線で選んだからオヤジ臭が微妙に漂って… ないから安心して! じゃあさっさと洗っちゃうから。 あー、田沼はあたしの部屋にでも行ってて、階段上がってすぐ右だから」
警戒心のカケラもないなこいつ。
広瀬の言う通り部屋で待ってることにした。 部屋の中は結構綺麗で俺は広瀬のことだから雑な部屋なんだろうなと思ってたから少し意外だった。
「ん?」
壁には写真が数枚飾ってあって見てみると小学生くらいだろうか? 面影はあるが髪も今より短く随分男っぽい広瀬の当時の姿があった、周りも男友達に囲まれている。
「あ、それ〜? 昔のあたしね!」
「んなの言われなくてもわかる」
入って来た広瀬と見比べると当然だがかなり女っぽくなったなと思う。
「あたしも大分大人になったよねぇ」
「クソガキだろまだ」
「田沼もでしょー」
他愛もない話をしてた、広瀬がほとんど喋りっぱなしだったが。 けれど何故か広瀬は俺のことをまったく聞かない。
「どうかした?」
「ああ、さっきの加藤のこと聞いてこないんだなと思ってな」
「ああ、田沼が話したくなさそうだしそれならそれでいいやって思って」
どうしてだ? なんで?! 清春や五木に散々そう問われ俺はウンザリしていて訊かれただけでもう不快状態だった。
「言いたくなったら言えばいいよ」
それだけ言って笑う広瀬を見て思った。
広瀬は俺のことを聞いてこない、深掘りしないくせに自分は相手に精一杯行動する。 何故か妙な安心感があるんだ。 だから俺はウザいと思いつつもこいつに身を任せてしまった。
「広瀬」
「はひッ、へ? 田沼??」
こいつを失望させるにはどうしたらいい? そう思って俺はこの部屋で広瀬を押し倒していた。




