第三話 異世界召喚の勇者たち 3
「食べたんです」
田中はあっけらかんとした表情で言った。
そのことばに焦るはめになったのは、ルキアーノのほうだった。
「た、食べた……ってなにを?」
「ぼくは……いえ、ぼくらは、屎尿をすすり、血を舐め、人肉を食べたんですよ」
「ありがたいことに薬剤室のドアの前には、勉学系女子の死体が転がってましたしね」
ルキアーノには、田中が愉快そうに語っているようにみえた。
ゾクッとする。
「死体は三体あったんですが、結局全部に手をつけきれないうちに、動きがありました」
「なにが、あったんです?」
「不良グループがスポーツ系グループに攻撃をしかけたんです」
召喚されておよそ30日後——
なにが契機だったかはわからない。
生き残っていた連中はみな、極限まで追い込まれ、お互いの魔法やスキルを真っ向からぶつけて殺し合った。
薬剤室にこもっていた田中には、だれがだれをどうやって始末したか、どんな魔法が有効だったのか、とどめをさしたのはだれか、などはわからなかった。
だが、小一時間ほどで全員がさしちがえる形で決着したという。
外の音が完全に途絶えたのち、数時間待ってから田中は薬剤室をでた。
「30日ぶりですよ。30日ぶりに廊下まで出られたんです。案の定、いたるところにゴロゴロと死体が転がっていましたよ。でもぼくがなにより驚いたのは、校舎の損壊がわずかだったことなんです。魔法やど派手なスキルを使って戦ったはずなのに、壁に穴が開いたり、ガラスが砕け散ったりしてなかったんです——」
「不思議じゃないですか?」
ルキアーノはこの男の言い草が理解できなかった。
彼らのいた世界では当たり前なのかもしれないが、あまりにも他人の『命』への敬意が足りなさすぎる——
「ぼくは死体を数えました。教室や職員室や視聴覚室とかに、いろんなところに転がってましてね。なかには10箇所以上にばらけているヤツもいて苦労しましたよ」
「でも死体はぴったり35体揃っていました。ぼくは最後のひとりに残れたと確信して、意気揚々と校舎から出ようとしました——」
「でも出られなかった! 見えない壁のようなものに阻まれたままなんですよ」
「どういうことなんです?」
「ですよね。ぼくもおかしいな、と思って、死体の数をもう一度確認したんです。すると34体しかない。一体足りないんです」
「まだだれか生きていた——」
「ええ、そうなんです」
そう言って田中はたちあがると、服の襟元のボタンをはずしながら、ルキアーノのほうへ歩いてきた。
「ぼくはうしろから刺されました。これがそのときの傷痕です」
田中はルキアーノに近づくと、胸元をのぞかせて見せた。鎖骨の下あたりに、ひきつれた傷痕がみてとれた。
「犯人は、女子テニス部のキャプテンをやっていた女子でした」
「彼女のスキルは『生き返り』だったんですよ。ずるくないですか?。そんなのって……。だってぼく、そのあと、何度も彼女を殺したんですけどぉ、かならず蘇るンですよ」
耳元で不満をぶちまけられて、ふたたび怒りがこみあげてきた。
話を聞くのが仕事であると心得ていたつもりだったが、こんなに不快な話を得意げに語られては我慢の限界だった。嫌悪感で胸がいっぱいで、ヘドをはきそうになる。
依頼主に追加料金を請求してやらねばならない——
この話を聞けば、その交渉にも納得してもらえるはずだ。
「それにね、彼女はぼくがひそかに憧れていた人だったんですよ」
田中はとくとくと話を続けた。
「それを自分の手で殺すって、どれほど勇気がいると思います? なのに彼女はなんども、なんども蘇ってくるんです」
「ぼくにどんだけ嫌な思いをさせるつもりなんだって! あなたもだんだん腹が立ってくるでしょう?」
「いえ……えぇ、あぁ、まぁ…… で、でも、最後は殺せたんでしょう?」
「もちろんですよ」
すぐ横から、ルキアーノの顔を覗き込んで言った。満面の笑み——
「食べてしまえばよかったんです」
「そのために、ぼくは薬品を混ぜ合わせて爆弾を作ったんです。薬品室には、塩酸や硫酸、過酸化水素、硝酸、アセトンとか、爆弾の材料にことかきませんからね。それで……」
田中は手のひらを上にむけてパッとひらいてみせた。
「ドカーン、とね」
「で、生き返る前に、主要な部位を食べたんです。心臓とか脳とかをね」
ルキアーノはおもわず嘔吐きそうになった。
おもわず両手で口元をおさえる。
「これで決まりでした。心臓を食べているときに、突然、天井から光がさしましてね。全員がもっていた魔法やスキルが、ぼくのからだのなかに吹き込まれてくるんですよ。あの瞬間はサイコーだったなーー」
「そ、それで……」
「それで?」
田中は怪訝そうに眉根をよせた。
「それで全部ですよ。あとのぼくの活躍はあなたのほうがご存知でしょう?」
「あ、あぁ、いえ、そ、そうですね」
「どうしました? 顔色がわるいようですが……」
田中がうしろからルキアーノの顔を覗き込んだ。
「あ、すみません。わたしたちが聞かされている異世界召喚とは、あまりに齟齬がありましたので、ちょっと……」
「ですよねー。ぼくも予想とちがったなーって。だからこれで勇者って名乗るのも、ちょっとねぇ……」
「あ、いえ。は、はい。で、でもたいへん貴重なお話を聞くことができました」
「そう、それはよかったです」
そう言いながら田中が、ルキアーノの肩にかるく手をかけてきた。
「ぼくも聞いてもらえて、すっきりしましたよ」
ふと、急に気になってルキアーノは尋ねた。
「ところで田中様、あなたはなぜ魔王軍との戦いを、途中でやめてしまわれたのですか?」
「ああ、単純な話です……」
田中はルキアーノの肩を、いとおしげに揉みほぐしながら言った。
「だってね。魔族はちっともおいしくないんですよ」
いかがだったでしょうか?
もっとゾクゾクしたい?
いいでしょう。
それではこの話はどうでしょう。
皆様のなかで、ダンジョンで迷われたことがある方はいらっしゃいますか?
ああ、そうですか… それはそれは…
ずいぶん心細い思いをされたことでしょう。未知のダンジョンでは予期しない魔物や化物に襲われる可能性もあり、どんなに力がある方でも不安になるものです。
まぁたいがいは魔法の力や仲間との協力で切り抜けられます。心配は無用です。
ですが、赤ん坊を抱く女があらわれるダンジョンに、迷い込んだときはご注意ください。 ぜったいに深追いしてはいけません。
ええ、絶対にです——
第4話 ダンジョンで赤ん坊を抱く女
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この異世界奇譚シリーズの第2弾に取り掛かっています。
ただ、あまり反響がないようなら、執筆してもしかたがないな、と考えています。
ぜひ応援ください。