その20
停学にならないで済んだか、広瀬がグイグイと食い下がったおかげか?
「誠司、お金置いとくからこれで食べてね」
「わかった」
田沼母は広瀬が出て来たことで凄くビックリしていたな。 まぁあの田沼にそんなこと言ってくれるような友達も居ないだろうって思ってたから予想外だったんだろう。
田沼母は仕事に向かった、休みの日はほぼ日曜か祝日くらいしかないからな。
家の中を掃除しているとインターホンが鳴った。 もしかしてまた田沼じゃないだろうなと思って覗き穴から見てみるとなんと清春、西澤時代の友達の加藤清春だった。
「うお、ホントに田沼の家だ」
「なんだその第一声は? てかなんで?」
「いやー、普通に調べればわかるだろ」
「そうじゃなくてなんで俺のとこに? もしかして西澤の報復かなんかか?」
「んな物騒なことするわけないだろ、それに……」
清春の背後から渋々出てきたのは五木だった。
「五木まで」
「に、西澤がやり過ぎたから様子見てこいって。 じゃなきゃ来ない」
嘘だな、西澤(田沼)がそんなこと言うはずがない。
「あたしひとりであんたみたいなのに会ったらあんたがキモい勘違いして何されるかわかんないから加藤について来てもらったの!」
「なんかそういうわけみたいなんだが……」
面倒だしそういうことにしておくか。
「ここじゃなんだし上がってけば?」
そう言うと2人とも特に嫌がるわけでもなく田沼の家に上がる。
「コーヒーとかでいい?」
「え? あー、なんでもお構いなく」
「う、うん」
キッチンでコーヒーを淹れているとヒソヒソと2人で何か話している。
「どうぞ」
「あ、サンキュー…… 田沼、この前は要がその… 悪かったな」
「なんで加藤が謝るんだ?」
「そりゃあいつの友達として」
「俺が誰かに殴られるなんて普通のことだったろ」
「いや… まぁ今回は要だし。 あいつがお前を殴るなんて思いもしなかったから。 だってあいつ前はお前のこと助けてもいたし」
「俺を助けようとするなんて変わってるよな」
一体なんだ? 俺が西澤だって勘付かれたか? 広瀬は俺のことなんて知らんからまずないだろうがこの2人は…… いやでも精神以外は田沼そのままだ、俺も田沼のつもりで振る舞うしいくら身近な奴でも気が付くのは難しいはず。
となれば俺はどうしたいんだ? このまま田沼として振る舞ってるのが正解か…… それより俺は西澤に戻りたいか? なんでも出来てもあの仮初というか何もかもつまらないと感じる西澤に。
「あ、あのね田沼、あたしからも謝る。 ごめんなさい、西澤があんなことするなんて…」
「謝罪の代弁を友達にさせるなんて大した奴だな西澤も」
「ち、違う! これはあたし達が勝手にやってるってことで西澤は関係ない」
「じゃあ謝罪する気もないってことか、それはそれで大した奴だ」
「いい加減にして! そもそもあんたが何かしてッ……」
「よせよ、謝りに来てんだから。 それに田沼もそこまで気にしてないって感じだし」
この2人が揃うと少し懐かしい気分になる、少し前までは俺も西澤としてこいつらと一緒に居たんだなと。
「ほら、五木がお詫びのしるしに作ってきたクッキーもあるんだろ?」
「やめてよ加藤! やっぱこいつに渡したくなくなってきた」
しかしネタバレしてしまったので五木はポイッと俺の方に投げ足元に落ちたのを拾う。
五木の焼いたクッキーか、これも今では懐かしいな、砂糖どんだけ入れたんだって思うくらいいつも甘過ぎるんだよな。
「な、それ食べて仲直りしようぜ?」
「仲直りも何もお前らと友達だったことないけど」
「まあまあ、細かいこと気にすんなよ」
試しにひとつ食べてみる。
「甘い…… 甘過ぎる」
「んなッ!!」
「あー! いいからいいから! 甘くて美味しいってことだろ?」
「まぁ……」
やっぱり甘かった。
暫くぶりだったからかこいつら2人と話してみて懐かしさからか悪くはないと感じた、だがこのまま仲良くなったりしたらもしかしたら見当も付かなかったところから綻びが生まれるかもしれない。
そして俺はやっぱりこのままがいい。 俺の深層心理では『田沼として暮らしたいならこれ以上この2人とは関わるな』と警鐘をならしていた。




