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ゆらぎ永遠子のライブに行きたい

作者: あるまじろう

午後の授業が始まるまでの少し長い昼下がりの休憩中、いつも静かにソシャゲしたり飯食ってポツポツとしゃべる俺たちであったが、今日は少し違った。


 友人の一人、平沢が声を潜めてこういうのだ。


「聞いてくれ、ゆらぎ永遠子ゆらぎ とわこちゃんがデビューする。」


 俺と鈴木の顔を交互に見つめながら平沢は真面目にそういった。


「そうか、あのサ終(サービス終了の略)しそうなやつか、おめでとう」


 俺はちらりと平沢の顔を見たあと、母親が作ってくれた味が妙に薄い弁当をつついた。


「そうか。」


 鈴木は購買で買った総菜パンを口に入れながらそう言った。まぁそんなもんだろうリアクションなんて。しかし、平沢は俺たち二人の淡泊な反応にめげずに話を続ける。


「話はこれで終わりじゃないんだよ。あとおい、お前今サ終っていっただろ、まだ決まってるわけじゃないからな。こうしてゆらぎ永遠子ちゃんのデビューが決まったことによってな、夢娘達の夢が現実になるんだよ。」


 平沢がやっているゲームは「夢見る娘の第一歩、ドリームマジカルガールズ(通称、夢娘)」というタップゲー(ひたすらボタンを押して女の子を育成するタイプのくそだるいゲーム、よく出てきてすぐにサ終するタイプのやつ)なのだが、どうやらそのゲームの中の子がデビューするらしい。


「まぁよかったんじゃない。」


 言葉の最後にどうでもいいと入っていることが自然とわかるような言い方で鈴木は答えた。その通り、割とどうでもいい。一人デビューしたくらいでゲームの繁栄が大きく左右されるわけではない。


「違うんだよ!これは違うんだよ!なんで俺がこんな話を声を潜めて言っているかわかるか?ゆらぎ永遠子ちゃんはな、声優志望の女の子なんだけどな。実際にCV(キャラクターボイスの略、いわゆる中の人)とキャラの名前が一緒なんだよ。ゆらぎ永遠子役のゆらぎ永遠子なんだよ。」


 平沢はなにか話の核心を隠すようにしながらもひそひそと続けて話す。


「そーかー、それは良かったな。」


 俺は、俺でやっているタップゲーのログボとデイリーを消化するためにスマホを開く、弁当の残り半分を箸でつまみながらもう片方の手でひたすらタップしていく。

平沢は全く興味を示さない俺と鈴木をやれやれとでもいうように頭を振る。俺もそうだが、こいつもアニメやら動画やら見すぎて動作が二次元っぽい(オタクっぽいともいう。)


「ゆらぎ永遠子ちゃんがこのクラスにいるって言ったらどうするよ?」


 そうしてささやきながら平沢はドヤ顔をしながら「夢娘」のアプリページの写真を見せた。


 そこに映っていたのはクラスにいる女子、根岸さん(クラスの女子からはネギちゃんと呼ばれている)が映っていた。まごうことなく根岸さんだった。


 その写真は、白いブラウスを着てこちらを見て笑っている写真だったのだが、口元にあるほくろと少し天然パーマがかった髪がウェーブしている。そんなに顔をまじまじ見たことないから根岸さんと似ているほかの女子かもしれないが、雰囲気が根岸さんだったのだ。


 思わず窓際で談笑する根岸さんのグループを見る。根岸さんは誰かの話を面白そうに聞いてにっこりと笑っていた。


「マ?(まじかの意味)」


 先に声をあげたのは鈴木だった。総菜パンを無理やり全部口に押し込み、窓の外を見るふりをしながらがっつり窓際の根岸さんを見る。


「マ。」


 平沢はそういうと黙ってスマホを打ち出す。


 しばらくすると俺たちのグループに通知が来た。平沢が猛スピードでチャットを打ったようである。


「根岸さんって別にクラスで一番可愛いってわけじゃないけど、笑った顔可愛いよな。この時の顔がゆらぎ永遠子ちゃんにそっくりなんだよ。気づいたのは一か月前だったんだけどな、こないだのイベントの時にゆらぎ永遠子ちゃんの笑い声が追加されて、しかも笑い声のパターンが三パターンもあったんだよ。べつにゆらぎ永遠子ちゃんは笑い上戸ってわけじゃないんだけどな、なぜだか追加されて、で、だよ、なんか聞いたことあるなとは思ってたんだよ。で、昨日ゆらぎ永遠子ちゃんのデビューが決まって、写真が載ったんだけど俺は確信したね。元々俺はゆらぎ永遠子ちゃん好きだったんだけど、推す(好きなキャラクターを応援すること)ことにしたわ。ライブ行くわ。というかよく見てみろよ、根岸さん声可愛くないか?クラスの女子の声とか二次元以下過ぎて聞いてなかったんだけど、聞いたら一発で分かったね。ゆらぎ永遠子ちゃんは根岸さんなんだよな。」


 平沢はチャットを読み終わった俺と鈴木の顔を交互に見る。どうだ見ろとでもいうような顔で腹が立つ。


「草(面白いの意味)」


 俺がチャットに返す代わりに言葉で返す。


 ゆらぎ永遠子のライブは一か月後の土曜日にあるらしい。すでにチケット抽選が始まっているらしい。


「行くぞ!」


 平沢は俺たち二人を見てそう言った。


「俺はいいや、別に。三次元は厳しいわ。ライブ良かったら教えて。」


鈴木は平常通りにそう答えた。


「まぁ鈴木はそういうと思ったよ。高木!お前は来るだろ?」


 平沢はそうそうに諦めた。鈴木のことを考えるとこのリアクションは妥当である。ダメで元々というところだろう。


「え~、チケットいくらよ。」


「3500円推すなら今、キャラクター説明なら俺がみっちり伝える。そもそもゆらぎ永遠子ちゃんのことをお前も好きになってくれるはずだから。」


「3500円って十連回せるじゃん。(ガチャで回すクジのようなもの、十連一回というのは単位みたいなものである)」


「十連より価値があるものがあるんだって」


 平沢は俺が引き気味なのを気にせずガンガンに推していく。推したい気持ちはわからないでもないが、そもそも知らない声優のライブに行くほど金に余裕はない。平沢には諦めてもらおう。


「いやーやっぱ今回は……」


「平沢君、もしかして夢娘やってる?」


 突然背中の後ろから声が聞こえる。振り向くとそこには根岸さんが立っていた。


「あー……ま、まぁちょっと、いやちょっとね。やってて……」


 根岸さんはこちらにしか聞こえないような小さな声で囁いた。


「そしたら永遠子のことも知ってる……とか……??」


 平沢、固まりつつも無言で頷く。おい、さっきの饒舌はどこへいった。気持ちはよくわかるけどな。


「よ、よろしくね!」


 根岸さんはそう言って去っていった。一瞬の出来事だった。


 は?こんなの決まってるだろ。


「平沢、行くぞ。」


「あ、あぁ……」


「ちょろすぎワロタ(二人が女子に声をかけられたことで一瞬で落ちた意味)高木の手のひらクルー草(手のひら返しの意味)いってら。」


めっちゃ、めっちゃ行きたい。


俺はゆらぎ永遠子のライブにめっちゃ行きたい。ひとまず「夢娘」を即ダウンロードした。


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