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―混沌の海②―

 少しの静寂の後、突然船に衝撃が走った。下からの突き上げだった。

 ズドォォォォォン!

 船体が勢い良く宙に舞う。


 「な!」

「「「きゃぁぁぁぁぁぁ!」」」

 俺の予想していた攻撃とは違い、不意を突かれた。まさか結界ごと船が浮くとは


 甲板に響き渡る悲鳴。何人かの兵士と魔導士は空中に浮いている。このままだと海面に叩きつけられて死ぬか、甲板に叩きつけられて死ぬ。船が宙に浮いたこの状態でもエルカが一人で必死に結界を維持しているのが見えた。エルカと彼女のローブを咥えてエルカを守る様に床に爪を立ててしがみついているルーナの二人に強化を二種かけ直しておいた。


 俺は船の着水のタイミングを見計らい【キューブ】に用意してあった物を複数甲板に投げ、【シフト】を連続で唱える。


 バッシャァァァァァン!

 辺り一面に水しぶきが舞う。


 投げ出された全員を甲板に着地させると、少し遅れて2本の丸太が甲板に鈍い音を立てて落ち、残りの丸太は海へと落ちて行った。

「忍法変わり身の術。・・・・魔法だけど。」


 船内のセレーナの様子が気になるが、今は無事を祈るしかない。

 船が着水しても安全になった訳では無い。海に視線を戻すと大きな影が見えた。



 影というか壁の様な感じだった。


「おい、これは・・・さっきのイカの倍あるぞ・・・」


 最早全体が見えず、なんなのか良くわからない位の大きさだった。


「シェーナさん!」

「はい!」

「逃げると言う選択はありますか?!」


「・・・・・ありません! この船の速度では逃げきれません!」


「(ですよねー)」小声でつぶやく。


「わかりました! 魔導師団全員で船の防衛をお願いします! それと防衛の指示はエルカさんに任せます!」


 彼女は元魔導師団の団長らしいので俺よりも適任だろう。なんなら作戦の指示も全て任せたいし、毎朝優しく起こして貰いたいし、ヒルズにオフィスも構えたい。


「わかりました~。がんばります~」

 エルカが答えた。その後魔導師団はエルカの指示に従い、交代で結界を張り続ける。

 俺はヒルズのオフィスで毎朝優しく起こして貰いたいので、目の前のたんぱく質の壁を壊す事に全集中した。


「昭和生まれの人間の、食べ物の怨みが恐ろしい事を教えてやる」

 2体目のクラーケン(大)が触手数本で結界全体を隙間なく覆いながら結界ごと船を握り潰そうとしている。


「コイツ・・・さっきの戦闘を見てたのか?頭が良い。外に出る隙間がないぞ」


「エルカさん!結界はどれくらい持ちそうですか?!」


「これだけの人数が居ますから~。まだまだ大丈夫ですよ~。」

 流石は魔導師団の精鋭40名+1名。頼もしい限りだ。


「(よーし、若い子が頑張ってるんだ。オジサンも良い所見せなきゃな)」

 小声でつぶやき気合を入れる。

 身体だけ二十歳のアラフォーオジサンは、若い子に良い所を見せたいので体を張ることにした。


 俺の頭の中の大まかな作戦を見たのか、アンダンテがその作戦を補足するようなイメージを送って来た。


「流石は無限の叡智。今度自家製アイスクリームを奢るよ」


 自分に【オーバードライブ(過剰強化)】と【メタル(過剰装甲)】、【ディストーション(亜空間迷彩)】をかけて一呼吸し、魔法を唱える。


「【シフト(位置転換)】」


 海面に瞬間移動した。

 変わり身の術で海に落ちた丸太と位置を入れ替えたのだ。左腕には事前に予備の丸太を抱えて浮き輪にしている。海水が少し温く感じた


「よし、良い位置だ。船からは殆ど離れてなかったな」

 二十メートル程前に触手の壁がある。船の結界を包んで出来ている肉壁だ。俺を視認できていない事を祈りつつ、カギ縄を投げて触手に引っ掛け上まで登る。カギ縄にもしっかりと【ディストーション(亜空間迷彩)】をかけて見えなくしている。


 なんとか上まで登りきると、奴は結界を食い破ろうと食いついていた。


「急がないと」


 登り切った俺は姿を隠したまま触手から頭、胴体と素早く移動し、ひれ部分まで走りながら詠唱を始める。



「我求めるは創世の、



 汝の力の根源を、



 我の魔力を贄と成し、



 太古の力、等しく敵を消し飛ばせ」




 詠唱を終えつつ、狙った位置まで走り切って振返り、触手へと狙いを定め、魔法を放つ。





「【エンシェント・テンペ(創世の狂飆)スト】」




 辺り一面に、海面から天まで届く巨大な竜巻が次々と現れ、結界を隙間なく掴む触手に当り、少しずつ削る様に切り刻み、その肉片を彼方へと吹き飛ばしていく。


 俺はクラーケンのヒレの根本部分にダガーを2本突き立てて、抜けないように氷魔法でヒレごとダガーの刃を凍らせて固定し、吹き飛ばされない様に力いっぱい握る。凄まじい風を受けて体が宙に浮く。暴風を耐え、薄目を開けて触手が千切れていくのを数えながら、術の効果が終わるのを待つ。


 細めの触手の先端から千切れていく。

「まず腕1本目・・・・・・・・・



 2本目・・・・・・・・・・・・・



 3本・・・・・・・4本」


 術の発動から数十秒か数分か。竜巻は未だに勢いを緩めず、術が切れる気配はない。イカの足は10本。最低でも半分は飛ばしたい。


「5本。よし、太いのが1本千切れた!残り半分」


 竜巻は、海面上に出て居る触手を少しずつだが確実に削り取り、次々と肉片に変えて飛ばしていく。結界中の様子までは確認出来ないが、結界の表面は凡そ1/3見えている。


「もう少しで・・・・・・6本目」

 クラーケンの頭に近い根本部分から6本目の触手が千切れ、海面に出て結界を掴んでる残りの触手4本の先端部分が千切れた所で術の効果が切れた。


「良し、これだけ千切れれば上出来だ」

 結界も既に半分以上は見えているが、クラーケンはまだ食い破るのを諦めていない。


「しつこい奴だ。だがまだだ、食い物の怨み思い知れ」

 そう、私は焼いた烏賊が好物なのだ。そしてこれは身勝手な私怨だ。


 呼吸を整え、静かに詠唱を始める。


「我求めるは汝の力、


 我の魔力を贄にして、

 

 息吹の力、


 等しく敵を凍て尽くせ」


 上空へ思い切り丸太を投げ、【シフト】で位置転換をしてから、自分と位置交換した丸太のあるヒレ部分へと狙いを定めて魔法を放つ。


「【ゼロブリザード(絶対零度)】」


 クラーケンはヒレから凍り始め、徐々に胴体部分、頭部、眼、腕と凍りつき、完全にクラーケンの動きが止まり、そのまま周辺の海も氷りついた。

 

 「これでよし」


 俺は結界内まで凍りついていない事を祈りつつ、無事を確認する為、落下中に再び【シフト】を唱え、甲板の丸太と位置を交換した。


「全員無事か?!」


「だ、だいじょうぶです~」


「ワン!」


「か、かなり寒いですが、こちらは全員無事です。いま、部下達に船内の状況を確認させております」

 ルーナ以外は皆震えている。早い所、暖を取らないと凍え死んでしまうな。

 これ以上の敵は勘弁して欲しい。そう願って、他のみんなが船内で防寒具を着込み寒さ対策をしている間、見張りを買って出たが、どうやら敵は打ち止めらしい。一先ず安心だ。


 敵ごと海が氷漬けになってしまったので、これを処理すべく、再度【バーストグレイブ】を使いクラーケンを焼いた。


 残念な事に、クラーケンは食べられなかった。焼けた一部を味見しようとしたが、焼けているにも関わらず、臭いがきつく、コックにどうにか出来ないかと聞いても、これは無理と言われ断られてしまった。そもそもクラーケン(こいつ)は食えないらしい。焼けた見た目は美味しそうなのに、非常に残念だ。


 一人食堂で落ち込んでいると、乗組員全員に囲まれて感謝の言葉を頂いた。甲板に居た兵士や魔導士達は誰もがアレを倒せるとは思わず、クラーケンを見た瞬間、全員、死を覚悟したとの事だった。実際、ここ2百年程の記録でもクラーケンは4回しか遭遇歴が無いらしいが、いくつかの船団が襲われ船が壊され、生きて帰って来た乗組員は4人。それぞれ別々のクラーケン襲撃の記録の合計人数だ。それも自力で戻ってこれた訳では無く、何日も海を漂い、運良く海岸に流れ着いた人間だという。

そもそも生きて帰ってこれた人間が居なければクラーケンに襲われたかどうかも分からないという事だ。


 俺が一人で突っ込んで行った時は無駄死にすると思われてたらしく、すぐに帰って来て1体目を凄まじい魔法で焼き殺し、続けて現れたさらにデカい2体目も、どうやったかは分からないが轟音と共に触手の半数を千切り飛ばしてから、クラーケンが海ごと凍った時は、その寒さもあって、全員、自分はもう死んでるのだと錯覚したそうだ。


 セレーナはその時の様子をエルカやシェーナや魔導師団の子に聞いて目を輝かせてたり、治療したケガ人にお礼を言われたりしていた。ルーナはなにやら仲良くなった師団の子達と遊んでた。


 ケガ人は出たが、とにかく全員が無事で良かったと、皆交代で遅めの朝食兼昼食を取る事になった。

 昼飯はいつもの質素な献立に、朝の献立の分のおかずが追加されていた。


 昼食時に同席だったエルカに話を聞いてみた。

「エルカさん、クラーケンは別にしても、今回みたいに海竜とかは頻繁に遭遇するものなのですか?」


「いいえ~。今回は凄く沢山の魔物に出会ってますね~。普段はもっとのんびりとした航海ですよ~」


「なるほど」

 うーん、このタイミングでこの襲撃内容。俺が魔物を引き寄せてるのか? 安直に考えたくは無いが、何か良くない事してる奴が居るのかもしれない。うーん。目的は? 俺か、ルーナ。もしくはエルカ。セレーナ?・・・・は無いな。確実に暗殺したい人間がいるなら食事に毒でも盛るか寝込みを襲うだろう。それともこの船自体を沈めるのが目的? 船に何か貴重な積荷でも? 船諸共海の藻屑に? なら爆破でもして船体に穴開けて破壊する方が早いし楽だろう。魔物を使って船を沈めるなんて手間のかかる事をするか? そもそもクラーケン2体とか思い通りに使役できるのか? うーんファンタジー(魔法のある)世界なら可能か? わからん。俺みたいな平凡頭脳の人間がいくら考えても迷うだけだな。こういうのは頭の良い奴に任せておこう。


「所でセレーナちゃんの事なのですが~」

 俺が黙っているとエルカが口を開いた。


「はい、何でしょうか?エルカさん」

 セレーナが答える。


「ん~。セレーナちゃんは元気よね~」

「はい!元気です!」


「じゃあ~、私と特訓しましょう」

「特訓ですか?」

 唐突な申し出に困惑するセレーナ。


「ええ、特訓です~。戦い方と、魔法の特訓よ~」

「本当ですか!?」

 顔が明るくなるセレーナ


「本当よ~」

「やります!お願いします!」

 勢い良く立ち上がるセレーナ


 エルカがどういった結論に至ってそうなったのかは良く分からんが、セレーナを鍛えてくれるらしい。でもまあ全て自己流の俺ではそもそも戦い方を教える事が難しいから本当に有難い話だ。


 エルカは近接戦闘も熟す魔導士なのか。カッコいいな。でもまあ元師団の団長ならそれ位の能力は当たり前か。しかし、先程あんな戦闘があったばかりなのに、エルカも結構タフだな。


「じゃあ、着替えて準備をしてトレーニングルームまで行きましょ~」

「はーい!」

「ワン!」


 この船はトレーニングルームがあるらしい。流石王国の所有する船だ。

 二人が船室に戻り準備してる間、俺は一足先にトレーニングルームを目指した。


お読み頂き、ありがとうございます。


読み辛い所もあるかと思いますが、気に入って頂けたらブックマークや評価、感想を頂けると励みになります。


栞代わりのブックマークでも構いません。(言葉の意味は同じですが)


ぜひよろしくお願い致します。


更新時間は通常、朝8時に致します。

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