第三話 異世界召喚の勇者たち 1
「ルキアーノさん、いったいぼくになんの用なんです?」
ソファに座るなりその男は、こちらを値踏みするような目をむけてきた。
「情報屋って聞いてるけど、ぼくはなんの情報も持ち合わせちゃいませんよ」
「勇者|田中かずや様……」
ルキアーノは落ち着きを感じさせる、低いトーンで彼の名前を呼んだ。これまで男や女だけでなく、亜人さえも信用させてきた、ルキアーノ自慢の美声だ。
「よしてくださいよ。ぼくはもう引退した身ですよ。それに勇者なんて呼ばれるほど、活躍しちゃあいませんし……」
「なにをおっしゃいます。魔王の三大軍師のルシフェルドを倒して、右腕と呼ばれる元帥ベルゼルルをも葬った方が」
「でも魔王は倒していない」
田中はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「途中で放りだしちゃったからね」
「ええ、たしかにそうですが、この世界ではいまだにあなたは勇者ですよ」
「で、なにを聞きたいんです?」
田中は口元がゆるんだ様子で尋ねてきた。こころなしか気分をよくしたようだった。
「はい……」
「勇者田中様、あなたには異世界から召喚された、別世界の人間という噂があります。神のような存在によって、無理やりこの世界に連れてこられて、あらゆる高等スキルと、賢者級の強大な魔法を与えられたと……」
「だれから聞いたんです?」
「田中様、それはご勘弁を。わたしたち情報屋はソースが命ですからね」
「じゃあ、もし、そうだったとしたら……」
田中がルキアーノの目を覗き込むようにして探ってきたので、ルキアーノは先回りして答えた。
「その情報を高く買いたい、という方がいらしゃいましてね」
「へぇー、変わった趣味の方がいるもんですね」
「まぁ……」
「ずいぶんいいお金になるんでしょうね」
「そりゃあ、もちろん……」
「あなたのそのだぶついた身体をみたら、すぐにわかりますよ」
ルキアーノは自分の腹に目をやった。たしかに連日の酒宴がたたって、でっぷりとしてきているのは確かだ。
彼は苦笑した。
「まぁ、ちょいとした贅沢をするくらいは、稼がせてもらってます」
「じゃあ、謝礼もはずんでもらえそうだ」
「はい。それはもちろん。破格の金額をご用意させていただいております」
ルキアーノは勇者田中の前によどみない仕草で、革製の巾着袋をさしだした。
田中はそれを興味なさそうに持ちあげて、一、二度上げ下げして重さを確認すると、室内をみまわした。
「盗み聞きされるような心配はないですよね?」
「ご安心ください」
ルキアーノはとびっきりの美声で答えた。
「この場所は王族も利用する隠れ家でしてね。盗み聞きどころか、わたくしと田中様がこの部屋にいた証拠すら残りはしません」
「ずいぶん抜かりがないですね」
「第一線で活躍する情報屋は、これくらい細心の注意をはらうものです」
「で、どこから話せばいいんです?」
田中が椅子の背もたれに深くからだを沈めながら言った。
ルキアーノはほくそ笑みそうになるのを抑えて、さりげなく巾着袋を田中のほうに押しやると、机の上に帳面をひろげた。
「では、勇者田中様がこちらに召喚される前、あなたさまがいらした異世界の話から、お聞かせ願えますか?」
「ああ……いいですよ」
田中かずやは地球という星の『日本』という国で、高校生と呼ばれる学生だったということだった。その星には剣も魔法もなかったが、かわりに魔法のような機械を作りだし、空を飛んだり、遠くのひとと話をしたり、火の魔法を使ったりしていたという。
田中もそんな魔法のような機械に囲まれて、不自由のない学生生活を送っていたらしい。
だが、なんの前触れもなく、それは起きた——
いつものように授業を受けている時、突然クラス全員の頭のなかに、何者かが語りかけてきた。
『あなたがたを勇者として召喚します。最強勇者となって、どうか魔王を倒してください』
当初、生徒たちは意味がわからずざわついていた。
が、耳をろうするような地鳴りがしたかと思うと、ふいに窓の外に見慣れない風景が現われた。
室内はパニックになったが、やがて自分たちが校舎ごと、異世界に飛ばされたと認識するようになった。おかしなことに、校舎がまるごとあるにもかかわらず、自分たちのクラス36人以外の生徒は、どこにも見当たらなかった。さきほどまで教壇に立っていたはずの、先生もいなかったという。
「召喚されてきたときに、ぼくらはひとりひとり、スキルや魔法をひとつづつ授かってたんです」
「全員にですか?」
「ええ。そうなんです。そりゃ、みんな浮かれましたよ。マンガやアニメでみる『選ばれし者』になったんですから」
「マンガ? アニメ?」
「ああ、失礼。まぁ、空想の世界の主人公になれた、ということです」
「なるほど。それはたしかに興奮しますね」
「でもね。強力な武器を授かったのに、ぼくらは校舎から一歩も出られなかったんです」
「出られなかった?」
「ええ、授かったどんなスキルや魔法を使ってもです」
「では、田中様はどうやってこちら側にでてこられたのです?」
田中は上半身を前にのりだして、ひそひそ話でもするように声をひそめた。
「ルキアーノさん、『蠱毒』って知ってますか?」
「蠱毒? いや、知りません」
「ぼくらの星のある国で行われていた呪術で、『入れ物の中に大量の生き物を閉じ込めて共食いさせて、最後に残った一匹を神霊として祀る』っていうものなんですけどね……」
田中は嘆息するように言った。
「召喚されてきたぼくらは、まさにこの蠱毒だったんです」
「は?」
「与えられた能力を使ってお互いを殺し合い、最後に残ったひとりだけが、勇者としてこの世界の魔王と戦う権利を得ることができたんです」
『お互いに競いあってください。最後にひとり残った者が勇者となります』
全員が能力を得て、浮かれているさなかに、そのアナウンスが頭に響いたという。
ルキアーノは唖然とした。
校舎という限られた建物内で、36人の友人同士が殺し合った——?