7 ファーストテイム
綺麗な銀の髪を束ねたリボンが、するりと抜けて地面に落ちる。苦しんでもがくアドミスの動きに耐えられなかったのだろう。
綺麗な青い瞳は、きつく閉じられた瞼の奥に隠れて見えない。ものすごい汗が、白い肌を伝って流れおちて・・・
「アドミス!」
声を出して、アドミスに駆け寄った。暴れるアドミスにかまわず、肩に手を置いて再び名前を呼ぶ。
「アドミス!どうしたの!」
「くっ・・・ぐぅ、あんた・・・」
うっすらと開いた目が私をとらえて、少しだけ緩んだような気がした。でも気のせいだったようで、次の瞬間には睨みつけられた。
「あんた、馬鹿か!・・・どう、して・・・追ってきたっ!」
「それは、お金が・・・そんなことより、どうしてこんなことに!アドミス、私は何をすればいい!?どうすればアドミスを助けられる!?」
「・・・っ、馬鹿。あんたに、できることなんて・・・ない。くそっ・・・ぐぅ。」
「アドミス!嫌だ、死なないで・・・」
涙があふれた。身勝手だと、泣いている場合じゃないと分かっているけど、涙が出て、手が震えて、身体が震えた。
駄目だ、どうにか、だれか、助けて!
「あ、く・・・そ・・・だから、追うなって・・・」
「だって・・・だっでぇ・・・」
「ぐあああ、ん。」
「あどみず!」
駄目。もう、もすぐ本当に別れが来てしまう。そうしたら、私は・・・誰か、誰か助けて!神様・・・女神様っ!
「めが・・・みざま・・・」
女神様。私をこの世界に送った女神様。私はその人に力をもらった。その力を半分に分け合って、私がもらったのは異性をテイムする能力。そう、テイム。
私を怯えさせない為か、声を抑えるアドミス。しかし、どれだけ苦しいかはその汗と表情を見ればわかる。何がアドミスを苦しませているのかはわからない。毒か、病か・・・でも、どっちでもいい。
この人を救うためには、そうだ・・・テイムすればいい。
テイムすると、テイムされた側は完全回復すると言っていた。なら、アドミスをテイムすれば、アドミスを救える!
「アドミス・・・ごめん、ごめん。」
「なんで・・・あや、まる?僕は・・・僕が、あやまる、べきだ・・・」
涙をぬぐった。私は、深呼吸をして少しでも自分が落ち着くように努め、震える手でアドミスの両肩を掴んだ。
「ぐ、何を?」
「恨んでいいよ。私は、あなたの自由を、奪う、から。」
驚いて固まるアドミスを見て、隙ができたと私はアドミスに口づけをした。アドミスが口を開いたのをいいことに、私はその中に舌を入れて・・・ばっと体を離した。
「・・・テイムぅ!」
「・・・!?」
顔を真っ赤にして、私は高らかに叫ぶ!
これが、私が女神に与えられた力。お互いの唾液を合わせて、私がテイムと叫べば相手がテイムされ・・・従属するという能力だ。
本当は血と血を合わせるのだけど、女神さまが女の子に血を見せるのもね・・・と言って、唾液でOKとなったわけで・・・
これなら、相手の口に舌を入れて叫べばいいだけよ・・・と言われた。簡単なことのように言われたが、これめちゃくちゃ恥ずかしいし・・・魔物にはできないな。
魔物だと、舌食いちぎられて終わりそう。
「あんた、何のつもりだ!?」
「だから、最初に謝ったじゃん!うぅ・・・それで、体調は?」
「え・・・あれ、呪いが消えてる?」
「・・・え、呪い!?」
毒か何かで苦しんでいるのかと思っていたが、呪いだったようだ。まさに、ファンタジー世界。
一息ついて、訪れたのは気まずい沈黙だった。こんな沈黙を破る勇気は私にはなく、破ってくれたのはアドミスだ。
「あんた、少し僕と付き合う気はあるか?」
「え・・・いいの?」
「あぁ。もうあんたを避ける理由もないし・・・手、かせよ。」
避けているというのは初耳だったが、特に聞かずに差し出された手を取った。
「目はつぶっておいた方がいい。」
言われて目を瞑ると、なんだか不思議な感じがした。風が無くなった?それに、なんだか・・・薬草の匂いがする。
「目を開けてもいい。」
「・・・え!?ここどこ!?」
そこは、綺麗に掃除をされた部屋だ。ただ、生活感などはなく、置いてある棚にも荷物が一切ない。あれ、さっきまで草原にいたよね?
「魔法を使った。ここは王都にある俺の部屋だ。まさかまたここに戻ってくるとはな。あんたの・・・タマメのおかげだ。」
「・・・状況が追い付かないんだけど。」
「そうだな。だが、まずは風呂に入っていいか?」
「ふ、風呂!?え、あー汗かいたもんね?」
「あぁ。とりあえず風呂に入りながら、僕も頭の中を整理してくる。」
「わかった。できれば・・・私もお風呂に入りたいんだけど・・・」
「は?あんた何を・・・あ・・・僕の後なら好きなだけは言っていいぞ。」
「え・・・もちろん後から入るけど・・・え、まさか一緒になんて入らないよ?」
「・・・行ってくる。」
そそくさと部屋を出て行くアドミスを見送って、私はその場にしゃがみこんだ。
「う~・・・アドミスの記憶と私の記憶、消せないかな。テイムしたときの記憶、消したい!」
アドミスを助けるためとはいえ、キスをしたのが恥ずかしくて仕方がない。しかも、私舌でアドミスの歯を舐めて・・・
「うわーーー!もう、忘れよう、うん。人工呼吸がノーカンなのと一緒で、あれもファーストキスじゃないってことで・・・忘れたい。」
別に、アドミスが嫌いなわけじゃない。だって、すごくきれいな顔をしているし、面倒見もよくて優しい。しかも、私の命の恩人だ。嫌いになる要素なんて、あの毒瓶くらいしかない。
そう、あれは怖かった。キメラを殺しても殺しても、手渡される毒瓶。必要なことだと分かっているけど、10体殺せば終わるとはわかっているけど、間を置かずに手渡される毒瓶はちょっとトラウマものである。
「ふぅーちょっと落ち着いてきたかな。えっと、この部屋は寝室かな?」
部屋の様子を見回すと、空の棚と姿見、それから大きなベッドが置いてあった。キングサイズという奴だろうか?
ここはどこなんだろう?カーテンを開くと、そこにはバルコニーがあって、そこから見える景色を見れば、ここがそこそこの高さにある部屋だと分かる。
鍵を開けてバルコニーに出て、私は絶句した。
「人が、ごみのように見える場所・・・って。」
ここは、町中ではない。少し離れた、ここよりも低地ににぎわっていそうな、建物が並ぶ街のようなものが見えた。そして、遠く離れたところにその町を囲う壁。
「・・・王都・・・にある、アドミスの部屋・・・王都?」
王都は、王城があってその周囲に貴族の屋敷、貴族向けの店、平民の住居や店などがあると聞いていた。
「・・・城はどこかな?」
震える声で周囲を見渡すが、この建物より大きな建物は確認できない。もしかしたら反対側にあるのかもしれない。ここはきっと、貴族の屋敷だろう。そう、あんな大金を持っていたアドミスは貴族だったのだ。
「アドミス様とか呼んだ方がいいかな・・・いや、最初に嫌がられたっけ。というか、貴族テイムしたら殺されないかな。」
前の世界で、私は普通の家庭に生まれた、お嬢様学校に通う生徒だった。そして、この世界では身分すら持たない、もしかしたら平民以下と言われるような存在でしかないかもしれない。
「あ、アドミスがそんなことするわけ・・・いや、まだ間に合う。別に、テイムしたとは言ってないし・・・テイムとは叫んだけど・・・まだごまかせるかも!」
「何がごまかせるんだ?」
「え・・・・・・・・」
「顔が青いぞ、あんたも早く風呂に入ってきたらどうだ?」
「うん、そうする・・・」
「風呂はこっちだ。」
手を引かれて、隣にあった浴室に連れていかれた。そこで使い方を説明されて、一人そこに残された。
「ごまかせない、よね・・・ばっちり聞かれたし。」
先ほどの出来事を思い出し、私はごまかすのを諦めることにして風呂に入った。
風呂から出ると、何か紙束を見て眉間をしかめているアドミスがいた。だが、すぐに顔を上げて紙束を放り出した。
「タマメ、顔色が戻ったようで良かった。ここだと椅子がないし、向こうで話そう。」
「うん・・・アドミス。」
「ん?」
「その、怒ってないの?」
「・・・は?怒るってなんだ?」
「いや、だって・・・私アドミスのことテイム・・・私に逆らえないようにしちゃったんだよ?」
「それについては、感謝しかしていない。ありがとうな。」
「・・・もしかして、束縛されたい系?」
「あんたな・・・その時々出てくる残念な思考はどうにかならないのか?出会った時だって、パンツパンツ言って・・・」
「いや、その・・・あの時は反動が出たっていうか・・・」
あの時は、意味の分からない状況で、命の危険まであって、やっと普通の環境に落ち着いたことでテンションがおかしくなっていたのだ。
あれ以降パンツパンツなど言っていないので、もう忘れてくれないだろうか。
とりあえず座ってから話そうと言われて、浴室は反対の扉を通って、応接室みたいな場所に連れていかれた。
ふかふかのソファ・・・ここで眠ってしまいたい。
私にソファを勧めて、アドミスは私の隣に座った。ソファは机を挟んで向かい合わせに置いてあるので正面に座ればいいのにと思って、固まった。
「まさか、誰か来るの?」
「いや、さっきまでは来ていたけど、これから来る予定はない。それで・・・タマメは、これからどうするつもりなんだ?予定通り、あの町に行くのか?」
「へ?・・・うーん・・・」
先ほどまで目指していた町。そこを目指していたのは、近い町がそこだったからという理由だけで、別に人の集まる場所ならどこでもよかった。
私には、2つの目的がある。一つは、守君を探すこと。これは、守君と再会を約束したというのもあるが、守君はろくな説明も受けずにこの世界に送られてしまった。なので困っていることも多いと思って、それを教えてあげたいと思っている。
そして、もう一つ。守君は知らないが、私達がこの世界に送られたのは、とある人物・・・というより国を止めるためだった。
そう、召喚魔法という能力を受け継ぐ血筋が現れる、王族。そして、それを国家間の戦争に使うであろう野心家の国を止めるために、私達はここに送られたのだ。
守君と別れてから数か月。彼を探すのは難しいことだと思う。なら、野心家の国の情報を集めるほうを優先した方がいいかもしれない。
「この世界の・・・いろいろな国のことを知りたいって思っているんだ。どんな人が治めているのかなって。」
「治めている人物、王か。それは、依頼と何か関係があるのか?」
「・・・悪さをしようとする人が、王族なの。」
「なんだって?」
「・・・」
突飛な話だと思ったのだろう。そもそも、この世界の世間を知らない私が、無一文の私が、悪さをする王族を止める、そんな荒唐無稽の話だ。
自分で言っていて、馬鹿らしくなってくる。
確かに、私は異性ならテイムできるという力を持っている。でも、それを使うにはキスをしなければならない・・・王族とキスなんて無理だ。まず会うことすら叶わない。会ったとしても、どうやってキスするんだ。
私が男性で、相手が女性だったらできたかもしれない。非人道的だが、力づくで無理やりやって、合意の上だと言わせてしまえばいい。
「私と同じように依頼された人がいるから、できればその人と合流しようかと思っているんだけど・・・まずは情報収集だけでもしようって思って。」
「本気のようだな・・・さっき聞いた限りだと、どの国の王族を止めるのか、それは聞いていないって様子だな?」
「・・・召喚魔法を受け継ぐ国。そんな国は一つしかないし、すぐに行動を起こすからわかるって・・・」
「ちょうど、動き始めた。」
「え?」
「さっき僕が読んでいた報告書に、魔王討伐のために勇者召喚を行ったと書かれていた。そして、その勇者召喚を行った国は、悪名高いゲルベルドだ。」
「その名前、何処かで聞いたよな・・・」
「悪名高いって言っただろ。それと、僕の呪いに関しても、その国の者がやった。僕が、ゲルベルトの誘いに乗らなかったから報復としてな。」
意外と、身近に被害を被っている人がいて驚いた。
「数か月前の報告書だったからな、もしかしたら今頃は魔王と対峙しているかもしれない。で、どうする?」
「どうするって・・・」
「悪さの中に、魔王を倒すが含まれているなら、止めないといけないんじゃないか?」
「・・・魔王・・・の話は聞いてないけど、人間にとって悪いものなの?」
「さぁ。あいつが現れたのは百年以上前、当時のゲルベルドの城にドラゴンをくだした英雄として招待された。そして、第一王子を殺し、多くの婦女子を誘拐または魅了したと聞いたことがある。本当かどうかは知らないが、魔王領には人間の女性が多く住んでいると聞く。そんな話から、色欲なんていう2つ名まで付けられているぞ。」
「・・・関わりたくないかも。」
「僕も関わって欲しくない。とりあえず、情報を集めてみよう。情報が集まるまで、ここで滞在してくれればいい。」
その言葉を聞いて、私はほっとしてしまった。これ以上迷惑をかけるなんてなどと殊勝な言葉は出ず、ただただ安心して嬉しかった。