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大森林の怪物

 世界の果てとも言われている西方アニア伯領。そのアニア伯領に置いてさえ辺境とされる大森林は、独自の文化を築き上げていた。

 そして、大森林の中心都市ザラスより北に半日、火山アフラから西に半日と、大森林における文化の中心からも離れたこの村は、帝国世界における最果てと言っても過言では無い。


 その様な、辺境の森を走り回る姿二つ。

 何方も、まだ少年の様だ。

「アスラ…。待って、早すぎるよ!」

「だらしない。…少し休むぞ」

 二人の少年は走ることをやめ、近くの樹に上り、枝の上で寝ころんだ。

「ねぇ、アスラ。狩りってさ、こんなに走り回ってやるもんじゃ無いと思うんだけど」

「ほう、村一番の猟師を相手に狩りの講釈か?」

「獲物は一番獲っているけど、猟師じゃないでしょ」

「じゃあ何だ?」

「遊んでる子供」

「正解だ」

 そういうとアスラと呼ばれた少年はニヤリと笑い、もう一人の少年を軽く叩いた。

「シュラ。最近はガル達と連るんでいるせいで鈍ったか」

 シュラと呼ばれた少年は、少し頬を膨らませアスラを叩き返した。

「アスラが変わったんだよ。一ヶ月見ない間に早く成り過ぎ!」

 アスラは朗らかに笑い、もう一度シュラを軽く叩いた。

 二人は暫くそうして戯れ、親友との再会を喜んだ。


 日も傾きだした頃、二人は取れた鹿をずるずると引き摺りながら、村へと向かっていた。

「そういえば、アスラ。弓はどうしたの?」

 シュラは、その日ズット気になっていた事を、アスラに聞いた。

 何時も、森に入る時には弓を持っていたアスラが、今日に限って手ぶらのままでやって来たのだ。

 おかげで狩りをするにも走り回る事となり、獲物も鹿一頭しか獲れなかった。

「飽きた」

 アスラは忌々しそうに、そう呟いた。

「飽きたって、あんなに好きだったのに」

 初めて狩りに誘ってから、この友人は弓にすっかり夢中になってしまっていた。

 それなのに、飽きた等とは、この一ヶ月の間に一体何があったのか。

「飛んだり跳ねたり、出来るだけ離れたり、逆立ちしたり、思いつく限りの縛りプレイは全部やった。

 何をしても中ってしまうからな。もう、やることがない」

 シュラは親友の心を察する事が出来、安心した。

 アスラの弓の腕は非凡である。実際、ザラスでもアスラの弓の噂は知れ渡っていた。

「縛りプレイが何かは知らないけど、要はもっと弓の技を知りたいって事だね」

 自然と声が弾み、足取りが軽くなっていく。

「家にきなよ。いいものを見せてあげる」


 シュラの家は、村の中で一等飛びぬけた造りだ

 アスラに次ぐ狩人であるシュラの羽振りの良さを頼りに親族が集まり、そのたびに増築を繰り返し、今ではちょっとした砦の様相と化していた。

 入り口から中に入ると、ちょっとした広場に成っており、居住空間である屋敷以外にも納屋や屠殺所、鍛冶場すらある。

 アスラの住む村では一族の数が最も多いため、シュラの一族は今や村の村長的地位に治まっている。

 その一方で、アスラ家は親族がいないために、羽振りは良いが他の家と変わらない。


 門を開けると、すぐさま初老の男が一人迎えに来た。

「シュラ様。お帰りなさいませ。アスラ様ようこそ」

 二人は軽く手を挙げ挨拶を返すと、鹿を男に預け、屋敷の中へ入って行った

「初めて見るな。また新しい奴隷を買ったのか」

「ヴィロは親戚。子供を亡くして、寄る辺が無いからザラスから連れてきた」

「本当に一族が多いんだな」

 暫くすると、二人はシュラの部屋へとたどり着いた。

 豪華に色付けされた扉を開け、部屋の中に入ると、壁一面に多種多様な武具が置かれており、中でも一際目立つように複雑な装飾を施した弓が飾られていた。

「これは?」

「ザラスの職人が作った弓。まぁ、引いてみてよ」

 アスラは勧められたまま、弓を引いてみた。

(重い。それに硬いな)

 足をかけ、両手で弦を引くと、弓は大きくたわんだ。

(普通だったら折れている)

「面白いでしょう。これだけたわんでも折れないし、素材も見たことの無いしなやかさをしてる。これなら、アスラの力にも耐えれるでしょ?」

「ああ、素晴らしい。この弓なら今よりももっと遠くへ射れる。これのためにザラスに行ったのか」

「うん、家はここ最近伸びてきているからね。領主が接待してくれたんだよ。この弓の素材は大森林の外、大陸の中央で取れる鉱石を加工しているんだって、弓に成形出来るのはザラスでも一握りだってさ」

「俺が貰ってもいいのか?」

 アスラの問いに、シュラは苦笑して返した。

「元々、君にあげる為に作って貰ったんだよ。僕の家人が不安がってさ、今後も君と仲良くする為にご機嫌取りをしろって」

「なんだそれは、失敬な!」

「それだけ、村外から来た家人が増えたのさ。君は弓を得て、僕の家人は安心得る。どっちも損はないと思うけど」

 アスラは無言で暫くの間、シュラの事を見つめた。

「……弓の事は感謝するが、あまりそんな些事に心を砕くな。俺が生まれ変わり、そのすぐ側にお前が居た事は、なにか、意味があるはずだ。……少なくとも、配下に媚びる為では無いはずだ」

 ……この友人は、自分が転生し、前世の記憶があると公言している。

 そして、実際に理外の力を持ち、僕も何故かそれについていけている。

 けれども、世界の隅の大森林で日々を過ごす自分たちが、彼の言う大それた事を成すとはどうしても想像が出来なかった。

「……ありがとうアスラ。でも僕は今のままでいいよ」



 俺がこの世界に転生して13年。最初は何の冗談かと思ったもんだ。

 死んだ時の事は、はっきりと覚えている。が、意識が暗転したと思ったら、どういう訳か、がりがりに痩せ細った女の腕に抱かていた。

 直観的に、この女は俺の母親で、何か食わせなければ数日たたずとも俺も、この女も餓死すると理解できた。

 とわいえ、がりがりの女に抱えられる程小さかった俺。即ち赤ん坊にはどうしようも無く。

 案の定、女は3日程で動かなくなり、俺も徐々に体が弱っていくのを覚えている。

 このまま、第2の人生が終わるのか、次もあるのかと考えていた時。ふと、体の奥底に、何か熱い、エネルギーの様なものを感じた。

 兎に角無我夢中で、幻かもしれないそれを使えないかと意識してみた。

 何かの殻を破るように、深層から。一つ一つ、幕を破るような感覚を感じながら。

 エネルギーを全身の筋骨に伝え、細胞の隅々にまで注ぐ。

 すると、立ち上がる事が出来た。

 そして、立つだけでなく、走る事も、殴る事も。殺す事も出来た。

 そして余りの喉の渇きから、殺した狼の血をすすってた所を、何の偶然か、偶々シュラの家族がザラスから買い出しの途中で近くを通りかかり、偶々シュラが用を足すために道をそれ、俺を見つけ、そして偶々偏見無く育ち、優しく慈悲の心を持ち、狼の血を啜っている怪物じみた赤子に近づく勇気を持ち、その子供を連れ帰る事を家族に認めさせる程弁が立つ、シュラのおかげで、今俺はここにいる。

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