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僕が先に好きだったのに、別の男と付き合った幼馴染。想いを言葉にしなかった僕が悪いのか?


 突然、乱暴に開かれた教室の扉からツカツカと音を立て歩み寄ってくる一人の少年。その少年は僕の幼馴染の一人であり、親友と呼べる存在だ。

 少年は僕が座る席の正面までやって来ると、ドンと机を叩き、僕を真っ向から睨みつけた。


「おい、拓真(たくま)。……ちょっと、(つら)貸せ」


 口調こそいつも通りだが、その低い声と荒々しい態度から少年――宗一郎(そういちろう)が何時になくイラついている事が判った。


「……解った」


 僕は頷くと席を立ち、宗一郎の後ろを着いて歩く。




 宗一郎に着いて行くと、辿り着いた先は学園の屋上だった。

 僕達の通う学園では基本的に屋上は施錠されている。だが、宗一郎が屋上へ続く扉のノブへ触れると、扉はキィという軋んだ音を立てながら開き、外の世界を覗かせた。


 今は冬、いくら昼時で太陽が南中しているとはいえ、肌寒さを感じた僕は少し身を竦めた。



「あ……ごめんね、たっくん。屋上まで来てもらって」


 屋上には先客がいた。先客の少女は肩甲骨辺りまで伸びた黒いミディアムロングヘアを風に靡かせながら佇んでおり、僕を見て僅かに微笑んだ。


「いいよ、暇だったし」


 先客は僕のもう一人の幼馴染、前原(まえはら)(なぎさ)であった。

 どうやら、渚が宗一郎に頼み、僕を屋上へ呼び出したらしい。生徒会役員でもある彼女ならば、屋上の鍵を開けられたとしても何ら不思議はない。



「……それで? 用件は何かな」


 些か性急に思われるかもしれないが、昼休みの時間も限られている為、徐に僕が渚へ呼び出した理由を問うと、宗一郎は「チッ」と舌を鳴らせた。


「分かってるくせに、わざわざ訊くヤツがあるかよ?」


「いいの! ……いいの、宗くん。私からちゃんと話すから……」


 顔を赤くして憤慨する宗一郎を諫めた渚が、ゆっくりと僕へ向き直った。


「……私、先輩と別れたよ。本当に大切な人が誰なのか気が付いたから……。だから……だから、たっくん! 私ともう一度……」


 唇を震わせながらも紡いでゆく渚の言葉に耳を傾ける。


「……もう一度、私と仲良くして下さい」



 顔を伏せ、肩を震わせる渚を見つめながら考える。


 仲良くして下さい……か。()()()の意味が今一つ不明瞭だが、ここまで言われて突き放しては、僕としても些か申し訳が無い。


「いいよ……」


 僕がそう呟くと、顔を上げた渚の表情がパッっと明るく色付いた。


「いいの? 良かった……最近、私、たっくんから避けられてたみたいだから、てっきり嫌われたのかと……」


 渚の言う通り、確かに僕は最近、彼女を避けていた。

 その理由はひどく個人的なもので、端的に言えば、僕が渚に失恋した為、気持ちの整理を付けられずに少し距離を置いていたという理由だ。


「それに関しては悪かったよ。大人げなかったと思う」


 実際、思い返してみれば大人げない行為だったと思う。僕と渚は付き合っていた訳でも、まして結婚していた訳でも無いのだから、彼女が誰と付き合おうが本人の自由のはずだ。だから、好きな人を“奪われた”、好きな人に“裏切られた”という気持ちは、あくまで僕がそう感じたというだけに過ぎない。


 そう、僕は渚が好きだった。ずっと好きだった。



 険しい顔をして僕達の話を静聴していた宗一郎が「フーッ」と音を立てて息を吐いた。


「これにて一件落着だな。拓真……正直、見直したぜ。てっきりいじけて拒否ると思ってたんだが……」


 先程までとは打って変わって、宗一郎は穏やかな笑みを浮かべた。


「回り道したみたいだけど、これでやっと二人の関係が在るべき形になるんだな」


「在るべき形……?」


 僕が疑問を口にすると、宗一郎はやれやれと肩を竦めた。


「惚けんなって。そんな腑抜けた事じゃ、()()取られちまうぞ」


「そ…そんな事ないよっ! 私、もう間違えないから! たっくんだけだからっ!」


 宗一郎の言葉を遮る勢いで渚が叫ぶ。

 その言葉で僕は理解した。先程彼女が言った「仲良くして下さい」の意味。それは男女関係、恋愛的な意味での仲良くだったのだろう。


「……一応、確認なんだけど……これって、僕と渚が付き合うとかって話?」


 僕がそう問うと、渚は頬を赤らめて頷き、宗一郎は「他に何があんだよ」と再び肩を竦めて見せた。



「そうか……そういう意味での“仲良く”なら、無理かな。友人としてって意味なら、こちらこそ――と応えられるけどね」


 僕の言葉に渚と宗一郎の表情が凍った。


 僕達3人の間を冬の冷たい風が通り抜け、渚の髪が揺れた。

 暫くした後、僕が発した言葉の意味を理解したのか、渚の目尻には涙が浮かび、宗一郎は怒髪天を衝く勢いで顔を真っ赤にさせた。


「……っざけんじゃねーぞ、拓真ぁあああ!」


 激昂し僕の胸倉を掴んだ宗一郎。その瞳には憎悪の炎が燃えていた。


「お前、渚の事が好きだったんじゃねーのかよ?! ああっ?」


 ギリギリと襟を締めあげる宗一郎の拳に手を添え、僕はゆっくりと口を開いた。


「……好き()()()よ」


 そう応えると、宗一郎は襟から乱暴に手を放し、僕の瞳を険しい目付きで見据えた。


「お前……もしかして、渚が“裏切った”なんて思ってないよな?」


「……そうだね。渚が僕を裏切った事実はないかな」


 僕の感覚としてはともかく、一般論からすれば、渚は僕を裏切ったとは言えない。僕と渚は明確な恋人関係には無かった。だから、僕は宗一郎の言葉にはっきりと頷いた。


「だったら、何なんだよ? 拗ねてんのか?」


 拗ねてる……か。実際、他人の瞳に僕はそう映るんだろうな。

 長年好きだった幼馴染の少女と生徒会の副会長が付き合って、それを受け入れられずにヘソを曲げた。大方、そういう認識をされるのだろう。



「……渚」


 僕が呼ぶと、涙で頬を濡らした渚が顔を上げ、虚ろな瞳でこちらを見つめた。


「僕は渚の事が好きだったけど……君はどうだった?」


「うぅぐ……ぇぐ……好き……好きだったよぉっ!」


「そっか……」


 涙を拭いながら、ハッキリを想いを口にしてくれた渚。彼女の誠意に応える意味でも、僕は自分の意見を述べるべきだろう。


「ありがとう。じゃあ、僕らは両想いだったんだね」


「……ひっぐ……そ…そうだよ……私達、お互いに……」


 渚の悲痛な表情が少し和らぐ。勘違いさせて傷付けたくは無いので、僕はあえて表情を変えず、淡々と話を進める。


「じゃあ、どうして副会長と付き合ったの?」


「そ…それは……先輩がどうしてもって言うから……」


 再びその表情を苦悶に歪ませた渚を見て、僕は罪悪感を抱きつつも彼女から目を逸らさない。


「おいっ、拓真! いい加減にしねーか! 渚と副会長はもう別れたっつたろーが。それに、渚と副会長が付き合い出す前からお前と渚が好き合ってようが、付き合ってた訳じゃねーだろ?! 浮気した訳でもないのに、何で渚を責めんだよ!」


「責めてるつもりは無いんだけど……ごめん、答え辛い質問だったね」


 僕は渚に頭を下げつつも考えていた。


 宗一郎の言う通り、渚は浮気をした訳ではない。だから、彼女を責めるつもりなど毛頭無いが、かと言って付き合うつもりもない。

 僕と渚はお互いに惹かれ合っていた。好き合っていた。だが、彼女は僕ではない別の男性を選び、その男性と愛を育み、身を捧げた。


 それは只の心変わりから生じた、ありふれた失恋話の一つに過ぎないのかもしれないが、僕は付き合っているか否かを“口約束”の有無だとは考えていない。


 相手に想いを伝え、受け入れられて結ばれ、晴れて恋人同士となる。では、想いを“言葉”で伝えなかったら、付き合っているとは言えないのか?

 例えば僕と渚のようにお互いの家に行き来し、休日は二人で出掛け、多少のスキンシップを交わす関係は、何だったというのだろうか。


 学生のカップルの付き合いと、結婚している夫婦ではお互いに想い合っていたとしても、その有り様は異なる。

 夫婦の関係は法律によって守られ、保障されているが、学生のカップルの交際など所詮は口約束。何ら拘束力を発揮しない只“自分達は付き合っている”という概念に過ぎない。



「……言葉にしなくても、気持ちは伝わるって考える事は傲慢なのかな?」


 僕の呟きに渚は目を伏せ、宗一郎は怪訝そうに眉を顰めた。


「去年のクリスマス。僕と渚は二人で出掛けたね。そして、バレンタインデーには手作りチョコをくれたよね。……それを、君からの“想い”だと感じていたのは僕だけなのかな?」


「……ちっ、違う! 私、たっくんが好きだったからっ」


「うん……。僕もそう思っていた。逆に……僕が渚の誕生日に送ったペンダント……あれを受け取った時、君は僕の“想い”を感じられなかった?」


「――っ!? そ…それは……」


 渚は目を見開き、言葉を詰まらせた。そんな彼女を穏やかな瞳で見つめつつ、僕は微笑む。


「少なくとも僕は、言葉にしなくても想いは伝わるのだと思っていた。口約束よりも積み重ねて来た時間の方が何倍も説得力のある想いになるのだと考えていた。だから――」


「待て! 待てよ、拓真! お前の考えは解ったが、それは甘えだろ? 言葉にしなくても伝わる想いはあるかもしれねーが、言葉にしないと確証が持てないって事もあんだろが!」


「そうだね……確かに、言葉にしないと確証は得られないだろうし、安心出来ない時ってあると思う。けど……」


 僕は一度言葉を区切り、宗一郎を見据えた。


「言葉にしない事は悪い事なの?」


 僕の問いに宗一郎は答えあぐね、唇を噛みしめた。


 自身の発言を反芻してみて僕は思う。或いは悪い事なのかもしれない――と。

 特に欧米の文化ではパートナーに「I love you」を伝える事、つまり想いを言葉にする事が重要視されると聞いたことがあるが、その観点で言えば、想いを言葉にしなかった僕と渚がすれ違う事は必然であったと言えるかもしれない。でも――


「何となくでも僕の想いは伝わっていたんだよね? 確証を得られなくても、僕達が両想いであると認識してくれていたんだよね? それでも渚、君は副会長を選んだ。それが答えだと……僕は思うよ」


 僕は傲慢だったのかもしれない。想いを言葉にしない事は罪だったのかもしれない。だけど、逆に僕が誰かから告白されたとして……その誰かと付き合ったとは思えない。

 確証を得られなくても両想いであろう大切な幼馴染がいるのに、誰かと付き合おうとは思わない。それは僕達の間に一言の口約束よりも重い絆があると思っていたから。

 傲慢……そう考えると、確かに僕は傲慢なのだろうな。


 只一つ言える事は、渚……彼女は僕と積み重ねた時間よりも“口約束”を重要視しており、数年に渡る僕の“想い”よりも、副会長の“言葉”に心を揺さぶられた。


「価値観の違い……になるのかな、これも……」


 そう呟き、僕は踵を返した。



 啜り泣く渚の嗚咽を搔き消すように、昼休みの終わりを予告するチャイムが鳴り響く。


 誰が悪かったのか……僕か? それとも渚か?

 おそらく、誰も悪くは無い。只、価値観が違っただけだ。


 冬空を見上げながら、僕は目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。道を違え、二度と隣を歩く事が無いであろう少女を想い、流した最後の涙を……。

 お疲れさまでした。


 何かしらの“想い”を感じていただけたのなら幸いです。……とか、言ってみたり。


 お読みいただき、ありがとうございました。



※2021/12/16追記


 こちらの作品についてですが、少しばかり追加でご説明をさせていただきたい事がございます。……とはいえ、本文とは直接関係がございませんので、興味の無い方は読み飛ばしていただいても何ら問題はございません。


 まずタイトルの一部に「想いを言葉にしなかった僕が悪いのか?」とありますが、本作は誰が悪い、又は誰の非であったかなどを言及したり、まして特定の人物を“悪”として断罪するようなお話とはしておりません。

 そして、主人公を初めとした登場人物に私(作者)の考えを代弁させたりもしておりませんし、まして「察っせない方が悪い」などと暴論を掲げている訳ではない事を念の為、ここに明記させていただきたく思います。

(要するに登場人物の発言=作者の主張ではありませんよ……というお話です)


 そもそも、このあとがきという場で私(作者)が言葉を尽くして説明している事からも明らかですが、言葉で伝える事は必要です。人類の進化においてもコミュニケーション能力(言語、及び非言語)を発達させてきた歴史があり、何より私自身も察しが悪い方ですから「なら言ってよ」という気持ちも十分に理解できます。


 ただ、大した社会経験の無い若輩の私ですら、その思考、価値観は既に“社会化”されていると言わざるを得ません。一般的に報連相が基本だといわれるように、言語コミュニケーションを駆使しなければ成り立たない関係も当然ございます。

 しかし、それが想いを伝える手段の全てではないかもしれない……と考える機会になればというのが今作の趣旨、テーマになっております。


 長々とした説明文を書いてしまい、ご不快に思われた方には謝罪申し上げます。申し訳ございません。

 改めまして、読んでいただき誠にありがとうございました。

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