第二話 魔法世界の魔女裁判 3
ホルトははっと我にかえった。
あわててあたりを見回すと、さきほどまであったはずの村は跡形もなく消えうせて、最初にみた、荒れ果てた野原がひろがっていた。
だが、おかしなことがあった。
いつのまにか広場の中央に一本のおおきな杭が立っていた——
ホルトはその杭から目がはなせずにいた。
『シーーーーラァァァン……』
女性の声が響くとともに、杭にくくりつけられた女性の姿があらわれた。後ろ手に縛られて、がっくりと首をたらしていた。
突然、その杭の根元から蒼白い炎が、ぼわっとふきあがった。
一瞬で女性の全身を包み込むようなおおきな炎。
蒼い炎が女性のからだを這い回っていく。足首まである長いドレスを燃やし、皮膚を焦がして、熱で皮膚が風船のように膨れあがって破裂した。
苦しげに顔をゆがめながらも、女性は叫ぶ。
『シーーラァァン……』
ひらいた口から炎がもぐりこみ、顔を中から焦がしていく。水分の沸騰によって眼球は膨れあがり、ぽん、と間の抜けた音がして、水晶体があたりにはじけとんだ。目の玉がどろりと垂れ落ちて、真っ黒な眼窩があらわになる。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
ホルトはおもわず尻餅をついた。
手や脚がガタガタとふるえて、言うことをきいてくれない。
『シーーラァァン……』
街道をはさんで反対側にある広場から、声が聞こえた。
ホルトがおそるおそる目をむける。
そこに二本目の杭が立っていた。
さきほどよりもかなり年配の女性が、縛られて蒼い炎に焼かれていた。
『シーーーラン……』
その女性の声はあたまのなかに直接、吹き込まれてきた。
その女性をホルトは知っていた。
「ララルンガ……せん……せい」
おもわず口から名前がもれでる。
別の場所に三本目の杭が立っていた。長い髪の女性が焼かれていた。
「ブリードさん……」
呆然としているホルトをあざ笑うように、四本目、五本目と、次々と広場に杭があらわれていった。
そのなかでもひときわおおきな杭に縛られていたのは、モリットだった。
あの自慢の筋肉がまるでロウのように、どろどろと溶け落ちていっていた。
「モリットぉ」
ホルトは泣いていた。
なにが起きているか、わからなかった。なぜこんな幻影を見せられているのか、わからなかった。
だけど怖くて、そして悲しくてしかたがなかった。
みるみるうちに広場は、蒼い炎にからだを焼かれる魔女たちでいっぱいになっていく。
ゆうに100人を超える魔女たち——
そのなかに母さんの姿があった。
完全に焼け落ちて、黒い炭となっていたが、ホルトにはそれがシーランの母であると、すぐにわかった。
ホルトはその場に泣き崩れた。
まわりで次々と焼かれていく魔女たちの姿に囲まれたまま、それをただ見届けることしかできない無力さに涙を流すしかなかった。
燃え尽きた魔女が杭から抜けだし、青白い幽体となって宙を舞いはじめた。煙のように長い尾をひいて、ホルトにまとわりついてくる。
目玉をなくして、表情もわからない魔女の幽体が、口元に笑みをたたえながら、ホルトの頬をかわるがわる撫でていく。
ホルトは自分がシーランの代わりに、魔女の霊に取り殺されるのだと悟った。
やはりあの老人の忠告どおり、この街道を通ってはならなかったのだ。あの肖像画をみたときに、引き返すという選択肢をもつべきだったのだ。
すべての魔女が杭からときはなたれ、幽体となってホルトを取り囲んだ。魔女たちが呼ぶその声は、まるで呪詛のようになんどもなんども、頭のなかでこだました。
『シーラン、シーラン!、シーラン、シーラン、シーラン……』
『シーラァァァァン……』
『いとしい、わたしたちミケネー族の、たったひとりの男の子……』