―娘と鍛冶屋―
その時窓の外から元気な声とルーナであろう鳴き声が聞こえてきた。
「ワン!」
「あはは!こっちこっち!」
「ワン!ワン!」
「ルーナは外で遊んでるのか。」
挨拶でもしながら村を見て回りたかったので1階に降りる。
「オトナシ様、申し訳ありません。孫がルーナ様を連れ出してしまったみたいで」
階段を降りると村長が玄関のドアの前で話しかけてきた。
「いえ、私が寝ていた間にルーナの相手をして頂いたみたいで、助かりました。ありがとうございます。」
こっちが先にお礼を言ってしまえば子供が怒られる事は無い。
「あと、これから他の方たちに挨拶がてら村の中を見て回りたいのですが良いでしょうか?それと、先程鍛冶屋を見かけたので、そちらも拝見させて頂きたいのですが」
「はい、勿論好きに見て頂いて構いません。村の者にはサンシーカー様のご友人としてオトナシ様の事は伝えてありますので、特に問題も起きない筈です。村の鍛冶師はガボットと言います。娘と二人で店を営んでおります。腕は良いので農具以外の事でもお力になれるかと思います」
話ながら外に出ると女の子とルーナが庭で追いかけっこして遊んでいた。
「ワン!」
ルーナが俺に気が付き、こっちに向かってダッシュしてくると、そのまま俺の顔めがけてジャンプしてきた。全身土まみれの体で。
「まて、早まるなっ」
ボフ!
遅かった。体全体を使って受け止めたので服が土まみれである。
「ああ、元気なのは良い事だ。楽しそうだなルーナ。友達が出来て良かったな」
諦めた笑顔でそう言った。
「ワン!」
嬉しそうだ。
「お洋服の事は後程メイドにお申し付けください」
村長は隣で苦笑いしている。
「ありがとうございます。戻り次第そうさせて頂きます」
「あの、初めまして、セレーナ・カーマインと申します。お兄さんがサンシーカー様のご友人のオトナシ様ですよね?」
申し訳なさそうな顔した少女が話しかけてきた。
「あ、初めまして、音無惣一郎と申します。こんな格好で失礼致します」
いくら俺が若作りとは言え、恐らく10代半ば位であろう少女にお兄さんと呼ばれるのは恥ずかしいな。この子はどこぞの魔法使いと違って本物の少女だ。オジサン、もしくはオジサマで勘弁して頂けないだろうか。
「あの、ルーナ様を勝手に連れ出してしまってごめんなさい!あと泥だらけにしてしまって・・・」
「いやあ、私が眠っていた間にルーナの相手をして頂いて助かりました。なにせ遊びたい盛りのヤンチャっ子なので、相手をして頂けるのはありがたい。なので気にせずに村にいる間はこの子と沢山遊んで貰えると助かります」
軽めの笑顔でそう言ってあげた。
大丈夫だ、セレーナちゃん、オッサンは素直で正直な子の味方だ。
よく見るとセレーナのワンピース風の水色の服も所々茶色の肉球模様がついている。
「ありがとうございます!」
少女はしっかりと腰を曲げてお辞儀をしながらそう言った。
「セレーナ、オトナシ様が村を見て回りたいとおっしゃっています、お前が案内して差し上げなさい」
村長がセレーナにそう伝えた。
「はい!お爺様」「オトナシ様、村をご案内させて頂きます!」
「ワン!」
セレーナはやや緊張しながら元気いっぱいにそう言うと、土まみれの毛玉、もといルーナをみて笑った。
「ありがとうございます。この子も一緒に行くそうです。まずは鍛冶屋までお願い出来ますか?」
「はい!」
鍛冶屋に着く前に数人の村人に挨拶をした。
村人を見かけなかったのは聖霊様の使いである俺の邪魔にならないようにとの配慮だったらしい。
変な服だから避けられていた訳じゃなかったので少し安心した。
彼等からしてみたら神様の友達なのだから、少しくらい変わった風体の方がそれっぽいのかな。どの村人も終始緊張した感じに見えたので、和らげようと出来るだけ丁寧に話していたけど、逆に緊張させてしまったかもしれない。
鍛冶屋の前に着く。
鍛冶屋を見ると煙突からは煙が出て居る。うーん鍛冶屋っぽい。
セレーナがドアを開けて誰かを呼んでいた。
「ポプリ!ポプリ!サンシーカー様のご友人のオトナシ様をお連れしてきたわ!」
ポプリっていうのは娘さんの方かな?
「はーい、大声出さなくても聞こえてるわよ」
店の奥から女の子が出てきた。
「初めまして、音無惣一郎と申します。こちらは聖霊様からお預かりしている子、ルーナです」
「ワン!」
「やっ!可愛い!あっ!失礼しました。私はポプリ、ポプリ・バッチオと申します。この店の娘で、鍛冶師見習いです!」
土まみれとはいえルーナは可愛いからな、その反応は分かるぞ。
「早速お尋ねしたいのですが、こちらは防具等も作っていらっしゃいますか?」
異世界の十代の少女との雑談なんて流石に何話していいか分からない。気の利いた話題が思いつかないので早速本題に入ってしまった。
「はい、大丈夫です、私はまだ大した物を作れませんが、父なら問題なく良い防具を作れます。いま呼んできますので、そちらにお掛けになってお待ち下さい」
「はい、お待ちして居ます」
カウンター前にスツールがあったのでそこに腰かけて店内を見渡す。
セレーナは後ろでルーナの相手をしている。
「大変お待たせ致しました、店主のガボット・バッチオで御座います」
いかにも職人という感じで眼光鋭くガタイの良いヒゲ面のオジサンが出てきた。歳は50代半ばかそれ位かな。
「初めまして、音無惣一郎と申します。こちらで装備を買えないかと思って伺ったのですが」
「ええ、ご用意出来ますよ。武器ですか?それとも防具で?」
「取り合えず武器はあるので防具ですね。あとついでに服も揃えられると良いのですが」
「ふむふむ、なるほど」
そう言いながらガボットは数秒間、俺の事をまじまじと見ていた。
「なるほど、分かりました。服に関しては一部のみしかご用意出来ませんが、今うちにある在庫の軽装防具なら今日中に調整してお渡し出来ますが、新しく作る方が良いですかな?」
「えっと、その前にお金なのですが、生憎通貨を持ってなくて、魔石ならあるのですが魔石でも支払いは出来ますか?」
「魔石ですか・・・、その魔石を見せて貰っても良いですかな?」
「こちらです」
そう言って今日取った魔石を4つ全て渡した。
「ほう、これは凄い!全部澱みが無い。純度の高い魔石だ。これは何処の地域の魔物から獲った魔石ですか?」
良い魔石だったらしい。でもこの森のスライム産なんだけどね。
「この村へ来る直前に出たスライムなのですが、それは珍しい魔物ですか?」
「この森のスライムからですか!?いえ、この森のスライムは特に珍しい魔物では無いですが、あれからこんな綺麗な魔石が出るはずは・・・・うーん」
そう言ってガボットは魔石を色々な角度で見ている。
「所でオトナシ様、武器はその腰の剣をお使いですよね?」
そう言って俺の腰の剣を見た。
「そうですね、折れてる剣ですが私には使い易くて、聖霊様曰く良い物だそうで、特に交換するつもりはありません」
「折れてる剣・・・サンシーカー様がそのように言われる剣・・・・宜しければ拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」
「ええ、良いですよ」
ベルトを外して鞘に入ったままで渡す。
「これは・・・ミスリル?いや他にも何か違う素材が使われているような」
剣を鞘から引き抜き、うんうん唸りながら剣を見ている。
「凄い、こんな凄い剣、武器図鑑でも見たこと無いよ・・・この輝きなら魔剣でも無いだろうし」
ポプリもガボットの隣で剣を見ながら呟いている。
さて、森の中の小屋で拾った剣がなにやら鍛冶屋の親子を悩ませてるみたいだが、出所を聞かれると困る。何て答えようか。この森にあった小屋から借りた剣だから誰かの持ち物なんじゃないかと思うけど、この村の鍛冶屋が知らないって事は、彼が作った剣でないだろう。
さっきの反応でそれが分かったから少しホッとしたが、しかしあの小屋はアンダンテの家だったのだろうか?彼女にはこの剣の事は何も言われなかったし聞かれなかったが、魔導書はあそこにあった訳だし・・・でもあそこにあった靴は彼女にしてはサイズが大き過ぎる。俺にぴったりだったし・・・わからん。
うん、サンシーカー様に譲ってもらった剣という事にしておこう。嘘をつくのは心苦しいが、自分でも分かって無い事が多いから色々説明が出来ない。念の為、後でアンダンテにも確認しておこう。
ひとしきり考えてガボットの方を向くと慌てて剣を返してくれた。
「いやあ、すいません、珍しい剣だったものでつい色々見入ってしまいました」
「確かに良い剣ですな。魔法も付与されていて、恐らくこの剣で倒した魔物は完全に浄化されて魔石の澱みが無くなるんだと思います。確かに折れてるのは気になりますが、それを差し引いたとしてもその辺の鍛冶屋では手に入れられない極上の武器ですな。ここに素材があったとしても、ワシにはこの質の剣は作れません。はっはっは!」
出所の件はスルーしてくれた。嘘をつかずに済んだ。良かった。
「なるほど、それで魔石の方は支払いで使えますか?」
「おお、失礼しました。この魔石なら、うちに今ある装備のどれを買って貰っても結構なお釣りが出ますよ」
「魔石はギルドの方で1つ買い取って貰えば二三ヶ月位は遊んで暮らせるでしょうな。今の買取レートなら、この魔石1つで大体金貨2~3枚って所ですかな」
「なるほど、それって高いんですかね?お金の事が良く分からなくて」
「ええ!?それはいけませんぜ!そんなんじゃ他の町ではぼったくられてしまいますよ!」
「ですよね、もし宜しければ少し通貨等の事を教えて頂けると助かります」
「わかりました、私で良ければ」
そう言うとガボットはこの世界のお金に関する事を教えてくれた。
通貨の単位は【リア】1リアが日本円で1円換算出来た。
金貨1枚 10万リア 500円硬貨大のサイズで少し厚い
小金貨1枚 5万リア 500円サイズで中心に穴あき
白銀貨1枚 1万リア 白く四角い硬貨
大銀貨1枚5,000リア 500円サイズ
銀貨1枚は1,000リア 100円サイズ
小銀貨1枚500リア 50円サイズで穴あき
銅貨1枚は100リア 100円サイズ
小銅貨1枚10リア 10円サイズ
黄銅貨1枚1リア 1円サイズ 5円と同じ色
形は丸か四角のみ
色はそれぞれ金、白、銀、銅、黄銅
通貨はコインのみで、王国の報酬書状は紙幣替わりになるが紙幣その物は存在しない。
魔石の買取は冒険者ギルドか商業ギルドで既定の共通レートでの売買が行われる。
純度の高い魔石は店での支払いにも使えるが、店の言い値になるので店次第で損をする事もある。
物価に関して。
各国のギルドに併設されてる宿は素泊まり1泊:500~2000リア。高い部屋は風呂が付いている。
酒場等での飲食はお酒抜きで、一食500~1,000リア位でお腹いっぱい食べれる感じらしい。
酒は1杯30リア~。高級酒だと1杯1,000リア~。
屋台の軽食や串焼き1本で大体100~300リア。
ポーション等の薬品関係は街によって値段が変わる。
品質で値段がかなり変わる。
安い物でも1,500リラ位から一番高い物で100万リラ位もしくはそれ以上
エーテル(マジックポーション)はポーションの倍位の相場
「とまあこんな感じになります」
ひとまず通貨や物価に関して教えてもらった。
「ありがとうございました。とても勉強になりました」
「いえ、これ位お安い御用でさぁ」
ガボットは笑顔でそう言った。
「ではお支払いの方が問題無ければ防具を見せて頂けますか?」
「わかりました。試着しながら調整の方もさせて頂きます。ポプリ!黒鉄の軽装もってこい!」
「はーい」
軽装防具を一通り試着して、調整もしてもらった物を購入した。大きく調整が必要な部分は無かったのでそのまま装着した。軽装防具なので小手と胸当て、脛当てのみなので防御力はそうでもなさそうだが、見た目は冒険者っぽくなった。
「黒い防具で見た目も良いですね」
その時、姿見の鏡に映った自分を見て違和感を感じた。
「え・・・」
「?オトナシ様どうかなさいましたか?」
ガボットにそう聞かれるも、耳に入ってこない位に動揺していた。