―旅立ち―
「それではお爺様、お父様、お母様、みなさん、行ってまいります。」
「行ってらっしゃい!」「お気をつけて!」「オトナシ様!お嬢様を宜しくお願い致します!」
「体に気を付けるんだよ!」
数多くの見送りの言葉が朝靄の森に木霊する。
「さて、しばらくはする事が無いな」
ガボットとポプリに手綱を任せ、残り3人は荷台に乗っている。幌付きのしっかりした馬車だ。
馬車に乗るのは初めてだが、控えめに言っても乗り心地は最悪だ。
酔ったりはしないが、地球でも馬車の時代の人達はこんな乗り物に乗って移動してたとか凄い忍耐力としか言えない。
後でガボットに板バネやの仕組みを教えて馬車の改良を指示しておこう。今は無理だが、あとで村に戻ったら作れるように足回り改良の設計図も分かる範囲で書いてあげよう。あと、座布団という素晴らしい日本文化も教えてあげようと思う。
完成すれば今よりは楽に移動が出来る様になる筈だ。その馬車に俺達が乗る事は当分無いだろうけど。
車やバイク、座布団をやり取りするTV番組に夢中だった若い頃の知識が少しは役に立つな。
そんな事を考えながら、セレーナに俺が現在使える魔法の事を教え、それに合わせた戦い方等を自分の思いつく範囲で教えた。
「実践が一番勉強になるんだけど、この地域では中々そうもいかないから、取り合えず隣村まではおとなしく馬車に揺られて居よう。隣村からローランドまでの間でルーナが魔物を見つけ次第、馬車を止めて貰って実践を経験しておこう。ここからローランドまではスライム位しか居ないみたいだが、それでも魔物は魔物だ。なんでも経験しておくに越した事は無いですからね」
「分かりました!頑張ります!」
セレーナは緊張した声でそう答えた。
ガボットとは事前に打ち合わせしてあるので問題は無い。少し寄り道した所で到着予定が半日から1日位ズレるだけだ。
ガボットは先に預けていた柱の素材で予備の剣と十八番のライトアーマーを完成させていて、使って欲しいと渡された。
以前注文していた予備の剣は見た目、製法共に日本刀のような片刃で少し反りの有る剣をお願いしていた。
黒い刃の剣で波紋は無いが素人目にも出来はかなり良かった。
柄は刃と一体の西洋剣と同じ作りでサーベルの様な感じになっていたが、しっかりと両手で握れる長さで、刃渡りは70㎝程。強度を重視した為か少しだけ身幅が広くなっている。
革で仕上げた鞘も出来ている。殆ど一晩で軽装鎧と刀一振りと鞘まで作れるガボットさんは何者だろうか。
あと、髪を隠す為にフード付きの外套の様な物も用意してくれたのでそれを羽織っている。緑色の染料で染めてあるのでどこかの調査兵団の様に見えなくもない。心臓は捧げたくないが、丁度良く剣も二本あるので、立体機動さえ出来れば色々駆逐出来そうだ。
肝心の柱の金属の分析だが、やはり黒鉄と銀、アダマンチウムの合金で、呪いや魔法の類を付与する場合は割りがねとして銀を混ぜるとの事だった。
武器や防具の素材としても使えると言っていたので、追加で柱2本分を細かく刻んで置いてきた。
好きなように使ってくれと言ったらポプリが泣きながら何度もお礼を言ってきた。
泣き虫だなぁこの子は。
あれは拾い物だからそこまでお礼を言われるものじゃないんだ少女よ。
鍛冶の練習に使ってくれと言ったら、「あんな高価な素材で練習なんて出来ませんよ!」と言われた。
そうして数時間に1回の休憩を挟みながら、一日目の日が落ちる前に野営地に着き、野営の準備をする。馬の負担を軽くする為に、荷物は【キューブ】に入れていた。馬の為の水樽や飼葉、街に売る為に持って行く品等、とにかく全部入れたら村の人達に大分ざわつかれたので、鍛冶屋の時と村長の時と同じように対応したら同じように納得していた。聖霊様パワーが使えるのはこれで最後だろうな。
ガボットとポプリに色々教わりながら一緒に設営をして、念の為ガボットと俺で見張りを交代しながら朝を迎える。ルーナも時々起きて周囲に異変が無いか見てくれてたみたいだった。
頼りになる狼っ子だ。
2日目の昼に隣の村「ホルン」についた。
セレーナにルーナの事を紹介して貰い、ルーナの周りに村人が集まる。
みんな膝をつきルーナに祈りを捧げていた。
ルーナは俺を見ながらきょとんとしていたが、耳元で「みんなに挨拶を」と耳打ちすると、元気よく「ワン!」と吠えた。
ホルンの村人はなにやら物凄く有難がっていた。
フードの効果で俺への奇異の目は避けられた。
聖霊石を運んできて頂いた人物だとセレーナから紹介をされた時は、俺まで拝み倒された。
後でストラルから聞いたのだが、代々受け継いでいる書物によると聖霊石は聖霊に認められた者以外が触ると呪われるらしい。
村最古の管理者一族であるカーマイン一族(ストラルやセレーナの一族)は触っても平気らしいが、それでも長時間近くに居る事は出来ないらしい。力が強すぎて長時間傍にいると中てられてしまい、二三日寝込んでしまうとか。現在、聖霊石は屋敷の地下の部屋を祭壇にしてそこに安置しているとの事だ。
そんな聖霊石をシーツに包んで背負ってきた俺を見て、村長はかなりビビってたらしい。
確かにそんな奴が来たら、あれくらいの神対応されるよな。
ホルン村の村長にも是非泊まって行って欲しいと懇願されたが、他の地の聖霊様の下に急がねばなりませんのでと、丁重にお断りして村を出た。
村を出る前にせめて旅の助けにと色々な薬草や薬を渡された。
そう言えばこの村は薬草が多く取れる場所にある村だった。そしてセレーナのお母さんはこの村の出身だったな。セレーナの血縁者も居たのだろう、セレーナの手を握り涙ながらに数人と話しをする姿が見えた。
頂いた薬は太っ腹な量の薬だった。多分この世界の薬は貴重だろうに。
そうしてホルン村を出て日が落ちる前までにルーナがスライムを3度程感知したので、そのスライムでセレーナの実戦訓練が出来た。
ポプリが見立てたセレーナの武器は、レイピアとダガー、防具は革と鋼を使った見慣れた軽装鎧だった。素材が違うだけで形は俺のと同じだ。女性用に細部の作りを変え、更に模様などが細かく施されていた。実用的でオシャレな装備になっている。細工はポプリの案で、手がけたのもポプリらしい。さすがは女の子。少しの鋼と革で仕上げた軽量の木の盾もある。
実戦時、セレーナにオーバードライブをかけると、勢い余って敵をすり抜けるという想定内の動きを見せてくれた。
ガボットとポプリにもオーバードライブをかけてあげたら面白がっていた。
スライムがもっと出てくれたらとポプリは愛用のショートソード片手にうずうずしていた。
ガボットは冒険者時代を思い出したのか、御者台から色々な昔話を話してくれた。
若い頃は素材狩りも兼ねて冒険者をしていたとか。本業は鍛冶屋なので赤の国から出たりする事は無かったみたいだ。それでも自分の武器を打てるようになってからは性能や改良を加える為のテストとして王国付近や北の国境付近まで行ったとか。でもその際に職場を長く休んでしまったため、鍛冶屋をクビになりかけた事があったらしい。
そうして日が落ち、2日目の野営地に着いた。
同じ様に設営をして、今日はセレーナも交えて3人で見張りをしながら朝を迎えた。
ルーナはセレーナの順番の時、一緒に見張りをしてくれてたみたいだった。
やはり頼りになる狼っ子だ。
気が付けばルーナは初めて会った時から大分成長した。
身体の大きさがトイプードルサイズからミニチュアプードルサイズ位には変わっていた。
全体的に細いので大きくなった感じはしないが、目の錯覚だろう。しっかり成長している。
種族は狼だけど。
2日目の睡眠時間に無意識空間でアンダンテに気になった事を相談をしていた。
一日目の移動の時、荷台は暇なので色々考察していて思いついた事だった。
キューブについてだ。
俺のキューブに入れている物を何らかの方法で術者以外でも取り出せるようにする方法は無いか?という相談だ。
彼女は少し考えて居たが、多分可能だと言って、理論のみで魔法陣を構築していた。
その魔法陣を刻んだ道具袋なら、俺が使っている同一のキューブの空間にアクセス出来るかもと、出来上がった魔法陣のイメージを俺に見せてくれた。
早速目を覚まして羊皮紙に刻んで置き、道具袋に写してみると、道具袋からキューブにアクセス出来た。もう一つ作りセレーナに渡しておいた。
流石に術者以外はイメージだけで取り出せる空間転送は出来ず、道具袋に手を入れて道具をしっかりイメージしないと取り出せなかった。あと、道具袋の口以上の大きさの物は袋の縁に引っかかるので、物理的に取り出せない問題が出たが、袋口を大きく開けるように作り直すことですぐに解決した。
残りの一つはガボットに渡した。
キューブのアクセスに関しての本当の目的はこっちだった。
一種の物質転送装置として使いたかったのだ。
理論的にも実際も人間の移動は可能だが、リスクが大きいのでやらない。けれど、生物以外の武器や防具の依頼や村との連絡で使えればと思い、考えていた物だった。
日に一度か二度、手紙を書いて【キューブ】もしくは道具袋を介してキューブに入れておく。それを各自が相手の手紙をイメージして中を探せば手紙が受け取れるという仕組みだ。
これはかなり危険なアイテムになるので、村長以外の村人には他言無用にしてもらうが、ガボット親子なら問題は無いだろう。
手紙や物の受け渡しがすぐに出来るというのは、リモートなんちゃらの比ではない。
ガボットさんには色々依頼したい事があるし、冒険者としての経験もあるので適任だと思った。
既にいくつか武器の作成依頼を出している。
この件に関しては後で天才美少女(自称)を褒め称えておこう。
そうして三日目の朝を迎えた。
何回か交代して貰って馬車の操縦を教えてもらった。
それほど難しくはなかったので後は慣れだな。
予定通りすんなり進んできたので今日の昼前後には到着するだろうとの事だった。
さて、ローランドはどんな街なのだろうか。




