その25
ある時学校に着こうとした時グイッと肩を掴まれる。
「五木?」
俺の肩を掴んで並々ならない表情の五木が居た。
「田沼お願い、あたしにちょっと時間を頂戴」
「待ってたのか? 西澤は? とにかく学校行ってからな」
「そんな悠長なことしてられない」
「お、おい」
俺の腕を両手で掴んで五木は学校から離れる、振り解こうと思えば振り解けたがそれでは納得するまで五木は俺に構い続けるだろうと思って大人しくついていった。
連れて行かれた先は学校から少し離れたところにあるコンビニの外にあるベンチだった。
「こりゃ遅刻だな」
「ごめん、でもどうしても訊きたいことがあって」
俺はその言葉で大体事態を察する。
「西澤のことか?」
「そう、おかしなことを言ってるの」
ついに田沼のメンタルが状況限界に達したか。
「俺は田沼だって言ってるの西澤が」
「そんなのありえないだろ」
「そうなんだけど! あたしにはなんとなくわかる」
「わかるって?」
「だってずっとあの時から西澤が西澤じゃない気がした! あたしだって加藤ほどじゃないけど西澤のこと見てた、もしあの時2人同時に倒れてお互いの精神とかよくわからないけどそういうのが入れ替わってたとしたら少し合点がいく」
概ね合ってる、合ってるけどそんなとんでも理論誰も信じないし常識的におかし過ぎると誰も理解出来ないだろう。
「SFみたいなこと言うんだな」
「違うよ! だって西澤を問いただしたんだもん、そしたらあたしのこと全然わかってなかった、西澤だったら前のあたしのことわかるはずなのに」
「演技してる可能性は?」
「…… なくはないと思うけどでもあれは絶対西澤じゃない!!」
「じゃあ一体どういうことなんだ?」
「とぼけないでよ…… ねえ、西澤なんでしょ?」
五木が縋るような目で俺を見る。 それは田沼ではなく西澤に送る眼差しそのものだった。
「自分の中でハッキリしてから田沼…… 西澤を見ればこんなに簡単でバカみたい、あたしにはもうわかる。 ねえ西澤、西澤なんでしょ」
多分こうなると誤魔化すのは無理か。
「ごめん、西澤が1番動揺してたあの時にあたしは目の前の西澤しか見えてなくて今の状態の西澤に酷いこと言った、打ったりもした、殴られてても何もしなかった、ごめんね、ごめん西澤。 あたしは西澤に何かあったら絶対助けるって自分の中で誓ってたのに最低だ……」
五木が泣き出してしまい目立つのでコンビニの裏側の方へ連れていく。 しかも雨まで降ってきてしまった。
「そっか、お前はもう気付いちまったか」
「ごめんなさい」
五木は地面が濡れてるにも関わらずその場に土下座してしまう、きっと誠心誠意なんだろうけどそんなことされてもな。
「やめろよ五木」
「ごめんなさい、ごめんなさいッ! だって! あたしは自分が許せない、どうしてすぐに気付いてあげられなかったんだろ…… あたしなんでもするから、西澤が戻れるならなんでもするから!!」
「それなんだけどな、俺戻らなくていい」
そう言うと五木は「え?」と顔をあげる。
「俺さ、この状況に結構満足してるから」
「な、なんで? だって田沼だよそれ…」
「ああ、だからこそ満足してるんだ」
「意味が…… わからない」
だろうな、誰にも理解されないだろうな、理解されなくてもいいけど。
「俺は西澤で居た時はずっと苦しかった、お前みたいな奴に付き纏われて」
「ッ…… は、はは、そう言われて当然だよね。 あんな酷いことしたあたしだもん。 西澤があたしへの鬱憤を晴らしたいならいくらでも罵って殴ったっていいから、好きにしていいから」
「そうじゃない、俺は西澤の時ずっと満たされることなんてなかった。 友達も友達だと思ってないしお前が俺を好きだっていうのも知っていた、けれど俺は俺に擦り寄ってくるお前らや俺に優秀さを求める家族、仮初の西澤に寄ってくるもの全部が嫌いだった」
「そ…… んな、嘘だよ、嘘だよそんなの! やっぱり怒ってるんだよね?」
「そうだな、俺は西澤でいた時は常に怒っていた」
「西澤ッ!!」
俺の制服をギュッと握って五木は俺を壁に押し付けた。 もう雨なのか涙なのかわからないくらい五木の顔はぐしゃぐしゃだ。
「あたし…… あたしに何度も振り向いて待っててくれた」
「ああ、あれはな、いい加減ついてくるなって意味だよ。 似たようなこと前にも言ったろ? あれは俺の本音だ」
「…… 西澤にとってあたしは何?」
「金魚のフンみたいなもんだな、俺をのことを勝手に救世主みたいに思ってたか? クソ食らえだな。 その顔見るだけでマジでぶん殴りたくなる」
そう言うと五木はベシャッとその場に崩れ落ちた。 言うことも言ったのでその場を去ろうとした俺だったが……
「…… え?」
コンビニで傘を買って五木に渡した。 俺なりの餞別のつもりだった、もうこいつに振り向く必要もない。
「さよなら五木」




