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6 旅立ち



 私は、住み慣れたアドミスの家の前で立っている。

 昨日アドミスが言った通り、今日は近くの町を目指して出て行く日だ。もうこの家を去らなければならないと思うと、ここで暮らしてきた日々がよみがえってきた。


 目覚めたのは、私が今も使わせてもらっている部屋。寝ている時間も合わせれば、最も長くいたのがあの部屋だ。その次は、キッチンと一緒になっているリビング。

 最後まで、アドミスの部屋は覗くこともできなかったのは、ちょっとだけ心残りだけど。


「待たせたな。」

「戸締りくらい手伝うのに。」

「あんたは抜けているところがあるから、任せられないな。」

「それは、反論できないけど。」

 立っている私を追い越して、アドミスは先に歩き始めた。

 キメラが襲ってくる可能性がある森を出るまで、送ってくれると言っていた。でも、森を出たらそこでお別れだ。この家と一緒。


「・・・ありがとう。」

 家に向かって一言お礼を言い、すぐにアドミスを追いかけた。



「ここから、結界を張っていないから、キメラが襲ってくる可能性があるから注意しろ。」

「わかった。」

「・・・」

「ありがとう。」

 無言で毒の入った瓶を渡されて、私の意識は切り替わった。何度か繰り返したキメラに毒を飲ませる作業は、まだぎこちなさが残るものの洗練されてきた。ふたを開け、キメラに毒をかけるところまでは問題なく動けるようになった。最初は速さについていけず、恐怖に負けて及び腰になっていたがそれもほとんどない。


「毒も無限にあるわけじゃない。今日は僕が剣で倒すが、僕がいなくなったら今みたいに外へ出るときは小瓶を手に持つことを忘れないようにな。」

「わかった。間違って毒をかけないように気を付けるよ。反射でやってしまいそうだから。」

「頼もしいな。だが、この森はキメラばかりだが、外はそれだけじゃない。キメラより小さい魔物もいるし、逆に大きな魔物もいる。キメラは個体によってさまざまだから、いい練習台になると思うが、キメラで練習できないような・・・例えば人間だったとしても、できるようにしておけ。」

 キメラは、個体差があって、鳥のような頭のものもいれば、狼や狐のようなものもいる。体は四足歩行だが、毛並みは様々だ。様々な魔物の口に毒を入れるという練習にはもってこいの魔物だったかもしれない。


 それにしても、人間か。人間にこの毒を飲ませることを考えると、難しいだろうし気が引けた。


「昨日も言ったが、死ぬか、殺されるかだ。お前の国がどんなに平和な国だったのかは知らないが、この世界では弱者は搾取の対象だ。もちろん、国はそれを守ろうとしてくれるだろうが、国の目がすべてに届くわけじゃない。町の中では特にスラムなんかは見逃している節があるから、絶対に近づくな。」

「スラム・・・」

「見ればわかる。町を歩くときは大通りを使えばいい。僕はあんたに戦い方を教えたが、別にそれを積極的に使って欲しいとは思わない。だから、町に着いたらその町で永住でもすればいい。町の方が何倍も安全だ。」

「・・・今行く町は、アドミスもよく使っているの?」

「いや。」

「なら、また会いに来てもいい?」

「僕の話を聞いていなかったのか?もう、町を出るな。あんたがされた依頼も忘れて、自分のためだけに生きればいい。」

 それはできない。もし女神さまの頼みを放り出すにしても、先にこの世界に来て頑張っているだろう守君には、私が女神から聞いた話をするのが筋だ。それまでは私も頑張ってみようと思う。


 森の出口が見えてきた。結局キメラは襲ってこなかったので、アドミスが提げている剣を使うところは見れなかったのが少し残念だ。昨日の運動神経を見る限り、剣の扱いにもたけているんじゃないかって、素人ながらに思ったのでちょっと気になっていたのだ。


 そんなことを考えているうちに、温かい光が降り注いで森を出たことに気づいた。


「・・・まだ、大丈夫そうだな。」

「え、何?」

「いや・・・確か森までという話だったが、気が変わった。途中まで送ってやる。」

「え、いいの?」

「道が無いから、あんたが町までたどり着けないだろうな・・・って。」

「確かに・・・」

 目の前に広がるのは、草原。若干道らしきものは見えるが、長年使われていないらしく名残があるだけだ。これでは迷ってしまう可能性大だ。


「行くぞ。」

「うん!」

「・・・嬉しそうにしやがって。」

「え・・・だって、やっぱ一人は不安だったから。町までの道のりの地図はもらったけど、それでもね。」

「もっと早く・・・追い出せばよかったな。」

「ひどいっ!?私、何か怒るようなこと言った!?」

「言ってない。ただ、町まで送ってやりたかったと思ってな。もう送ってやる時間もないが。」

「時間が無い?」

「・・・あんた、間違っても僕の家に遊びに来るなよ。もうあそこに戻ることはないからな。」

 もうアドミスがあそこに戻ることはない?どういうことかとアドミスの顔を見上げれば、何処か沈んだ色をした青い瞳が私を見下ろしていた。


「なぁ、あんた。神はいると思うか?」

「へ、神?急にどうしたの?」

 神はどうか知らないが、女神ならいるのは知っている。私をこの世界に送りこんだ女神がいるからだ。だけど、神は知らない。


「僕は、神を探しに行くよ。だから、あの家には戻らない・・・」

「神を探す?いったいどうやって探すの?教会にでも行くとか?」

「教会か・・・本部には神はいなかった。いや、いたとしても、僕の探す神ではなかったよ。何人もの助けを乞う手を視界に入れない、そんな神がいるだけだった。」

「・・・」

 誰もが一度は、神に願う。困った時の神頼みは誰にでも経験があるはずだが、たいてい自分か周りがどうにかしてくれるだけで、奇跡などない。

 私も、テストのときによく願った。どうか満点をとっていますようにと。だが、一度として満点を取ったことがない。いつも90点以上なのは、私の努力の結果でしかない。


 まぁ、命の危険が近い世界だから、もっと悲壮感漂う神頼みなのだろうが、いずれにせよ奇跡が起こることなどほとんどないだろう。起こったとしても、偶然だろうって冷静に思ってしまう。


「僕が今から会う神が、僕の求める神かはわからないがな。」

「アドミスが求める神だといいね。」

「・・・そうだな。」

 もう自分の求める神などいないと諦めているのか、それとも会えないと思っているのか、アドミスの表情は暗かった。


 それから、夕日で辺りが赤くなるまで休憩をはさみながら歩いて、見つけたこの下で野宿をすることになった。

 そこで気づいたのが、アドミスは腰に巾着と剣を提げているだけで手ぶらということだ。私は斜めがけのカバンに地図と食料を持っている。

 だけどアドミスは休憩の時に水筒を出して水分補給し、朝作ってきたサンドイッチも食べていた。腰に下げたきんちゃく袋から出したとは思えない。


 疑問に思い始めたのは、アドミスがひじ掛けを出したからだ。どこからそんなものを出したと疑問に思って、そういえば休憩の時もと考えて、昨日も毒の入った小瓶を次から次へと出していたと思い出した。


 そして、私は決定的瞬間をとらえた。それは、アドミスが腰に提げた巾着から、次々と食料を出している様子だった。


「あ、アドミス・・・明らかにその出てくるものが、その巾着の体積と合っていないと思うんだけど・・・」

「は?あぁ、これ収納魔法がかかっているからな。家一軒分ならこの巾着にしまえるぞ。」

「・・・ファンタジーだ・・・」

 そういえば、この世界には魔法なんてものがあったと思い出して、私は食べ物を次から次へと出す様子を眺めていた。




 何事もなく朝を迎え、私達は再び歩き出した。歩いて数時間、ようやく道らしきものを見つけて、この道を道なりに行けば町に着くことが分かった。


 町までは2日かかる。そして今日は2日目、アドミスとお別れする日だ。最後によく顔を見ようと思って顔を上げると、アドミスの顔色が悪いことに気づいた。


「大丈夫?」

「ん・・・あぁ、もうこれ以上は駄目だな。ここで別れよう。」

「え・・・いや、大丈夫なの?すごい顔色悪いし・・・休むんだったら、私付き合うけど?」

「いらねーよ。そのまままっすぐ行くつもりだし。わかったら、少し目を瞑っていろ。」

「え、なんで・・・?別にいいけど。」

 よくわからなかったが目を瞑る。すると、腰のあたりを触られて何かをされているようで、ちょっと居心地が悪かった。


「目、開けていいぞ。それは選別だ・・・給金もそこに入っているから好きに使え。じゃーな。」

「え、ちょっと!もう会えないかもしれないのに、軽すぎ!」

「いや、結構重いと思うよ。・・・さようなら。」

 別れの言葉を聞いて、私の足はアドミスを追いかけることができなかった。追いかけることは許さない、そういうのを感じ取ったからだ。


「・・・ありがとう!あなたのこと、一生忘れないから!ありがとう、アドミス!」

 振り返ることのない背中に叫び、私は大きく手を振った。すると、アドミスも振り返りはしないが手を振り返してくれた。


「ありがとう・・・うっ・・・楽しかった。」

 流れ落ちる涙が止まらない。アドミスが振り返らないでよかったと思いながら、袖で涙をぬぐった。


 それからどれくらいたったのか、アドミスの背中も見えなくなったころ、私は腰に付けられた巾着を見て驚いた。


「こんないいものを・・・言葉は少なかったけど、やっぱ大事にされていたんだな。」

 家一軒分の物をしまえる巾着。それに、この中に給金も入っていると言っていた。

 給金・・・忘れていたが、私はアドミスに雇われていたのだ。実態は、家事を教えられていたんだけど、お金がないと困るだろうから給金として渡してくれたのだろう。


「いい人過ぎ・・・私より、アドミスの方が騙されて身ぐるみ剥がれないか心配だよ。」

 お金は必要なのでありがたく受け取って、私は財布の中を見て固まる。


「あれ・・・あれ?おかしいな、私の思い違いかな?」

 この国のお金は、下級銅貨が一番下で10円くらいの価値がある。そして、中級銅貨、上級銅貨、銀貨、金貨・・・最後に、白金貨という、貴族が最も使うという一枚で平民の一生が賄われる貨幣があった。


「え、銀貨なのかな?いやでもこの模様は・・・」

 財布いっぱいに入った白金貨らしきもの。私はお金のことを教えてもらったときのメモを取り出して、もう一度その貨幣を調べた。


「やっぱりこれ・・・絶対間違えたんだ。いや、そもそもなんでこんな大金をアドミスは持っているの?この財布があれば、人を雇ってお嬢様ごっこが数年はできるよ。」

 なぜこんなにもお金を持っているのかはわからないが、おそらく自分の財布と私への給金を入れ間違えたのだろう。私は慌ててアドミスを追いかけた。


 私のこと抜けているって言ってたけど、アドミスの方が抜けてるよ!




 そして、アドミスを追いかけて、私は道端の大岩の横を通り過ぎた時に、何かのうめき声を聞いて振り返った。

 そこにいたのは、大岩に背中を預けて座り込み、ものすごい汗を流して苦しむ、アドミスだった。




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