第二話 魔法世界の魔女裁判 2
「そう。黒魔術は、最愛の男、シーランを生き返らせるため使われた」
宿に戻ったホルトは、老人の話が気になったものの、ここまで来て引き返すことはできないと判断した。この街道を抜けたところにある町に、勇者パーティー登録のためのギルドがあるのだ。
ギルドへの登録なしに冒険の旅にでても、パーティーは組めないし、なによりクエストの依頼を受けることもできない。ここ以外のギルドで登録しようとすれば、もう数ヶ月無駄にするのを覚悟するしかない。
前に所属していたパーティーを抜けてから、すでに2ヶ月も経っていて、手持ちの金もこころもとない。
どんなに思案したところで、端っから選択肢はないのはわかっていた。
ホルトは朝一番で出立することにした。街道を抜けるにしても、朝方であれば安心だし、なにより問題の場所へは、真っ昼間に通りかかることになる。
話では街道沿いに森を抜けていくと、ふいに視界がひらけて広場が目の前にひろがるということだった。
そここそが、死刑執行所の跡地——
そういう話だった。
だが、ホルトが実際にその広場にたどりついてみると、そこは拍子抜けするほど、なんにもない野っ原だった。
ホルトは頭上から降り注ぐ日の光を、手でひさしを作ってさえぎりながら、広場の果てのほうに眼をやった。処刑場の設営のため森を切り開いた、と聞いていたが、いまはただ草が野放図に生えた野原でしかなく、それらしい痕跡や施設なども残っていなかった。
60年も前の話だからな——
ホルトはびくついていた自分を、気恥ずかしい思いで照れ笑いしながら、あるきだした。
リュックの金具に、ぶら下げていた鍋がふれてカチャンカチャンと音をたてる。その音がひろい野原に、いやに響いて感じられた。
なんとも耳ざわりな音だ——
ホルトは足をとめてリュックを降ろすと、金具をチェックしようと片膝をついて下をむいた。
その瞬間——
かがんだ自分の頭上に人影が落ちた。
『ちょっとぉ、シーラン。そんなところで座りこまないでおくれよ』
頭上でしゃがれ気味の女性の声が聞こえた。
ホルトが驚いて顔をあげると、そこに小太りの女性が立っていた。
「あ、いや……」
『シーラン、あんたがそこに座り込むと、ほら、馬車が通れなくなるじゃないか』
そう言って女性はホルトのうしろを、あごでさししめした。
ホルトは驚いて顔をうしろにむけると、シーランの背後にゆっくりと、馬車が迫っているのがわかった。
ホルトは呆然とした面持ちで、あたりをみまわした。
そこに村があった——
街道の両側を挟んで、簡素ながらもしっかりとした作りの、わらぶき屋根の家々がひしめき、そこここの煙突から煙があがっている。
食欲をそそるいい匂い——
もしかしたら、昼ご飯の時間なのかもしれない。
ホウキにまたがった女性がふたり、屋根の上を飛んできながら、こちらに声をかけてきた。
『あら、シーラン。こんな時間にお目覚めかしら?』
『またホーキンズさんに叱られましてよ』
ホルトはおもわず答えた。
「ブリードさん、マリードさん、ぼくはとっくに起きてますよ。いまからメッセ先生のところで、魔道書の二巻目の魔術を教えてもらうところです」
ホルトは自分の口からついてでたことばに、驚いていた。
いつの間にかこの村のことを知っていた。この村のこと、そこにいる人たちの名前、どの家にだれが住んでいるかさえ、なぜか知っていた——
目の前の小太りの女性、そう、レットルさんがしゃがれ声をはりあげた。
「ブリード、マリード、あんたら、ずいぶん腹がめだつようになったじゃないか。おとこンとこ、戻らなくていいのかい?」
「あら、レットルさん。わたくしたちは、魔女のしきたりに従ってるまでですわ」
「そうですよ、レットルさん。出産はかならずこの村でおこなうこと。それに子供を産むのに、男の出番なんかありませんわ」
『おい、シーラン!』
ふいにうしろから背中を強く叩かれ、ぼくはおもわず前につんのめった。
『魔術もいいが、剣術もしっかり学んでいるか!』
この村でこんなに荒っぽく接してくるのは、魔法戦士のモリットしかいない。
「いたいよぉ。モリットぉ」
浅黒い茶褐色の皮膚、鍛え抜かれた、筋肉隆々の腕——
モリットは女性だが、ちいさいときから父親代わりとなって、ぼくを鍛えてくれた。
『シーラン、おまえさん、隙がありすぎだ。いついかなるときも、神経をまわりに張り巡らせろ、って教えたはずだぞ』
「ここは森のなかじゃないよ。もう、モリット、もうすこし加減してくれよぉ」
『男の子がなぁに泣き言いってる。おまえさんはこの村、唯一の男なんだ。もうすこししゃきっとしてもらわんと…… それもこれもララルンガが甘やかせたからなんだろうな』
『あーら、モリットさん。聞き捨てなりませんわね」
数冊の本を抱えて、すーっと地面を滑ってきたのは、ララルンガ先生だ。モリットの顔がくっつきそうなところまできて、ぴたっと止まった。
ララルンガ先生は三角型の眼鏡を、すっと持ちあげて言った。
『モリットさん、男の子だからわんぱくで良いという時代ではないのですよ。男性もエレガントであるべき時代なのです』
『ねぇ、シーラン。あなたには純血の血を絶やさない、という重要な役割があります。でも洗練されてない男性でなければ、だれもあなたを選んでくれませんわよ』
『でもつよさも必要だ、ララルンガ』
『ええ、それはもちろんですとも。なにもあなたの授けた強さを否定しているわけではございませんのよ。スタイリッシュな強さをと……』
そのとき、村の通りの奥のほうから、ぼくを呼ぶひときわ目立つ声がした。
『シーラン!。食事は済んだのかい』
母さんだった——
にこやかな笑顔を浮かべながら、家の窓から手をふっていた。
『母さん。メッセ先生の魔術の訓練がおわってからにするよ』
ぼくは大声でそう叫ぶと、森の奥のほうへ走り出そうとした。
村のひとたちみんなが、ぼくを見ていた。とてもあたたなか視線。
魔法の力を借りなくても、すぐにわかった。
愛おしそうな目をむけるひと——
心配そうな目でぼくをみつめるひと——
頼もしそうに見送るひと——
ぼくにとっては、村のみんながぼくの母さんだった——
ふいに一瞬にしてあたりが真っ暗になっていた。
さきほどまで、肌を炙るような太陽の日差しが満天から降り注いでいたはずだ。
ホルトははっと我にかえった。
あわててあたりを見回すと、さきほどまであったはずの村は跡形もなく消えうせて、最初にみた、荒れ果てた野原がひろがっていた。
だが、おかしなことがあった。
いつのまにか広場の中央に一本のおおきな杭が立っていた——
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