第三話 異世界召喚の勇者たち 2
「殺しあった……のですか……?」
「まいりましたよ。だってぼくの与えられたスキルは『予感』なんていうハズレスキルだったんですよ。すこしあとにおきる事態を『予知』するんですけど、明確に見えたり、聞こえたりするんじゃなくて、なんとなくヤバいな、っていうのがわかる程度の曖昧なものなんですから」
「ほかの生徒は?」
「ずるいですよね。火の魔法や雷の魔法みたいな正統派の魔法や、身体能力2倍スキルや防御力強化スキルみたいな、実用的な特技を授けられたンですよ」
「しかも、強力な魔法を手に入れたのは、ぼくをいつもいじめてた不良連中だったし、身体強化スキルを身につけたのは野球部やサッカー部の運動神経がいいやつらだったんです。それでなくても敵わないのに、手に入れた魔力まで上位なんて不公平ですよね」
「で、田中様はどう、どうされたんです?」
「ぼくはまずは理科室の薬剤倉庫に逃げ込みました。こう見えても学年一、二の成績で、科学部の部長だったんです」
「理科室? 薬剤倉庫? それはなんです」
「あぁ、こっちの世界では聞き慣れないですよね。まぁ、簡単に言えば秘薬をつくるようなとこです。いろいろな薬品を混ぜ合わせて、さまざまな効果をうむ『ポーション』……じゃない、『薬剤』を作る場所なんです」
「それで、なんとかなると?」
「わかりませんでした。でもそういう『予感』がしたんです……」
その後、クラスメイトは力関係により、いくつかのグループにわかれた。
不良グループ男子・スポーツ系男子・勉学系男子・オタク系男子
オシャレ系女子・スポーツ系女子・勉学系女子・オタク系女子——
最初に、強い力をもつグループが、弱いグループを潰しにかかった。
そのとき、学級委員がお互いのグループを諌めようとしたが、両方からの攻撃を受けて、ぐちゃぐちゃにひねり潰された。
校内中に女子生徒たちの悲鳴が響いたが、それは殺し合いの合図にすぎなかった。
オタク系女子は、手を組んだほかの女子連中たちに殺された。
それを目の当たりにしたオタク系男子は、おなじ轍をさけるため勉学系男子を急襲したが、返り討ちにあい全滅した。その勉学系男子もスポーツ系男子に惨殺された。
「あぶなかったですよ。いつもだったら、ぼくはオタク系男子のカテゴリでしたからね。『別行動しろ』っていう『予感』がなければ、一緒にそこで死んでましたよ」
「でもたったひとりじゃあ、どうしようもなかったのでは?」
「まぁね。でも、ぼくはどのグループも近づけさせなかった」
「どうやって?」
「理科室の外に毒ガスを発生させたんです。薬品と薬品を混ぜてね」
「毒ガス?」
「ほんのちょっと吸い込んだだけで即死する、青酸ガスとかいろいろ試しました。まぁ、毎回毒ガスはもったいないんで、ものすごく強烈な臭いがするだけの薬品を使って、撃退してましたけどね。科学の知識がまずしい連中にはわかりっこないです」
「でも、そんなことやったら勇者田中様も、部屋から出られなかったのではないですか?」
「まぁ、しかたないでしょ。でも困ったのは外の様子がわからなかったことくらいですよ。だっていつのまにかスポーツ系男子と女子、不良男子とオシャレ系女子がグループを組んでいるのも知りませんでした」
「そのせいで、孤立した勉学系女子は一方的に狙われることになって、ぼくのところへ助けを求めて駆け込んできたんですからね」
「助けたんですね?」
「いいえ」
なんのためらいもなく田中が答えるのを聞いて、ルキアーノはごくりと唾を飲みこんだ。
勇者と呼ばれていた男の口から、冗談でも発せられていいことばではない——。
「ドアのむこうで彼女たちが、男子生徒たちに襲われている様子が聞こえました。もしかしたら辱めを受けていたかもしれない。長い時間、悲鳴や泣き声が聞こえてきて、とてもうるさかったですからね」
「うるさ……かった?」
ルキアーノはいつのまにか、こぶしを握りしめていた。聞き手として失格だという意識はあったが、目の前の勇者に、はらわたが煮え返る思いが抑えられなかった。
「だから、ぼくは青酸ガスをまいてあげたんです。彼女たちがこれ以上むごい目にあわないようにね。ほんの数秒で騒動はおさまりましたよ」
田中は満足そうな笑みを浮かべた。
「ぼくって慈悲深いでしょう?」
「いや、しかし……、田中さま……」
ルキアーノはうまくしゃべれなかった。怒りがことばより先に飛び出しそうになるのを押しとどめるので精いっぱいだった。自慢の美声もしゃがれている。
「勇者らしくない……とでも?」
田中はルキアーノを凝視して言った。
「でもさいごに残ったひとりしか勇者になれないんですよ」
「そ、そうですが……」
「でも、ほんとうの試練はここからだったんです。2つのグループのにらみ合いが続いたんです。めだった衝突もないまま30日間も……」
「ああ……そ、そうなんですね」
「いやいや、わかります? 元々ここには飲み物も食べ物もなかったんですよ。なにも口にするものがないのに30日間ですよ。薬剤室には薬品は揃ってましたが、さすがに食べ物を生成できませんしね」
「では、どうしたんです?」
「食べたんです」