第1話「夢の世界だからよ」
そこは学校の教室だった。僕、繋現は気がついたらそこにいた。
座席がきれいに並べられていて、窓からは校庭が見える。
だが、学校の外。つまり住宅街などは一切見えない。学校だけがそこにはあった。
空は今でも雨が降り出しそうだと感じるような暗い雲が泳いでいる。
他の生徒らしき人も、少なくとも今僕のいる教室やそこから見える校庭にはいない。
どうなっているんだ、と強い恐怖を覚える。
夢や幻を見ているのだろう、という絶対的な確信はある。
だが、それと同時に「ここは現実だ」と訴えてくるなにかも同時に存在する。
その2つに飲み込まれて、頭がおかしくなりそうだ。
「うぅ……あっ……!」
僕はしゃがみこんで頭を抱える。
夢や幻なら早く覚めてくれ。
強くそう願うが、覚めるような気配はまったくない。
「大丈夫?」
教室にそんな声が響いた。
女の子の声だ。しかも僕はこの声を知っている。
「君は……夢、さん?」
僕は恐る恐る、ゆっくりと起き上がり声のした方向、教卓のある方を向いた。
そこには、とっても可憐な女の子がいた。
ただの女の子ではない。
いつだって周囲の目を引くほどの可憐さをもっている。
その髪は空に昇る太陽の光すら飲み込んでしまうと思わせるほど黒く。
その瞳は燃えるように紅く、吊り目ではないのにどこか強気な印象を与え。
それでいて全体的にはどこか守って上げたいという、庇護欲をそそられるような雰囲気を放っている。
この薄暗い教室においても、存在しているだけで光を放っているように見える。
名前は、結夢。
僕の今の隣の席の人物で、学年、いや学内1美少女とされている女の子。
その子が今、教卓に両手を掛けて話しかけている。
「そうよ。あちこちの教室を見て回っていたら君がしゃがみこんでいるのが見えて、人がいたんだ、と思って話しかけたわ」
「そっか」
「ええ」
先程まで誰もいなかった教室に彼女が突然現れたのはそういう理由らしい。
「そ、そうだ。ここはどこなんだ?君はなんか知ったふうだけど」
「まあ、少なくともあなたよりは知っているわね。まず、この世界は現実だけど現実じゃない。そんな曖昧な世界」
どうやら先程抱いた感覚は全くの間違いじゃなかったらしい。
だからといって納得できるわけじゃない。
僕は疑問をぶつける。
「何を言ってるんだ……?窓から見た感じ、ここは学校以外何もなくて、生徒も他にいなさそうじゃないか。これが夢とか幻じゃないなら、なんなんだよ」
「だから、『夢でありながらも現実』なのよ。今あなたが言った部分は完全に夢。けれど、ここで起きたこと……そうね、私との会話や、あなたが見たものは『現実』として夢から覚めても残り続ける。だから、夢でもあり現実でもある」
夢さんは落ち着いた口調で淡々と話す。この世界にかなり慣れているようだと感じた。
「……そうね。この世界から目覚めない、なんてことは絶対にないから安心していいわ。あなたの現実の体が目覚めるとき、現実の方へ意識は返されるから」
僕が一番心配していたことを的確に当てた上で夢さんはそういった。
なぜ僕の心配事が当てられたのかは不思議だが、ひとまず安心した。
「その……せっかくだし、夢から覚めるまで話さない?同じ空間にいるのに何も話さない、というのは気が引けるし、気まずいし……」
夢さんはどこか緊張した面持ちでそう話しを切り出してきた。
「そうだね、せっかくだしこの世界について詳しく教えてよ。きっとこんなコトもう2度と体験できないだろうし。知れるだけ知っておきたい」
「そう。よかったわ」
そう言って安心したようにホッとしている夢さんはどこか嬉しそうだ。
……というか、この世界に来てからというものの、感覚?みたいなものが研ぎ澄まされている、というか敏感になっているような気がするのは気のせいだろうか。
「気のせいじゃないわよ」
「うわっ!?」
そんな事考えていると、夢さんがいきなり僕の胸の内を読んだような事を言ってきた。
「うわって……ちょっと傷つくわ」
そういって夢さんは本当に傷ついたようにうつむく。その姿は、なんというかどこか様になっている。かわいい。
「ご、ごめん……いきなり考えてたことを当てられたから……」
「いえ、こちらこそごめんなさい。そうよね、考えてたことをいきなり当てられると誰だってびっくりするわよね……じゃあ、教えてあげる」
夢さんは説明を始める。
「この世界は夢の世界でもあるって、さっき言ったわよね?おそらくそれの影響を受けたのか、五感とか、勘?が異常、というほどではないにせよある程度研ぎ澄まされているの。それで相手の表情とか、仕草とかが結構目について、それからなんとなく考えていることがわかるの」
「なるほど……?」
わかるような、わからないような。
とにかく、この世界は夢の世界だから、という理由らしい。
あまり考えてもわかる気がしなかったので、僕は次の質問を投げかけることにする。
「そうだな、じゃあ次はなんで他の生徒がいないんだ?」
「それも『夢の世界だから』よ」
またしても先ほどと同じような、理由になっているのかわからないあやふやな回答が帰ってきた。
「悪かったわね、あやふやで」
夢さんの鋭いツッコミが入る。こうも思考を読まれていると結構怖い。僕はこの世界に慣れていないからか、夢さんほどの芸当はできない。
「ごめん、ごめんって……でもさ、もっとこう……はっきりした答えとかないの?」
「ないわ」
即答。バッサリだった。
「聞きたいことは以上かしら?」
「うーん、そうだなぁ。これといって聞きたいことは無いかなぁ……」
この勢いだと質問に対する答えがだいたい『夢の世界だから』で片付けられそうだし。
「そう。じゃあ私から話を聞こうかしら。そうね……あなたはこの世界を初めてみて、どう思ったのかしら」
夢さんはが言った。どう思った、か。
「……正直、めちゃくちゃ怖かった。誰もいないし、外は雨が振りそうな曇り空で、見ているだけで不安になるし。ただ……」
「ただ?」
「君がいたから、ちょっと安心した。『よかった、1人じゃなかった』って」
「っ、そ、そう……?」
「ん?うん」
いきなり夢さんがうつむいて、照れたような声を出す。僕はその様子を少しばかり不思議に思いながらも、軽く返した。
「私がいてあなたが安心したなら……良かったわ」
「うん、そうだね。すっごく安心した」
「……もー……」
こっちを見て話してくれた、と思った夢さんはまたうつむいてそんな声を出した。
その時だった。
体がとてつもない倦怠感に襲われた。
それと同時に感じる、浮遊感。
僕は直感的に確信する。夢から覚めるのだ、と。
「あら……もう覚めちゃうの?」
「そうみたいだ。ありがとうな、不思議な体験ができて楽しかった」
「ええ、不快じゃなかったのなら、良かったわ。色々と。じゃあ、また会いましょう」
「あっ……ああ」
夢さんの表情は、妖艶に微笑んでいた。少しばかりドキッとして、あまりちゃんと見ることができなかった。
だから、なんとも思わなかった。『また会いましょう』の言葉の意味もこれと言って考えることもなかった。